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というわけで翻訳

この記事は、世界各国の物書きによるリレーエッセイ企画「#日本にいないエッセイストクラブ」への寄稿です。第7回目のテーマは「最近始めたこと」、インドネシアから武部洋子がお送りいたします。前回走者の紹介と、次回走者の紹介はエッセイの最後に。
過去のラインナップは随時まとめてあるマガジンをご覧ください!

 インドネシア語小説の日本語訳を始めた。まだ半分も行っていないが、出版の目途もないし、ゆっくり少しずつ進めている。タイトルは"Yang tersisa dari yang tersisa"といって、(いろいろなくなっちゃったあとに)残ったものの中のさらに残ったもの、みたいな意味だ。直訳じゃイマイチなので、しっくりくるような題名をちゃんと考えなくてはいけない。

 この本との出会いについて話そう。

 ジャカルタにはパサール・サンタという場所がある。日用雑貨や食品を売る、トラディショナルで暗くじっとりとした市場の2階が、突如として若者たちの集まる場所として一世を風靡した。レコード屋、古着屋、雑貨屋、コーヒー屋、行列のできるホットドッグ屋などなど、小さい店舗がひしめきあう、いってみればサブカル中心的なスポットとして注目された。2015年くらいのことだ。熱しやすく冷めやすいジャカルタっ子のこと、ブームは一瞬で去って、ここ数年は当時の人混みがうそみたいに閑散としている。

 それでも一部の店舗は残っていて、そのひとつが、POSTという書店だ(偶然だけど、まさに"Yang tersisa dari yang tersisa"!)。インドネシアには圧倒的に書店が少なく、超大手のグラメディアというチェーン店が市場を牛耳っている。書籍もグラメディア傘下の出版物が大半を占める中、本を愛する人たちが集まって小さな書店を開いたり、小さな出版社を作ったりする動きも見逃せない。POSTはベストセラーを置く大きな書店ではないけれど、確実によい読み物が置いてある信頼のセレクト・ブックストアだ。    
 残念ながらコロナのせいでもう1年以上実店舗は閉まっているのだが、インスタグラムで情報を頻繁に発信しながら、オンライン販売を続けている。2020年の12月にこのPOSTが行った”The Lonely Readers Care Package"というプログラムは、希望者が「2020年に一番気に入った本」を知らせると、POSTがぴったりな本を選んでくれて、手書きのメッセージと一緒にすてきなしおりや読書にぴったりなプレイリストなども同封して送ってくれるという企画だった。前置きが長くなったが、この企画に申し込んだ私に送られてきたのが、この"Yang tersisa dari yang tersisa"なのだった。

  私が「2020年に一番気に入った本」として挙げたのは実はインドネシアの本ではなくて、『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オフェンディ)だった。この本の紹介は省くが、POSTからの手書きのメッセージにはこう書いてあった。

私たちがこのヌルハディ・シリモロックによる作品に出会ったのは12月のこと。村の描写がとても気に入りました。『ザリガニの鳴くところ』みたいに、若者の目を通して見た大人の世界がどういうものなのかを描いたこの本を、あなたもきっと気に入ると思います。

 この本に関する情報はそれ以前にはまったく持っていなかったのだが、出版されたのが2020年の11月だったので、かなり早い時点で入手したことになる(ところで表紙のイラスト、かわいいよね)。

 こうしてひょんなことから手に入れた一冊の本についてツイートしたところ、「その作者さんは私の20年来のマカッサルの友人ですよ」とお知らせしてくれたのが、友人の松井和久さんだった。そして松井さんが著者ご本人に連絡してくださり、著者が私にメッセージを送ってくださり、という連鎖の結果、私が翻訳をてがけるという話にまとまった。

その辺の話は、こちらの動画でもご覧いただけます↓

 私自身は「こんな偶然に次ぐ偶然はなかなかないことだから、尊重しなくちゃ!」と思っていたのだが、あとからこの動画を見てみるとヌルハディさんは、
「偶然かどうかはわからないんですが、いろいろ長いプロセスがあって、その先に洋子さんとの出会いがあったんじゃないかと思います」
と、コメントしている(その時ジャカルタでは電波が悪くて、ちょうど私は聞いていなかった)。なるほど、どういう力が働いたのかはわからないけれど、偶然にみえて必然だったのかも?信心深い方ではないしスピリチュアル的なものとも縁はないけど、なんらかの導きがあって今こうして翻訳をすることになったのだな!と思うと、一字一句に気持ちがこもる。

(私が勝手にまとめたあらすじ)1990年代、南スラウェシ州トンポティッカ村。産業に乏しいこの村では、働き手がどんどん村を離れて行ってしまっていた。15歳のアミールは、ただ仲間たちと一緒に森を探検したりふざけて笑い転げたりしたいだけなのに、大人たちのルールにしばられてうんざりしている。そんな中、村に忍び寄るとある脅威を解決に導くという任務を村長さんから与えられて……さてアミールの運命や如何に!

(なお、トップ写真で本の下にいてある布はスラウェシではなく、スンバ島の織物です→素敵でしょう→自慢)

https://www.instagram.com/kain_pahikung_sumba_timur/

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前回走者、カタールのフクシマタケシさんの記事はこちら!

前半がめちゃ怖い…。
猫散歩は私も毎週日曜日に娘と行っていて、最初は猫をただかぞえていたのが今では色別でカウントしている。朝だとご飯を配るおばさんなんかもいて、住宅街内の2㎞くらいのルートで、50匹くらい見る。
フクシマさん、しっかり歩いてしっかり治してくださいね!

次回走者はチリのMARIEさん

娘ちゃんたちがめちゃかわいい!くりっくりの目で世界のいろんなものを見てほしいですね。おかあさん、しっかり休んで健康に気を使いながらがんばってください。
私個人的にはMARIEさんの絵がもっと見たいな~。

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