タクシードライバー日記【横浜】

HIRO ひろです。横浜でタクシードライバー歴・約20年。いいこともあれば、辛いことも…

タクシードライバー日記【横浜】

HIRO ひろです。横浜でタクシードライバー歴・約20年。いいこともあれば、辛いこともあり。現在62歳。現役ドライバーのリアルな日々を綴っています。

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自己紹介です。62歳のタクシードライバー。🚕

はじめまして。HIRO(ひろ)といいます。 横浜市在住の62歳。タクシー歴は約20年です。 妻と長男がいます。長男は、すでに結婚しているので、今は、妻と二人暮らし。 結婚したのは、1988年で、今年36年目。 去年は、孫(男)も生まれ、近くで暮らしています。 月に一度ほど、孫の顔を見に行くのが夫婦の楽しみになりました。 時間が経つのは、本当にあっという間です。 前職は、不動産の営業マン。一戸建てを中心に販売してました。 しかし、けっして腕の良いセールスマンではありませんでし

    • 長谷川博己・主演ドラマとコロナ禍の頃。

      私は長谷川博己という役者が大好きである。 すでに終わってしまったが、「アンチヒーロー」という日曜夜の連続ドラマで主演を務めていた。 大ヒットドラマ「VIVANT」と同じTBSの枠で放送され、検察と警察の深い闇、冤罪という重いテーマを扱いながら第一級の法廷エンターテイメントになっていた。 私は毎週ワクワクしながらドラマを見た。 長谷川博己の役どころは、「あなたを無罪にして差し上げます」と言って被告人に近づく、ややダークな雰囲気の弁護士である。 ドラマの脚本も、「VIVANT

      • 【タクシー・ショートショート】失われた理想郷

        これは、私が、タクシーを始めた頃の話。約20年前の事だ。 年で言えば2003年。平成15年になる。 私は、会社の仮眠室に初めて入った時の光景を忘れない。 そこでは、数人の乗務員が、わいわいと賑やかに生活していたのである。 衝撃だった。 タクシー会社の仮眠室って、こんな感じなのか? うちの会社には、社員寮がない。だからと言って、仮眠室に住み込んでいいというわけではないだろう。 私はそう思った。 当時、会社の建物は築30年以上経っており、かなり老朽化していた。 仮眠室は、三階

        • 【タクシー・ショートショート】雨の女

          その女性客は、雨の桜木町駅から乗って来た。 その日は風も強く、だいぶ濡れていたようだった。 お客は泣いていた。 「町田まで行って」 「はい」 長距離だ。私は少し緊張した。 「高速、使いますか?」 「何でもいいわよ。早く行って」 お客は怒ったように言った。 私は、三ツ沢から乗って、横浜新道、保土ヶ谷バイパスで行く事にした。 夜の10時を過ぎていた。 タクシーは、雨の中を走る。 「横浜なんて大嫌い。二度と来ない」 お客は泣きじゃくりながら、強い口調で言った。 私はバックミラーで

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        自己紹介です。62歳のタクシードライバー。🚕

          【タクシー・ショートショート】カブト虫のドライブスルー。

          20年くらい前の話だ。 蒸し暑い夜だった。 私は、そのお客を関内駅の近くから乗せた。 40歳位だっただろうか。酔っていたが、気さくで人柄が良かった。 私と同年代で、小学生の息子がいて、同じだった。 お客は「センター北に行って下さい。都筑インターで降りて後は案内します」と言った。 私は、高速をひた走った。 お客は、後ろの席でずっと話していた。子供のこと。家庭のこと。 そして「最近、子供と全然遊べてないんだよね」と言った。 私は共感して頷いた。 そして、私も息子と一緒にいる時

          【タクシー・ショートショート】カブト虫のドライブスルー。

          【タクシー・ショートショート】ダイエット。

          私は62歳 のタクシードライバーだ。 2年前、血圧が高くて、医者からダイエットをするように言われた。 その時、体重が72キロあったのだが、必死の努力で65キロまで下げた。 今は、その体重をキープしつつ仕事に励んでいる。 65キロの体重をキープするのも、それなりの努力がいる。 タクシーの運転中は、ほとんど食べないようにしている。 何故なら、少しでも多く食べると、リバウンドしてしまうからだ。 私の勤務形態は夜日勤だ。 夕方の6時から夜中の3時まで仕事をする。 仕事中に食べるの

          【タクシー・ショートショート】ダイエット。

          【タクシー・ショートショート】枕元に置いたもの

          私は、その日、夕方の6時からタクシーに乗り、真夜中の3時に乗務を終えて、仮眠室のベッドに就いた。 夕方から雨が降り出したので仕事は忙しかった。 売上も3万円を超えた。 私は1日の成果に満足し、すぐに心地よい眠りについた。 1時間ほど経っただろうか。 私はトイレに行きたくなって目を覚ました。 年は取りたくないものだ。眠りについても、すぐに起きてしまう。 私はトイレで用を足し、手を洗った。目の前に、プラスティックケースに入ったペーパータオルがあった。 私はペーパータオルで手を

          【タクシー・ショートショート】枕元に置いたもの

          タクシードライバーの健康管理。血圧とダイエット。

          2年前の事だ。 昼間、家で寝ていて仕事に行こうとして起き上がった時、急に天井がグルグル回ってその場に倒れ、起き上がれなくなってしまった。 自分でも、何が起きたのか分からなかった。 天井が回るなんて初めての経験だった。 私はベッドに横になりながら考えた。 この症状は何だ? いったい何が原因だ? その頃は、朝6時まで目いっぱい仕事をやっていたので、疲れが出たのかと思った。 その日は、寝込んで、とてもタクシーに乗れる状態ではなかった。 結局、仕事を休んでしまった。 翌日、近くの

          タクシードライバーの健康管理。血圧とダイエット。

          新米タクシードライバーが遭遇した高額の乗り逃げ。その巧妙な手口とは!?  

