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閉店したマシュマロ。に故郷の水を持っていった話


 筆者の周りでも多くの驚きの声があがりましたが大分県中津のコーヒーの名店「珈琲新マシュマロ。」が閉店したのは2019年9月。今回、オーナーさん出身の土地である宇佐市長洲の井戸水をお土産にお話を伺いました。

 話のきっかけは今年の1月。知人数名で長洲にある焼酎酒蔵「久保酒蔵」の蔵見学に参加しました。ところがこちらの段取りが悪くハンドルキーパーはゼロ。すなわち肝心の焼酎の試飲は誰もできない状況に。せめてもの悪あがき(?)で「仕込み水を飲んでもいいですか?」と頼んでみると、久保さんは「あんたら何しにきたんじゃ」てな呆れ顔もせず、快くOKいただいたのです。そこでありがたく一同「うまいうまい」と紙コップに何度もいただく。ん?たしかにうまいですが、そことなく「海」を感じるような...。
 「海が近いからか少し塩味がします。そして軟水。非常にやわらかです」と久保さん。蔵見学後に女将さんが淹れてくださったお茶も、仕込み水を使っているということでした。これもまろやかな味わい。

 後日その時の知人と「あのときの水旨かったすね」と水の思い出話になり、
 「あれでコーヒー淹れたら面白いんでは?」と思いつきから調べてみると「塩入りのコーヒー」というものはあるようなんですね。あえて塩を入れることによって酸味や苦味のカドが取れてマイルドな味わいになるそう。「苦味・酸味が強いのをマイルドにしてみたらコクだけ美味しいとこ取りできそうですね。久保さんの仕込み水はナチュラルに塩味だから、コーヒーのプロに試飲してもらって特別なブレンドしてくれないかな...」とぼんやり願望を垂れ流していたら、あるものですね、ご縁が。なんと「マシュマロ。」のオーナーさんが長洲出身で、常連さんが試飲の機会を繋いでくれたのでした。

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 オーナーご夫妻はご達者でした。店内はまるで昨日まで営業していたかのように磨き上げられていました。古き良き時代で時計を止めたかのよう。「これぞ純喫茶!」な内装です。

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マシュマロ。の歴史

 オーナーの豊永さんは長洲生まれ。小学校3年生のときに終戦を迎えます。はじめてコーヒーに触れたのは小学校5年生の頃。アメリカに移住していた親戚から物資が送られてくるのですが、クッキーや砂糖とともに缶入りのコーヒーが届いたそう。砂糖の袋は税関で開けられたり、運搬のときに破れてしまったりで長洲に到着する頃には使えなくなってしまったので、当時からブラックコーヒーを嗜んでいたとか。ちなみに当時は「おいしい」という感想はなく「苦いけど、コーヒーはこんなものだ」と思って飲んでいたそう。
 東京の大学に進学し、卒業後、豊永さんはホテルマンとしてプリンスホテルやニューオータニなど一流ホテルに勤めます。その頃に一流の人やモノ、サーヴィスに触れたことは大きい、とおっしゃってました。豊永さんはホテル勤めのかたわらコーヒーにのめり込んでいきます。銀座の名店「カフェ・ド・ランブル」に通い、焙煎機を個人で購入する相談などをきっかけに「ランブル」のオーナーさんとも親交を深めます。

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 東京でのコーヒーライフはそのように充実したものであっただけに、故郷に戻った豊永さんは「落差」を味わいます。「本物」のコーヒーが、ないのです。いくら探しても。そこで自分自身が納得の行くコーヒーを出す店をつくってしまえ!と始めたのが「マシュマロ。」なのです。ちなみに店名の意味は、当時(1972年)コーヒーにミルクの代わりにマシュマロを落とすのが流行していたから。語尾の「。(句点)」は画数を調整するためだとか。現在の場所に移転してからは「新マシュマロ。」となります。

マシュマロ。のこだわり

 コーヒーに関して豊永さんは「1に焙煎」とおっしゃってます。「マシュマロ。」を訪れた方が必ず目をとめるのが、巨大な焙煎機が鎮座していた「焙煎室」でしょう。

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 「焙煎は焦がせばいいってもんじゃない。焦げた苦味は焼き魚の焦げと一緒で、豆本来の味じゃない。難しく、奥深い作業」と豊永さん。あらためて焙煎を学ぶために中津から東京の「カフェ・ド・ランブル」に「15回くらいは通ったかな」それも口ではほとんど教えてくれないので「自分でやってみて体で覚えていくしかなかった」おいしいコーヒーのために手間も金も惜しみません。店内のマシーンはそれぞれ数十万円〜数百万円の目利きした品で、とくに焙煎機は一回のメンテナンス費用が20万円(東京から技師の方を呼ぶので)、それが年に1〜2回はあるというから大変。

 閉店の理由は高齢で肝心の焙煎ができなくなってしまったから、とのこと。閉店から1年半が立ちますが、その技術を惜しんで今でもファンから「習いたい」「豆炒ってほしい」とのリクエストはひっきりなしだとか。しかし豊永さんにとって後進育成のハードルは非常に高い様子。「この仕事は好きじゃないと続けられないよ。簡単に金儲けしたい、とかカフェ経営への漠然とした憧れじゃだめだね」

マシュマロ。ブレンド×長洲の井戸水

 お話を伺いながら、長洲の井戸水を試飲。今回は「久保酒蔵の仕込み水」と「粟島神社の御神水」の豪華2本立てを用意。そこに「マシュマロ。」の特別ブレンドを「深煎」「浅煎」を組み合わせていただきました。

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1.久保酒蔵仕込み水 × 深煎
2.久保酒蔵仕込み水 × 浅煎
3.粟島神社御神水 × 深煎
4.粟島神社御神水 × 浅煎

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 粟島神社の御神水も塩気を感じますが、こちらはやや硬めの印象。いずれの水も深煎がマッチする印象。コクのあるスモーキーな風味も港町を感じさせます。

 奥様がネルドリップで丁寧に淹れてくださいました。「そうそう長洲の井戸水は塩の味がするんだよ。これが当たり前だと思っていたけど東京に行ってからはじめて気づいたんだ」と懐かしそうに豊永さん。

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 長洲の思い出話、そしていま現在の長洲の話でも盛り上がりました。地元の方によれば、家業の継ぎ手がなく、まちがどんどん寂しくなっていってるとのこと。長洲再発見のまちあるきや期間限定のコーヒースタンドができないか、などアイデアもいろいろと。これからの可能性は無限大。ご縁が紡いだ特別な休日でした。


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