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父の苦しみを知った日(暦のはなし・6月)

 6月上旬は芒種(ぼうしゅ)といって、穀物の種をまく時期です。農家さんにとっては忙しい頃。そして下旬になると、1年で最も昼が長い夏至(げし)がやってきます。本格的な夏も、もうすぐそこ。


 夏至の少し前、6月20日は父の日です。

 私の父は転勤の多い仕事をしていました。私も幼稚園から中学校に上がるまでに5回転校をしました。その度に友達と別れ、寂しい思いをしましたが、父を責めたり恨んだりはしていないつもりでした。

 大学生の頃、帰省して就職活動の話をしているときに「地元に帰ってこないのか」としつこく問われ、思わず「幼馴染もいないし、ここを地元だとは思っていない」と口にしてしまいました。父は黙り込んで、何も言いませんでした。

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 一昨年、京都を訪ねてきた両親に彼氏を紹介することに。お付き合いしている人と両親が会うのははじめてのことで、どうなるのかと心配しましたが、大阪出身の彼と、大学時代を大阪で過ごした父は話が合い、和やかな時間が流れました。

 話題は私が幼い頃の話へと移り、いろいろな場所に住んだことを懐かしそうに話したあと、父はぽつりとこう言いました。

「かわいそうなことをしたなと思っています」

 それまでざわざわとしていた喫茶店の空気が、しんと静かになったような気がしました。その一言に、今までの父の苦しみが詰まっていたようで、私は胸が締め付けられる思いでした。

「今思えば良い経験だったよ」

 私はそう笑って、テーブルのアイスコーヒーに目を落としました。氷は溶けきって、汗をかいたグラスが、テーブルに水の輪を作っていました。

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