          (今回、初めて有料noteに挑戦しました。実際に私が体験したタクシー・ドキュメントです。タクシー会社では絶対に教えてくれない「乗り逃げ」のリアルを書きました。読んで頂けたら幸いです) 🚕 これは、私がタクシーを始めて、まだ1か月目くらいの話だ。 今から20年前になる。 タイトルにある「新米タクシードライバー」とは、私の事である。 この頃、私は「夜日勤」ではなく、「隔日勤務」だった。 「隔日勤務」とは、1日おきに乗務することを言う。 例えば、朝7時から乗ると、休憩をはさん

          ¥180

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          ¥180

          タクシーは、3日やったらやめられない? 私のルーティン。

          私の1日の始まりは、会社の仮眠室からである。 夜日勤の仕事を終えて、仮眠室のベッドに就くのが、朝方の4時くらいだ。 そして、起きるのが10時くらい。 毎日、6時間は睡眠時間を確保できる。 どうして家に帰らず仮眠室で寝るかというと、体が楽だからだ。 わざわざ薄暗い時間に帰らなくても、明るくなってからゆっくり帰ればいい。 仮眠室には、2段ベッドが20ほどあり、私は、いちばん奥のベッドの上段に陣取っている。 冷暖房が効いているので、夏でも冬でも快適だ。 たまに、同僚のいびき

          ¥100

          タクシーは、3日やったらやめられない? 私のルーティン。

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          二度あることは、三度ある? ラッキーは、3日目続いたのか?

          水曜日木曜日と、2日連続で、東京方面への長距離のお客をお乗せしたのだが、さて、3日目の花の金曜日、再び長距離のお客をお乗せすることは、出来たのか? ニ度あることは三度あると言うし、私は、内心3日目のラッキーがあるんじゃないかと期待した。 私は、いつものように、夜7時に近くの駅に付けて、乗客を待った。 もしかしたら、前日のように、遠くに行くお客が乗ってくれるかもしれない。 しかし、タクシーの列は、殆ど動かない。 金曜日ということもあって、いつもより、たくさんのタクシーが出て

          二度あることは、三度ある? ラッキーは、3日目続いたのか?

          2日目のラッキーは、あったのか?

          おとといは、珍しくラッキーが続いて、東京・西池袋まわりの用賀というお客がいて、それだけで、約20,000円の売り上げになった。 私は、ふっと、こんなラッキーな出来事が、2日続くことがあるものだろうかと考えた。 もしも、私が、一時的に、幸運を呼び込む体質になっていたとしたら、今夜の乗務でも、ラッキーなお客が乗ってくれるんじゃないかと、勝手に思ったのである。 しかし、早い時間帯で、横浜から東京なんて、そんなにしょっちゅうあるもんじゃないしな、と思いながら、いつものように近くの

          2日目のラッキーは、あったのか?

          昨日は、珍しくラッキーが続きました。

          昨日は、いつものように、夜7時に会社を出て、近くの駅へ。 すると、タクシーが一台もいなくて、数名のお客が待っていた。 私は、一人目の女性客をお乗せした。 すると、横浜駅の西口・プリンス会館まで。 2,500円。 今夜は、幸先がいいと思った。 急いで送り届け、西口を横目に岡野町へ。 すると、次の男性客。 東横線の白楽まで。 2,000円。 すごい。今夜は、ついている。 白楽まで行き、再び西口に帰ると、今度は、サラリーマン風の二人組。 お乗せすると、首都高を使って、東京・西

          昨日は、珍しくラッキーが続きました。

          タクシーへの転職。家族の反対。

          タクシーをやっている同業者に聞いてみたい。  タクシーを始めた時に、多少なりとも家族の誰かに反対されませんでしたか。 タクシーの仕事に興味を持ち、その世界に飛び込みたいと思っても、誰かのブレーキがかかってしまう。 そんな経験ないですか? 私は、20年前にタクシー会社に転職した。 そして、二種免許を取得する為に、教習所に通い始めたのだが、その時点で、妻には内緒にしていた。 普通ならありえないことだ。 私がそんな行動を取ったのには、理由があった。 私は、不動産営業の仕事が

          タクシーへの転職。家族の反対。

          私がタクシーに転職した理由。(後編)

          私は、翌日、不動産の会社に退職願を出した。 上司は、特に引き止めるでもなく、少しホッとしたような顔で退職願を受け取った。 おそらく社長に、早く辞めさせろと言われていたのかもしれない。 「力になれなくて悪かったな」と上司は言った。 「こちらこそ、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と、私も謝った。 本心だった。私みたいな3ヶ月ゼロの営業マンを下に持ったら、それこそ地獄だろう。 本当に悪い事をしたと思った。 私は正社員ではなく契約社員だったから、退職の手続きは簡単に終わった。

          私がタクシーに転職した理由。(後編)

          私がタクシーに転職した理由。(前編)

          私がタクシーに転職したのは、約20年前、41歳の時だ。 自己紹介でも書いたが、その頃、私は住宅の仲介営業をやっていた。 会社は横浜駅近くのオフィスビルにあった。営業マンは30名くらいで5つの課に分かれ、ネット反響、チラシ反響、来店の客を順番に担当し、物件案内をし、契約に持ち込んで、数字を競い合う。 給料は、基本フルコミッションで、例えば5000万の新築を仲介すると約300万の売上(仲介手数料)になり、給料は80万円くらいになった。 私も、いい時は年間800万くらい稼いだが、収

          私がタクシーに転職した理由。(前編)