さだ子さん・あれから (前編)
“連載していた『さだ子さん』のその後を書いた小説です。よろしかったらマガジンの『さだ子さん』をお読み頂けますと、幸いです🙇♀️”
『うた子さん』と、お間違えのないように。
今日は町内の夏祭りの日。
健太とさだ子さんのキッチンカー、《焼き鳥 さだちゃん》も参加していた。
町内会長さんに、是非お願いします。
そう云って貰えたのだ。
ありがたいことだ。
どの屋台も行列が出来ている。
《焼き鳥 さだちゃん》にも、たくさんの人々が途切れることなく並んでいる。
二人がスーパーサカエヤさんの駐車場で焼き鳥の販売を始めて、もうすぐ半年になる。
健太に教えてもらったので、さだ子さんも焼き鳥を焼くことが出来るようになっていた。
さっきからずっと、休むことなく二人は焼き鳥を作り続けていた。
「アッチい〜、水が飲みたい」
健太が顔を真っ赤にして焼き鳥を焼きながら、呟く。
✴️✳️
さだ子さんは、素早く簡易冷蔵庫を開けて中からスポーツドリンクを取り出すと、キャップを外し、健太の傍に置いた。
「さだ子さんありがとう、助かった」
健太はゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干した。
「よっしゃ!どんどん焼くぞ!」
「たくさん仕込みをしておいて、良かったね」
「本当だな。多く仕込んだつもりでも、さだ子さんが『もっと用意した方がいい』と云ってくれたから助かったよ。僕の判断では、とても間に合わなかった」
そうして午後9時。祭りの終わる時間になった。
あちこちの屋台同様、健太とさだ子さんも店じまいに取り掛かった。
フと見ると、小さな男の子が立っている。
今にも泣きそうな顔をしたその子に、
「ボク、どうしたの?」
さだ子さんが話しかけた。
✴️✳️
でも、その子は黙っている。
さだ子さんが、その子の手を見ると何かを握りしめている。
もしかしたら……。
「焼き鳥を買いに来てくれたの?」
男の子は、小さくうなずいた。
そして手の中の小銭を見せた。
「300円持ってるのね。分かった、いま焼くから待ってて」
「林健太さん、買えなかったお客様がいるの。せっかく片付けてくれたのに悪いけど焼き鳥をこの子の為に焼いてくれませんか?」
健太は、その男の子を見ると、笑顔で、
「いま焼くから待ってなね」
そう云うと準備を始めた。
「何にしましょう」
「つくねと、皮」
男の子は云った。
「分かった。両方ともタレでいいかな」
小さなお客様は、頷いた。
「たくさんの人が並んでたから、買えなかったのね。気がつかなくてごめんね」
さだ子さんが話しかけると、その子は嬉しそうに笑った。
「ボク、お姉ちゃんのこと知ってる」
「えっ?私のことを知ってるの?」
「クルクルのお姉ちゃん!」
「アッハハハ」
健太が笑い出した。
「なるほどそっか、クルクル回ってるものね、わたし」
さだ子さんの言葉に男の子は大きく頷いた。
✴️✳️
「僕も妹も、お姉ちゃんが笑いながら、クルクル回ってるとこが好きなんだ」
「わ〜嬉しいなぁ」
「でもね、妹は風邪でお祭りに来れなかったの。だからね大好きな焼き鳥を買ってあげるんだ」
「そうかぁ、風邪を引いちゃったのね。可哀想に。でもボクは優しいお兄ちゃんね。
お土産を買ってってあげるんだ」
男の子は照れたような顔で、
「でも、お金はお母さんにもらったんだ」
さだ子さんは健太を見た。
健太も優しい顔して焼いていた。
「はい、お待ちどうさま」
健太は車から降りて、直接ボクに渡した。
男の子は袋の中を覗くと、不思議そうに健太の顔を見た。
「つくねも皮も二本ずつあるよ。待たせてしまったからおまけをしたんだ」
嬉しそうな表情で男の子はさだ子さんにお金を渡した。
「120円が二本だから、60円のお釣りです。ありがとう」
男の子はお釣りをズボンのポケットに入れて、「ありがとう!」と云うと、走って行った。
健太とさだ子さんは急いで片付けをした。
そして車に乗り込んだ。
「クルクルのお姉さん、お疲れ様でした」
「林健太さん、私って、そんなに回ってますか?」
「え、さだ子さん自身は、そう思ってない、んですか?回ってます、かなり。じゃあ、帰りましょう!明日は休みの日だからゆっくり出来ますよ」
さだ子さんは腑に落ちない顔をしていた。
✴️✳️
そしていつものアパートに着いた。
二人は車から降り、おやすみなさいと云うと、別々の部屋へと戻った。
健太は部屋に上がるなり、倒れるように、布団に転がった。
そして、そのまま眠ってしまった。
翌朝、健太が目覚めると、階段を降りてくる音がした。
「さだ子さん、出かけるのかな?」
そう思い、窓を開けるとやはり、さだ子さんだった。
「あ、おはようございます。林健太さん」
「おはようございます。さだ子さん。お出かけですか?」
「はい、海に行ってきます」
「海……海水浴……ではないですよね」
「はい、ちょっとした用事があって」
「そうですか」
「行ってきま〜す。林健太さん」
