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【エッセイ】IDEMITSUのロゴを振り向かせたい


 私は幼い頃から一つ気になっていることがある。
 IDEMITSU。
 IDEMITSU、である。
 何だイデミツってと言われると、あのガソリンスタンドのIDEMITSUだよ、と私は周囲へ優しく答えるに違いない。

 というのも、私は幼少の頃からどうもIDEMITSUのガソリンスタンドが苦手だった。IDEMITSUの気配を感じるたびに私は両目を隠してIDEMITSUが視界から消えることを待ち望んだ。
 それもこれも、IDEMITSUの、あの、ロゴの存在である。

あのロゴ。

 怖い。 何だか、怖いのだ。 特に幼い私からしたら、この雰囲気から何からが本当に苦手で仕方がなかった。 しかし、そんなことを父親に言おうものなら「何を言ってるねん。」と一蹴されるだけだろう。 私は幼心に、その恐怖心をひた隠しにしていた。

 そして、大人になって今、久しぶりにIDEMITSUのロゴがたまたま視界に入った時に、幼い頃の私の記憶がプレイバックして来た。
 もちろん、大人になった今は、普通に眺めることができる。
 しかし、だからこその疑問が浮ぶのだ。
 果たして、IDEMITSUの何がそんなに怖かったのだろう、と。
 一見普通の女性の横顔に見える。

 そこで、色々と考えてみることにしてみた。
 どうして私が幼い頃にIDEMITSUのロゴが苦手だったか。


① 色合いが赤すぎる。

まず、間違いなく、これだろう。
赤い。
赤すぎるのだ。
ポップな赤ではない、重めの赤。
重厚な赤。
赤の中の赤。
これでは、セサミのエルモくらいが程よい子ども時分の私にはビビッドすぎる。


② 目がよくみたら大文字の「A」を横倒ししたみたいになっている

 これも怖い。 
 訳がわからなすぎる。
 IDEMITSUのどこにもAなんてアルファベットは入っていないのだ。
 どこから出てきたAなんだ。
 顧客満足度がAという意味のAか。

 というか、仮に何処かからAが出て来たとしても、何を目にAを取り入れているのだ、という話にもなる。
 Aを横にしていることが、そもそも意味が分からない。


③ 何か切なげに横を向いている

 IDEMITSUのロゴはなぜか正面を向かずに横を向いている。
 その姿は少しだけ物憂げで切なくて。
 何か、幼心に来るものがあったのかもしれない。
 どうして、IDEMITSUのロゴは、横を向いているのだろう。

ザザーン、ザザーン。

 ねえ、IDEMITSUのロゴさん、どうして、こちらの方を向いてくれないの。「……」
 横顔だからさ、その綺麗な髪がたなびいている様子はよく伝わるんだけど、せっかくだから正面を向いて欲しいな、って。
「……」
 海、風が気持ちいいね。
「……」
 もうすぐ、夏も終わりかあ。IDEMITSUのロゴさんは、何か夏らしいことはした?
「……」
 僕はねえ、ろくにどこも出かけなかったなあ、今日きた海くらいかも、はは。だから見て、この肌色。めちゃくちゃ真っ白だよね。
「……」
 IDEMITSUのロゴさん、やっぱりさ、あの人のことが忘れられないの?
「……」
 いや、確かにさ、昭和シェルのロゴさんはさ、寡黙で、だけど、ファッションの色合いとかも明るげで、そのギャップも良くて、みたいな。
「……」
 僕にないところをたくさん持ってるロゴだけどさ。
「……」
 僕じゃ、ダメかなあ。
(ザザーン、ザザーン。)
「……」
 ねえ、IDEMITSUのロゴさん、僕じゃあ、ダメかなあ。
(ザザーン、ザザーン。)
「……」
 そのIDEMITSUのロゴさんがさ、悲しい気持ちになってること、何より僕が一番知ってるから。
「……」
 だから、もう昭和シェルのロゴのことは忘れようよ。
「……」
 だから、お願い、こっちを向いて。
「……」
 僕、IDEMITSUのロゴさんの素敵なところ知ってるよ。
 ビビッドな赤色も僕の心をずっと振るわせるし、その目元のAも僕にしたらAランクのAにしか見えない。だから、お願い。
「……」
 こっちを。
「……」
 こっちを、向いて。


 めちゃくちゃ公式で普通に前を向いてるロゴがあった。
 それで、正面見たらより怖いロゴだった。
 バオー来訪みたい。

 と、本来ならば、このあたりで記事を終わらせる予定だった。
 しかし。
 物語には続きがあった。

 正確に調べたところ、この正面のロゴと横顔のロゴは別人らしい。
 そして、横顔のロゴは、何と男性の神様がモデルらしい。

 男性。
 IDEMITSUのロゴが、男性……


ザザーン。ザザーン。

 波は静かに行ったり来たりを繰り返す。
 想いを告げた僕。
 隣で佇むIDEMITSUのロゴ。
 沈黙は、しばらく続き、まるで夜の海へ吸い込まれていきそうだった。
 
 すると口火を切ったかのようにIDEMITSUのロゴが話かける。
「……僕が」
 その声はか細くて。
「僕が、男だとしても、気持ちは変わらない?」
 誰かに縋りたいように聞こえた。

 いつもの横顔。
 だけど、今日は一段と悲しそうに見える。
 目に浮かんでいるのは涙だろうか。
 
 ああ、くそう。
 僕は思った。
 『その表情を見たくないから。』
 僕は叫んだ。
 『守ってあげたいって決意していたのに。』
 この海岸全てに聞こえるように。

 関係ないね!
 全然関係ない!!
 君が!
 男とか!
 女とか!
 IDEMITSUのロゴとか!
 神様がモデルとか!
 全部関係ないんだ!!
 僕は!
 君がっ!
 好きなんだよっ!!
 君のっ!
 中身がっ!!
 その全てがっ!!
 大好きなんだよぉぉぉぉっ!!

「……」

 だからっ!
 お願いっ!
 こっちを…向いてよ…

 波音がしばらく静かに流れて。
 そして。

「こんな僕でも、好きでいてくれますか。」

 初めて、IDEMITSUのロゴは僕に正面を向けてくれた。
 だから僕は満面の笑みで答える。

 その、表情、似合ってるよ。

 涙を流して微笑むIDEMITSUのロゴ。
 彼の心の中が、ハイオク満タンに満たされた。


 もうきっと、その笑顔を忘れなければ、IDEMITSUのロゴも子どもたちから怖がられることはないだろう。


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