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【エッセイ】道ばたのシンデレラ


 道に、片足だけ靴が転がっていた。
 あした天気になーれなら、晴れの向きである。

 どういうことだろう。
 どういう経緯があって片足だけ落ちているのだろう。
 どこか寂しげである。
 何か救ってあげたい感もある。 

 しかし、これを警察に持っていくのはなかなか勇気がいる。
 三十三歳の男性が片足だけの靴を落とし物として持ってくる画は、ちょっとホラーが過ぎないだろうか。
 あるいは日本昔ばなし。何か教訓めいたものが最後に出てきそうな感はある。

 というわけで写真に収めてみた。
 インスタでこういう写真ばかりを投稿したアカウントがありそうだ、と思いを馳せながらX(元Twitter)に投稿してみた。

「シンデレラ、昨晩は楽しかったかな。」 
このような言葉と共に。

 1いいねだった。
 現実、という感じだ。


 しかし、である。
 私はふと我にかえり、靴側の肖像権を何一つ考えていないことに気づいた。
 靴サイドの気持ちは? 思いは?  

 これでは、警察には肖像権はないとか言って撮影している、人として大切な何かを失った人や、電車で出会ったヘンテコな人を動画サイトにアップするもっとヘンテコで何者でもない人と同格ではないか。
 自分がバズるために(しかも全然バズっていない)他者の諸々を侵害してあまつさえネタにするなんて、あまりに自分の世界すぎないか。


 人間側に正義があるのなら靴側にだって正義はあるはずなのに。

 本当は、両足揃った形で乾いた土を歩きながらハイキングを楽しみたかったに違いないのに、だ。
 しっかりと、ひとふみ、もうひとふみ。
 土ふまずの感触をしっかりと楽しみながら、秋先の紅葉を蹴散らして。
 しゃくりしゃくりと進みたかったはずなのだ。
 
 或いは職場のベストパートナーとして、人間のハードワークをサポートするなんて誉れを纏いたかったのかもしれない。
 辛くて苦しい日々の、束の間の吸収剤として、僕の存在が役立ってくれれば。
 そんな使命感に燃えながらABCマートの店頭で、キリリとした表情を浮かべ運命の出会いを待つような”あの頃”があったのかもしれない。
 
 それなのに。
 今は道ばたの片足。
 片足だけなのだ。


 ああ!
 一体誰が、こんなことを!
 少しでも心があればこのような惨たらしいことなどできるはずもないのだ。

 というか、時々片足だけ落ちてる靴を、こんな様子で見かけることがあるけど、なんで、こんな訳のわからないシチューションを時々見かける、なんてことがあるのだ。
 
 持ち主は、ケンケンでもして帰路についているのだろうか。
 それとも、別の履物を足に纏った状態で、片足だけ道に置いて帰ったのだろうか。
 後者なら相当なフェチズムの保持者か、妖怪の類でなければ説明がつかない。

 妖怪。
 なるほど、妖怪。
 全ての謎が解けた。
 片足だけ落ちている靴やスリッパ。
 その現象が起きる理由や、もう片足の持ち主が。


 からかさおばけだ。
 あいつらが、片速だけ履いて、もう片速を捨てて言っているのだ。

 流石に下駄の片足は、安全面が危惧される現代。
 彼らは、今の世に溶け込むため。
 そして足元のオシャレのため。
 片足だけ履いて、令和の夜を闊歩しているのではないだろうか。
 おばけにゃ学校も試験もSDGsも何にもないのである。

「あのさあ、かさちゃん」
「どうしたの、かさくん」
「あのね、君のために、その、こんな靴を手に入れたんだ……」
「なにそれ」
「君は右足で。僕は左足だろ。だから、1セット買えば共有できるかな、って。」
「……」
「だから、その、伝えたい言葉があるんだ」
「なに」
「結婚しよう(たぶんお揃いの履物を共有するのはお揃いの結婚指輪をあげるような行為と同等のものと思われる)」
「……」
「僕と同じ靴を履いてくれないか(たぶん味噌汁を作ってくれないか的な言葉)」
「……遅いよ」
「え」
「もっと、早く、その言葉を聞きたかったな。(タイミングが合わない的なことはからかさおばけ界でも人間界でもよくあることらしい)」
「そんな、僕は」
「バイバイ、楽しかったよ(そのまま彼女は夜の闇の中をケンケンしながら消えていく。心なしか、最後の声は涙で詰まったようなものに聞こえた)」
「……」

 みたいな。
 みたいな、ではない。

 つまり、この片足だけの靴は、叶わなかった恋の顛末なのだ。様々な夜に、様々な恋の顛末が転がっていることだろう。あの日の静かな叫び、そして涙。

 だから私は、静かに呟く。
「いつか、この靴の向きのようになったらいいな。靴や、からかさおばけ、そして私自身の心が晴天に。」
 私は今日も町を歩く。買いたてのニューバランス、匂い立つ秋の気配。

 きっとひとりぽっちに見える世界にも、左右の揃った靴のように、素晴らしい誰かと出会える日が、きっと来る。靴を落としても幸せな結末を迎えたシンデレラのように。

 そんなことをブーツブーツ呟きながら。
 ブーツブーツ。
 ブーツブーツ……
(靴のブーツとブツブツをかけている)



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