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採用内定の取消し

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 花粉が飛び始めると春を感じますが、今年は花粉がすごく多いみたいで、痒いのをこすっていたら目の周りが一気にシワシワになってしまいました。

 春は、花粉の季節だけではなく、新しい学年が始まり、担当裁判官が交替し、新社会人が世に放たれる季節でもあります。

 昨年は、楽しみにしていた新しい生活を始められなかった人たちもたくさんおられたようですが、今年は、予定どおり楽しい生活が始められると良いですね。

 新人を迎え入れる会社の側も、やる気に満ちあふれたフレッシュな人の採用が決まれば、期待に胸が膨らむことでしょう。

 しかし、現実は厳しく、時には内定を取り消さなければならない事態に負いこれまれることもあります。

 そんなとき、採用内定者から、内定取消しは無効だと主張されたり、損害賠償請求をされたりしたら、対抗できるのでしょうか。

採用内定者と会社の関係

 会社は、労働者と労働契約を締結すれば、その労働者と雇用契約関係に入り、労働基準法等の労働法を守らなければなりません。

 では、採用を内定している人との間には何かの契約が成立しているのでしょうか。すでに労働契約が成立してしまっているのでしょうか。

 もし、労働契約が成立しているとするなら、内定を取り消すことは労働契約の解消ですから、解雇権に関する労働契約法16条が適用され、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合には、内定取消ができないように思えます。

労働契約法(解雇)
第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 最高裁判所は、この点について、入社希望者による応募や採用試験の受験は入社希望者による労働契約の申込みであり、採用内定通知はその申込みに対する使用者による労働契約の承諾であるとしました。
 ただし、採用内定通知によって直ちに労働契約関係が開始するのではなく、“始期付”かつ“解約権留保付”であるとしました(大日本印刷事件(最高裁第二小法廷昭和54年7月20日判決)、電電公社近畿電通局事件(最高裁第二小法廷昭和55年5月30日判決))。

 “始期付”とは、労働契約の効力発生の始期は、採用通知に示された採用の日とするという意味です。

 “解約権留保付”とは、採用内定通知書または誓約書に記載されている採用内定取消事由が生じた場合には労働契約を解約できる旨の合意が含まれ、また、卒業できなかった場合には当然に解約することができる、という意味です。

採用内定取消しが有効になるのはどういうときか

 したがって、内定の取消しが有効になるのは、①内定者が契約どおりの労働を開始できないとき、つまり、卒業できなかったような場合と、②採用内定通知書または誓約書に記載されている採用内定取消事由が生じた場合です。

 ただし、裁判所は、内定取消事由があるかどうかについて、厳しく判断する傾向にあります。

 つまり、採用内定通知書または誓約書に記載される採用内定取消事由は、おおざっぱに記載されていることが少なくありませんが、最高裁は、これに、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって……、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」という限定を付け加えました。

 逆に、内定通知書等の内定取消事由の記載が不十分であっても、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当」な事由があれば、解約できると考えられています。

 つまり、客観的に合理的で社会通念上相当な事由があれば、内定を取り消すことが認められる、ということです。

 具体的にどのような事由が、“客観的に合理的で社会通念上相当”に該当するかについて判断した裁判例があります(横浜地方裁判所昭和49年6月19日判決)。この裁判所は、以下のように判示しました。

・・・一般には留保解約権に基く解雇は、通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇事由が認められるのであるけれども、留保解約権の行使は解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的合理的で社会通念上相当の場合にのみ許されるものといわなければならない。そして、本件では前記のとおり、身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した場合における解約権留保が定められているのであるが、被告会社の臨時員就業規則には、・・・同趣旨の労働者に経歴詐称等の不都合の行為があつたときは懲戒解雇の一事由とされているのであるから、右の解約権留保の特約は懲戒事由と同一或は類似の要件をもつて解約権行使の原因としたものと解することができる。したがつて、本件における解約権留保の趣旨、目的及びその解約権行使の要件は、単に形式上「身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した」事実があるだけでなく、その結果労働力の資質、能力を客観的合理的にみて誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は企業の運営にあたり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内に留めておくことができないほどの不信義性が認められる場合に、解約権を行使できるものと解すべきである。そして、右の不信義性は、詐称した事項、態様、程度、方法、動機、詐称していたことが判明するに至つた経緯等を総合的に判断して、その程度を定めるべきものと解する。

  つまり、単に形式上「身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し或は真実を秘匿した」事実があるだけでなく、虚偽記載の内容・程度が企業秩序維持に支障をきたすおそれがあったり、企業内に留めておくことができないほどの不信義性が認められることが必要であるとしたのです。

損害賠償も請求される

 以上のような基準で判断された結果、内定取消しが無効なものと認定されれば、それは契約違反になりますし、不法行為にもなり得ます。

 したがって、内定者に損害が発生していれば、損害賠償を請求されることにもなります。

 採用内定を取り消された後、別の会社に採用されるまでの間の給与相当額が損害となることもありますし、そのような金銭的損害がない場合でも慰謝料を請求されることもあります。

 採用内定取消し自体は有効とされる場合でも、内定取消しに至るまでの間に、会社において信義則上必要とされる説明をしなかったことを理由に、損害賠償責任が認められたケースもありますので、注意が必要です。

経営悪化による内定取消し

 内定者自身に取消事由がある場合だけでなく、会社側の経営事情により内定を取り消さざるを得ないこともあるでしょう。

 しかし、内定を出した以上、労働契約は成立していますから(始期付、解約権留保付ですが)、会社の経営悪化等の理由で解約するときは、整理解雇の時と同じような要件を満たす必要があります。

 つまり、解約の必要性があるか、解約回避努力をしたか、解約対象の人選は妥当か、本人に誠意をもって説明をしたか、などの要件をクリアしておく必要があります。

いい人に来ていただけますように

 会社は人次第で簡単に利益が上がったり下がったりします。

 しかも、一旦採用してしまえば解雇するのは至難の業ですから、いい人に来ていただくことが会社経営の第一歩です。

 みなさんの会社にもいい人が来て下さることをお祈りしています。

 


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