「あ、はい。気をつけて行ってらっしゃい」
健太は窓を閉めるとリモコンを取り、エアコンをつけた。
「まだ9時前なのに暑いなぁ、全く」
体温並みの異常な酷暑が続く夏だ。
「休んだら車の掃除をしないと」
健太は口に出して、そう云った。
ピ〜ン ポ〜ン
「はい、どちらさまでしょう」
「アタシよ、アタシ」
健太はドアを開けた。
「こんにちは!今日も暑いわねー!」
大家さんの奥さんだった。
「暑いっすね〜」
「この部屋にエアコンを取り付けてくれて本当に良かたわ。じゃないと今頃、室内熱中症になってたわよ」
「僕は寒がりで暑がりなんです。旋風機じゃ夏は乗り切れないので」
「本当にねぇ、窓を開けても熱風が入って来るだけだしね」
✴️✳️
「ところで奥さん、何か用事があったんじゃ」
「あ、そうそう、これ」
奥さんはそう云って、健太にスーパーの袋を差し出した。
中を見てみると、トウモロコシがたくさん入っている。
「すごい数のトウモロコシですね」
「農家に嫁いだ妹が、毎年送ってくるのよ。良かったら食べてくれる?お父さんとアタシの二人じゃ食べ切れないから」
「ありがとうございます。僕の好物だし、
食費が浮いて助かります」
「助かるわぁ、本当に林さんは優しいわね」
「そうですかね、普通だと思うけど」
「全然、普通なんかじゃないわ。すごく優しいの。だから病気になったのかしらね」
✴️✳️
僕が困った顔をしたらしい。
慌てて奥さんは帰って行った。
「僕がうつ病だからって、あんなに気を使わないでいいのに」
それに、かなり回復しているんだから。
「新鮮な内に二本くらい茹でますか」
レンジでチンの方が早いし便利だけど、僕は熱湯で茹でたトウモロコシが好きだ。
しかし夏場の台所の暑さったらないな。
室内の温度がかなり上がる気がする。
「海か……あ、そういえば」
以前、僕が実家に行った時に、近くの海岸で、さだ子さんを見かけたな。
一人でジッと海を見つめていた。
その真剣な横顔は、とても話し掛けられる雰囲気ではなかったっけ。
「思い出すのかな、やっぱり」
自分だって、さだ子さんと同じ経験をしたら、覚えているだろう。
さだ子さんの、ご両親は自死をしていた。
何一つ、悪いことをしていないのに。
色々なものに、追い詰められたのだ。
茹で上がったトウモロコシをザルに移す。
鍋の茹で汁を捨てる時、熱湯が跳ねた。
「アッチーー!」
僕は急いで水道水を熱湯が跳ねた右腕にジャージャーと、かけた。
その頃、さだ子さんは混雑している砂浜から離れた場所にいた。
草の上に座り、ずっと海を、ただただ見ていた。
「お父さん、お母さん、来ましたよ。さだ子です」
今日の海は少し波が高い。
海水浴に来た人たちが、キャーキャー!
と、楽しそうに歓声を上げている。
さだ子さんの頬も、思わず緩んだ。
潮の匂いは、何でこんなに気分が良くなるんだろうな。
さだ子さんは、ぼんやりと、そう思っていた。
「お父さんに、私が焼いた焼き鳥でビールを呑んで貰いたかったなぁ。なかなか腕がいいのよ、わたし」
クスっと笑う。
「何云ってんだ、ヒヨッコのくせに。お父さん今そう云ったでしょう。訊こえたわよ。
お母さん、ひどいと思わない?」
ヒュー ヒューウウウ
「風が強くなって来た。そろそろ帰って夕食の支度をしないと。林健太さんが車の掃除をしてくれる日は、私が二人分作るから」
さだ子さんは立ち上がり、もう一度、海を眺めた。
樹の下に、持ったきた花束を置いて、さだ子さんは手を合わせた。
「また来年も来るから。お父さんとお母さんも仲良くしていてね、喧嘩はダメよ」
さだ子さんは、そう云って海を後にした。
✴️✳️
「甘いトウモロコシだ。旨い!」
健太は二本目を食べ出そうとして、止めた。
「今日の夕飯は、さだ子さんが作ってくれる日だ。食べ過ぎないようにしておこう。
さてと、《焼き鳥 さだちゃん号》を綺麗にして来ますか。
「う〜ん、夕飯は何にしようかな」
さだ子さんは、サカエヤに来ていた。
「さだ子さん、さだ子さん」
誰かに声をかけられた。
見ると、レジの女性が呼んでいる。
「こんにちは〜。いつもありがとうございます」
「こちらこそ、あのね今日は葉物が珍しく安くなってる」
「そうなんですか!早速行って来ます!」
さだ子さんは、野菜コーナに行くと、
「わぁ!本当。安い野菜がいっぱいある」
目を輝かせて、品物を探し始める。
「ほうれん草も、春菊も安い、あ、水菜が半額になってる。買わなきゃ!え〜と、それから」
「ふぅ、やっと車がきれいになった。
食べ物を扱ってるんだ、衛生的にしておかないとね」
全身が、水を被ったみたいに汗でびしよびしょだった。
「シャワーで洗ってこよう、もうすぐさだ子さんも帰るだろう」
さだ子さんは、持参してきた折りたたんだ袋をポシェットから取り出して、スーパーで買った品物を、その袋に詰めている。
夏の終わりが近づいていた。
前編 終
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