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「ママは良い人生なの?」Vol.35

まず、今回こちらの内科クリニックに伺った理由を説明した。

「コロナ禍に入院したことで、本人や家族が医師の説明を一緒に受ける機会が限られています。共通理解をする場が持ちづらいので色々な判断をする際に不安な状態になりました。ですので、セカンドオピニオンというよりも今までの経過を医師と振り返る機会が欲しくて伺いました。もし、入院前にかかりつけ医がいれば、そこに伺ったであろうことを求めてこちらに来ました。」

珍しいパターンでの受診かもしれない。しかし、ご自分も大病をなさった医師だからか、やはり患者の気持ちも深く感じ取って耳を傾けてくださる方だった。

「なるほど。よくわかりました。」

夫は、今ようやく1人で職場に復帰できるように、血糖値の調整や食べ物の内容などを考えて動き出していることを伝えた。
「血液検査の結果を見ても順調だと思いますよ。」今までの彼の頑張りを認めてくれ安心が増える。
「先生、ただ体重が増えなくて。どのくらいのペースで元に戻りますか?」と不安材料の一つを尋ねると「あー、その考え方はやめたほうがいいと思いますよ。」とニコニコしながら話す。
「僕もですね、術後の体重は10キロ近く落ちましたけど、そのままです。戻っていません。そのままこの仕事続けていますよ。」

夫の驚いた顔を横から見る。「え、そうなんですか。」

「はい。元には戻れていません。そこを目指すと辛くなります。そうではなくて、新しい身体で、望む生活ができるだけ近づけるかを考えて生活する方が健康的です。そうやって生活して行ったその先に、体重が戻らなくてもいままでできていたことで、これからもやっていきたいことができることが大切だと思っています。『体力が戻る』と言うのは、体重が元に戻ることや採血の結果が正常値になることと捉えるのではなく、やりたいことがだいたいできているかどうかを目安にするのが新しい身体での基準にするといいと思います。そうすると新しい治療を始めた時など副作用が出たかどうかも自分で評価しやすいです。もちろん、検査結果などの数値は大切ですよ。」

夫の目が輝いてきた。「あぁ、あぁなるほど。そうなんですね。」

「私は結局体重は戻らぬまま、こうやって仕事を何年も続けています。戻そうとするのではなく新しい生活を目指す方をお勧めします。」

夫はかみしめるように首を縦に振っている。

「それから、ご質問の一つにある術後の新しい治療への取り組みの件ですが。」

「はい。今ようやく身体が社会に適応しつつある段階で、新しく投薬を始めることで生活が振出しに戻るかもと思うと躊躇してしまいます。もう少し体力が戻ってきてから開始したほうがよいのではないか、など色々と考えます。」

「ご心配いらないと思います。この治療は術後早く取り組んだ方がいい。検査結果や今のやり取りなどを考えても取り組んで問題ないと思います。なにか身体に影響があればその時に止めればいい。今通っておられる病院の先生のご意見に私も同意します。」

夫の目に力が入る。「そうですか!わかりました。」

「またご心配なことがあれば、いつでもご連絡ください。それから、今日話した内容については、お手紙をいただいた病院に返信しておきますね。次回の受診時にご確認ください。お気をつけて。」

「ありがとうございました。」 

良いやり取りだった。夫は言ってもらいたい言葉をシャワーの様に浴びて肩の力がほぐれたようにホッとした顔になった。

心が通う診療を受けた、と感じた。私自身入院中から不安や戸惑いを抱えたままだった。まずそのことを医師に伝え受け入れられたことにホッとした。そして医師とのやりとりを落ち着いたあたたかい時間が流れる雰囲気で話していたことがセラピーを受けているような時間に感じられた。

治療は内容も大切だが、その前に安心し納得して取り組むことが大切だと思っている。なので、この様な時間が持てたこと自体が自身の気持ちの整理にも繋がり、夫や医師との共通理解となった。

夫自身も「医師とこの様に話をしても良いのだ。」と経験を積めたことで、今まで受診してきた病院や治療への気持ちの変化に繋がったように感じる。
ナースさんから「どうですか?不安なこととか他に何かあったら連絡くださいね。」と柔らかい笑顔で確認を受けた。

「ありがとうございます。ずいぶんスッキリしました。頭の中を整理して家族ともう一度話して今後についてまた近いうちにご連絡します。」

人生は選択の繰り返しだ。彼の人生だ。自分で納得のいく新しい生き方を立ち止まったり相談したりしながら決めて行けばいい。なぜか私にも力がみなぎってきた。来て良かった。

思ったよりも長い時間病院にいたようだ。外に出ると空が綺麗な夕焼け色になっていた。


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