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不当な動機・目的による配転命令

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 昨夜はオリンピックの開会式でしたね。

 疲れていて開始30分程度しか見られませんでしたが、参加できない選手や、開催そのものに反対する人がたくさんいる中での開催に、なんとも言えない感動を覚えてしまいました。

 いろいろな意見はあると思いますが、始まった以上は腹をくくっていいオリンピックにして欲しいですね。

 さて、昨日は、不当な動機・目的をもってした配転命令は権利濫用で無効、とした判例(東亜ペイント事件)を紹介しました。

 しかし、東亜ペイント事件は、結果的には、不当な動機・目的もないので配転命令は有効、というケースでした。

 そこで、今日は、動機・目的の配転命令が権利濫用として無効とされた判例を紹介します。

マリンクロットメディカル事件(東京地方裁判所平成7年3月31日判決)

【事案】

 従業員である債権者が、雇用主である債務者の麻酔・クリティカルケアグループアシスタントプロダクトマネジャーの地位を有することを仮に定め、またその間の賃金を支払うことを求めた、地位保全等仮処分申立事件です。 

 債務者は、米国に親会社(「米国本社」)を置く医療機械器具等の輸入、販売等を業とする外資系会社で、従業員は約100名であり、大阪、仙台、札幌、福岡及び名古屋に営業所があります。

 債権者は、平成3年2月、債務者に採用され、麻酔関連事業部(現・麻酔・クリティカルケアグループ)マーケティング部に配属され、入社以来、東京において、マーケティング担当のマネジャー(課長代理待遇)として、主としてモナサーム体温計担当のプロダクトマネジャーとして海外とのコミュニケーション、文献マニュアル等の翻訳、カタログ製作等の職務に従事していました。

 債務者は、平成6年6月30日、債権者に対し、麻酔・クリティカルケアグループ営業部東北担当アシスタントマネジャーとして仙台へ配転すると内示し、同年7月1日付で債権者に対し、右辞令(「本件配転命令」)を発令し、同年7月25日が配転先への赴任日とされました。なお、本件配転命令以前に、債務者において、マーケッティング部から営業部への異動を内容とする配転の前例はありませんでした。

 本件配転命令に承服できなかった債権者は、債務者に対し地位保全仮処分を申し立てる旨言い、同年7月26日から8月22日午前中まで有給休暇を取得することとし、いったんは有給休暇取得届に上長からの署名押印をもらったものの、有給休暇取得届は配転先の仙台営業所の上長に提出すべきであったとして、有給休暇取得届の受理を取り消す旨通告されました。

 債務者は、平成6年7月28日付け書面をもって、債権者に対し、就業規則に基づき、同月29日付けで懲戒解雇する旨の通告をしました(「本件解雇」)。
 右書面には、懲戒解雇の理由として、

「貴殿は、平成6年6月30日に、同7月1日付けで麻酔・クリティカルケア グループ営業部 東北担当アシスタントマネジャーへの転勤を命じられましたが、この転勤命令に従わず、赴任日として指定されました同7月25日までに当社の指定した部署に赴任しませんでした。これは、重大な業務命令違反であり、当社は、この業務命令違反だけで懲戒解雇相当とします。貴殿の情状を見てみましても、貴殿にあっては、営業を通じての顧客よりのクレームの処理が遅れることが多々有り、指示に反して度々営業との打合せなくまたは上司の許可を得ることなく顧客またはドクターに接触したり、営業部員の営業活動をサポートする立場にありながら、営業部員から不信感をもたれるなど、勤務成績が極めて不良であり、平成6年6月5日の警告書、同7月6日の通告書においても注意を促していたところでもあります。また、平成5年11月4日の社内通達に違反して、また米国本社からの指示を無視して、米国本社に業務に関係しない事項につき直接連絡をとり、当社及び当社の経営陣に関する誤った情報を伝え誹謗中傷する行為に及ぶ等、社内秩序破壊行為が著しいといわざるを得ません。以上により、当社は、貴殿の今回の業務命令違反行為は懲戒解雇を以って処するしかないとの結論に至ったものであります」

との記載がありました。

 この事案において、配転命令の有効性とその配転命令違反行為等を理由とする懲戒解雇の有効性が争われました。

【判決】

1 配転命令の有効性

・・・本件配転命令につきどの程度業務上の必要性があったかが不明確であるうえ、債務者がそのような配転命令をしたのは、前記認定事実を総合すれば、むしろ、債権者が、清水社長の経営に批判的なグループを代表する立場にあったなどの理由から債権者を快く思わず債権者を東京本社から排除し、あるいは、右配転命令に応じられない債権者が退職することを期待するなどの不当な動機・目的を有していたが故であることが一応認められ、結局本件配転命令は配転命令権の濫用として無効というべきである。

2 懲戒解雇の有効性

 本件解雇は、債権者が本件配転命令に従わなかったことを主たる理由とするところ、本件配転命令が無効というべきであることは前記認定のとおりであり、また、債務者が主張する他の解雇事由についても、債権者の勤務成績ないし勤務態度の不良をいう点については、・・・本件疎明資料の限度では具体的解雇事由としてのそれを認めるには不十分であり、また、債務者や経営陣を誹謗中傷する文書を米国本社に送り続けたという点についても、これを認めるに足りる疎明資料はなく、結局本件解雇は正当な解雇事由の存しない無効なものというべきである。

経営にとって邪魔な従業員を排除するための配転命令はダメ

 この裁判例では、社内における派閥対立や、労働組合設立等においてキーパーソンであった債権者を、当初は退職するように仕向けていたものの、退職させることは難しいと考えたのか、次に東京から排除するために配転命令を出しました。

 その上で、配転命令に従わない債権者を懲戒解雇処分にしたのですが、配転命令自体が権利濫用として無効とされましたので、それを根拠とする懲戒解雇処分も無効となったものです。

 なお、本件の配転命令には、そもそも業務上の必要性もなかったようですから、なおさらその有効性が認められるのは難しいでしょうね。

 不当な動機・目的をもってする配転命令については、そもそも業務上の必要性がないことの方が多いのかもしれません。

 経営を維持するために反抗的な従業員を排除しようとすることは、経営者にとっては正当な動機・目的なのかもしれませんが、裁判的には不当な動機・目的とされますので、注意が必要です。


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