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『万引き家族』の予備知識

『万引き家族』は現代社会への問題提起です。絆への批判、家族観の変化、貧困問題、断言への抵抗についての予備知識があれば、作品の位置づけや、賞賛される理由が分かりやすくなるはずです。『万引き家族』を観る前に知っておきたいことや、『万引き家族』を観た後で振り返りたいことを、私・街河ヒカリが独自の角度で抽出しました。

この文章の内容は、たくさんの映画を観ている方や、社会問題に関心がある方、思想・言論界隈の方にとっては当たり前すぎて読む価値がないと思いますが、それでも意外と真新しさを感じる方もいるのでは、と考え、この文章を書くことにしました。およそ3200字あります。全文が無料です。

ネタバレを含みません。ご安心ください。

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予備知識その1 「家族の絆」は危険か?

東日本大震災が起きた2011年には、「今年の漢字」に「絆」が選ばれました。

自民党が2012年に発表した憲法改正草案の24条にはこの条文がありました。

「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」

こうした社会的な動向には各方面から批判と問題提起がなされました。

たとえば稲葉剛氏は草案の条文を「絆原理主義」という言葉で批判しました。簡単にまとめると、権利を保障することは国の役割であり、家族がすることではない、ということです。

また、全国の児童相談所が2016年度に児童虐待相談として対応した件数は12万2578件で、過去最多でした。年々増加傾向にあります。厚生労働省の資料へのリンクはこちらです。ただし児童虐待は実際に起きてもカウントされるとは限りません。

「全国の警察が2016年に摘発した殺人事件(未遂を含む)のうち、55%が親族間で起きていた」というニュースがありました。一番多いのは、決して通り魔ではありません。記事へのリンクはこちらこちらです。

東日本大震災以降のこうした社会情勢を踏まえ、ある程度の人数の人たちに、「昔からの伝統的な家族のあり方を変えるべきだ。家族の新しいあり方や、新しいコミュニティが必要だ。社会のシステムを時代に合わせて変えるべきだ」という考えが広まったようです。

「家庭、職場、学校とは別の居場所が必要だ」

「サードプレイス」

「縦でも横でもない、斜めの関係」

「利害関係のない人が重要だ」

「弱いつながり」

こういった類のテーマが盛んに論じられ、実践が広がりました。興味のある方は検索してください。

是枝裕和監督も、「家族」について考え続けた方です。ネタバレは避けますが、『万引き家族』の「家族」は伝統的・典型的な家族ではありません。しかし「時代の最先端を進むおしゃれでかっこいい家族」でもありません。

はたして「家族の絆」は危険なのでしょうか?血縁の有無は重要でしょうか?

なお、『万引き家族』では、ほとんどセリフがなくただの脇役にしか思えなかった人物が、後半で重要な役割を果たしました。家族でも友人でもない、先生でも警察でもない、敵でも味方でもない人物です。示唆的です。


予備知識その2 弱者に理想を押しつけていいのか?

最初に考案した人を特定できませんが、「理想の弱者」「幻想の弱者」「きれいな弱者」という言葉があります。「弱者に対し、あるべき姿を押しつける現象」を問題提起するときに使われる言葉です。

不適切な表現かもしれませんが、書きます。低収入の人の中には、非合理的な行動を取る人がいます。計画性のない行動を取り、金と物を消費してしまいます。他人を不愉快にする言動を繰り返し、見放され、ますます孤立するケースもあります(そうでない人もいますが)。

そうした人々の行動は一見すると非合理的に思えますが、しかし注意深くその人々の文脈に沿って考えると、実はその人々なりの合理性があることが少しずつ見えてきます。

貧困問題の分野では以前から議論されていました。

「『かわいそうな人を助けるが、かわいそうではない人を助けない』という区別は正しいのか?」

「支援する対象や救済する対象を選んでいいのか?」

「弱者に『清く・正しく・美しく』という理想を押しつけていいのか?」

「権利は条件付きなのか?無条件なのか?」

こうした社会的議論があることを知っていると、『万引き家族』をより深く味わうことができるはずです。

(この文章の中間地点を過ぎました。あと1500字あります)

予備知識その3 断言することへの抵抗

『万引き家族』に登場する「家族」は、タイトルの通り万引きをします。他にも犯罪行為をします。自宅の中は物が散乱し、汚れています。食事のシーンでは下品な食べ方をします。

『万引き家族』は万引きを推奨する作品では決してありません。

「貧しくても家族の温かい絆を大切にしてたくましく生きましょう」などという理想化・幻想化された弱者を推奨する作品ではありません。

別の言い方をすると、『万引き家族』の登場人物を「正しい人」と「悪い人」に二分できないのです。

(主語を大きくしますが)人は誰でも楽な道を選びたいでしょう。分かりやすい答えを求めるのでしょう。ズバッ!っと断言し、スカッと論破し、スッキリしたい。テレビ番組のタイトルではありませんが。

しかし、そうした「分かりやすさ」は、弱者や少数派(マイノリティ)に不利に働きます。弱者や少数派の言動は、強者や多数派(マジョリティ)にとっては分かりづらく、共感しづらいからです。多様性の排除になり得るのです。

映画や小説や詩を作る(書く)人や、貧困問題に取り組む人たちの間では、「断言は危険だ」「分かりやすさは危険だ」という共通認識があるようです(アンケート調査などはありませんが)。

創作だからこそ、共感が生まれます。賛成できなくても共感でき、理解できなくても共感できることがある、そこに創作のおもしろさがあります。『万引き家族』を観て「答え合わせ」はできませんが、「問いを立てること」ができます。ラストが象徴的です。


『万引き家族』の声を聴こう。

予備知識とは違いますが、『万引き家族』で効果的に機能した表現を挙げたいと思います。

『万引き家族』は、キャストの発声・発音によって世界観に厚みが生まれています。

私が受けた印象に過ぎませんが、『万引き家族』の「家族」を演じるキャストは、発声・発音にかなり気を遣っているように思われました。演説調の発声・発音や、アナウンサーのような発声・発音をする場面はほとんどありませんでした。聴き取りづらいセリフもありました。言葉の省略もありました。意味が分かりづらいハイコンテクストな(文脈依存性が高い、内輪ノリの)コミュニケーションもありました。

もっと簡単にまとめると、「エリートっぽさ」や「高学歴っぽさ」がありませんでした。だからこそ「家族」が生きている貧困状態の環境が生々しく伝わってきました。

これは私が文章で伝えることはできないので、ご自分の耳で聴いてみてください。


映画を観たあとで

『万引き家族』は終盤で「家族」の過去が解明されます。しかし聴き逃してしまった観客もいるでしょう。私も「え?今のはどういう意味?」と戸惑った部分がありました。

こちらのウェブサイトに解説があるので、疑問の解決にお薦めします。

【ネタバレ有】映画「万引き家族」感想・考察と10の疑問点を徹底解説!/パルムドール受賞作品はダテではなかった!心動かされる傑作!

映画館で販売されているパンフレットもお薦めです。税込み800円です。なぜかAmazonでは2000円でした。パンフレットには内田樹先生のコラムもあります。内田樹先生というだけで嫌悪感を示す方もいるかもしれませんが、私はこのコラムを興味深く拝読しました。

また、『万引き家族』と直接の関係はありませんが、弱者の問題についてさらに深く考えたい方には、白饅頭さん(テラケイさん)が書いた記事を強くお薦めします。多数の記事が公開されていますが、一番有名なこの記事を最初にお読みになってはいかがでしょうか。

「かわいそうランキング」が世界を支配する

以上です。ありがとうございました。街河ヒカリを今後もよろしくお願いします。

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