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◯◯があるから、noteはたのしい。
もし、このnoteが
誰の目にも留まることのない、公開されていない日記帳だったら?
そしたら、もっと自由に書けるのに。
みなさんは、そんなことを思ったことはないだろうか?
…
noteを毎日書いているが、常に何かしら思うことはあるので、ネタはあるっちゃある。
あるんだけど、
それを記事に昇華できるか否かは、また別の話。
たとえば、
仕事の事細かな内容を、そのまま公にするわけにはいかないし。
家族や友人のことを細かく書きたい時もあるけど、それは違うなあとも思うし。
あるいは、この話題を書きたいけど、さすがに不快に思う人もいるかもなあ、とか。
そんな風に考えて
「えーい、面倒くさいっ」
と投げ出すこともできると思うんだけど、
毎日書き続けちゃってるから、もう辞める選択肢はない。
でもよく考えたらさ、
制約があるから、noteは面白いんだと思うのよ。
だって、何の制約もなく書くnoteを想像したら…
たぶん頭使わない。
だって、
誰も読まない。
誰かを傷つける可能性もない。
批判される可能性もない。
とにかく、「ない」のよ。
なんにもない。
誰かに気を使うことはないけど、
それってさ、なんかつまんないなと。
だったら、
書く内容や表現に制約があったとしても
誰かが、読んでくれるかも。
誰かが、クスッと笑ってくれるかも。
誰かが、気に入ってくれるかも。
そんな前向きな可能性が想像できる方が、たのしいよなーと。
…
これってnoteに限らず、何だってそうだよね。
たとえば
「好きな場所に引っ越ししていいよ」
と言われても、即答できる人ってなかなかいないような気がする。
・予算いくらで
・駅から徒歩◯分以内で
・近くに公園がある場所
みたいな制約というか、条件?があるから
それをふまえた上で、
「どんないいところがあるかな〜」
とワクワクしながら、探せるんだと思う。
…
ということで、
制約があるから、noteはたのしいのでは?
って話でした。
<あとがき>
書いていて気がつきました。
毎日noteは、時間の制約もありますね。時間無制限だったら、私はきっとムリだなあ。ということで、これからも毎日noteになりそうです。(何の報告w)
今日もありがとうございました。
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