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ケミカルXの客として、芸人になるか悩んだときのこと、虫が苦手です

今日は下北沢でケミカルXというライブを見た。ケミカルXというのはいわゆるユニットライブで、数組が企画3本とネタ一本ずつを披露するというものである。
その企画がいつも奇抜であったり危ないラインを渡っているので、全員マジキチ、という、お笑いライブの煽り文句に絶対につけてはいけない言葉が堂々と書かれていることはもちろん知っていた。
そしてわたしもまあまあの回数ケミカルXに通っていたので、ライブのむちゃくちゃさに関しては理解しているつもりだった。

けれど今回はむちゃくちゃどころの騒ぎではなかった。

話はいったん飛んで、わたしは大学生のとき岡田萌枝とコンビを組んでお笑いをやっていた。学生の大会で優勝したこともあり、とても楽しくネタができている実感もあったので、お笑い芸人になるのも悪くないかなと思っていた時期があった。
岡田萌枝は芸人になると決めていて、NSCに入るつもりだが、わたしの意向次第では他の事務所にしていいというところまで譲歩してくれようとした。
これは真剣に考えなくてはならないな、と思って母親に連絡をした。
「わたしがお笑い芸人になったらどう思う?」と聞くと、母は即答で、それだけはやめてくれ、と言った。「外国に行かされたり、虫を触らされたりするんだよ、女の子なのにそんなことしているところ見ていられない」

どうして母が虫の話を持ち出したかというと、わたしは虫がものすごく苦手だった。
小さい頃は植木鉢からダンゴムシを拾っては食べていたらしいが(見てないで母も止めろよと思う)、あるときからはぜんぜんどんな虫もだめで、とくに足の多い虫、甲虫系がだめになった。北海道にはおゴキがいないのでカブトムシをわたしは避けて回った。裏側がこわいのだ。足が、密集して、システマチックに構築されすぎている。
上京したいまでも虫は苦手で、しかし家で生活しているときにおゴキを見たことはない。だいたい引っ越しの際にベッドの下から出てきて気を失いそうになるというのがいつものパターンだった。

図書館司書をしていたときに困ったことがあった。司書の仕事として、返却されてきた本をすべて一旦ぱらぱらとめくるチェック作業があるのだが、子どもは昆虫が好きだから、よく昆虫図鑑や虫の生態についてカラーで写真入りの本が返却されるのだ。
わたしはそういう本をチェックしなくてはならないときは「うわーーー」といいながらめくった。井口さんなんで叫んでるの?と言われながらも、うわーーーと言いながらチェックして、書架に戻すときにも分類番号と本のあいうえお順にだけ気をつけて、表紙の虫が見えないようにサッとしまった。

そのくらい虫が嫌いなのだ。

話は戻ってケミカルXである。今日のライブの企画は3本で、2本目も薬を打ったというていでどんなふうになるかを実演するというヤバすぎる企画だったが、3本目はいわゆる「箱の中身はなんでしょう」だった。
そこで出てきたのが大きなサイズのおゴキだった(みなさんおゴキで意味通じてますか?わたしはこの子のことをフルネームで呼んだりこれ以上文字で書き記すと本当に気持ちが悪くなってしまうのでここまでしか書けなくてすいません)。箱の中に何匹おゴキがいるかを当てたら何点、みたいなゲームであった。

はじめはおがくず状のものに覆われていてほとんどおゴキが見えなかったので、怖がっている芸人さんを見て笑っていられたが、その詰め物が多くておゴキが数えにくい、ということで詰め物を減らそうという話になってわたしは凍りついた。
つまりおゴキが丸出しになってしまうということだ。
わたしはどうしたらいいのかわからなくて混乱し、パニックを起こしそうになっていると、リップグリップ岩永さんが「この中で虫が本当に苦手だよーとか見たくないよーという人いたら本当に手をあげてください、ぼくも嫌なので」とすかさず言ってくれたので、わたしはそろそろと手を挙げた。他のお客さんはほとんど挙げていなかったと思う。ああ、ケミカルXを見にくるというのは自己責任なのだ、とその時思った。どんなにおそろしいものを見せられても、ひどいことが舞台でおこなわれても、それを目撃しにきたのはあなたです、というライブなのだ。それをわたしは心の底で理解していなかった、ととても反省し、同時に、リップグリップ岩永さんが配慮してくれたことに本当に感謝した。

じゃあちょっとだけ残しましょう、と詰め物が少しだけ残され、おゴキがほとんど露わになってからは舞台を直視することができなかった。来なきゃよかったとはまったく思わなかった。むしろわたしの覚悟の足りなさを恥じた。

そこでふと、そのときは笹川ともきさん、春とヒコーキのふたり、のチームがおゴキの数を当てることになっていたのだが、この間からケミカルXにはマタンゴが加入していたことに思い当たった。

マタンゴというのはマセキの男女コンビで、アーさんと高橋鉄太郎からなる面白漫才師である。もちろんマタンゴもそのゲームには参加していた。
たまたまおゴキではなくひき肉を触ることになっていたのだが(ひき肉も相当だと思う)、どの箱をどのチームが担当するというのはみんなで決めていたので、アーさんがおゴキの箱に手を入れる可能性もあった。

母親の、虫を触らされたりするんだよ、女の子なのに、という言葉が蘇ってきた。お笑い芸人というのは、お笑いになるならばなんでもやらなきゃいけない仕事なのだ、ということをハッと思わされた。あとアーさんはべつにおゴキの箱にもわりと普通に手を入れたと思う。ひき肉などという触り心地がおそろしすぎるものに対しても怖がる様子を見せなかったから、かなり肝が据わっている人なのだろう。

わたしに足りなかったのってそれなのか、と思った。虫を触れるかどうか。その、一歩を踏み出す根性があるか。

でも芸人さんにはそれぞれNGがあることをわたしは知っている。最近では芸人さんのチェキの販売というのがライブシーンですこしずつ一般化してきたが、そのチェキも(多分写りたくないという理由で)断っているひとたちは何組かいる。全員が無敵ではない。みんなそれぞれに苦手はある。
ただ、苦手であっても苦手だから無理ですが許容されない場面が来る可能性もある。パワハラという感覚が生まれたいまやりたくないことをやらされるということはめっきり減っていると思うが、乗り物酔いしやすい野田クリスタルさんが酔い止めを飲みまくりながらあちこちにロケに行っている現状を見るとまだ芸人さんは我慢しなくてはならないことが多い、と思う。

そもそも人間付き合いと上下関係が苦手だという理由でわたしは芸人にとても向いていなかったと思うのだが、芸人にならなかったしなれなかったわたしは、きょうケミカルXの客としても試されて、それにも弾かれたような気がして少し落ち込んでしまった。

岩永さんが配慮してくれたことがほんとうに助かったのでそこだけ200回くらい書いておきます…でもそれは「ケミカルXの客」への配慮ではなくて「お笑いライブの客」への配慮だったと思うんだよな…わたしはいつまでも本当の意味でケミカルXの客にはなれないのかもしれないと思った。ライブは客を選んでいいので、わたしはちょっとケミカルXの客として想定されている層とは違うのかもしれないが(写真も撮らないし)、でも見に行きたいのでまた見に行くつもりではいる。そのためにはちゃんとケミカルXの客としてきちんと動揺せずにありたいと思った。しかしそれはすぐにはむずかしいかもしれない。

今日見ていた方でわたしがあまりに引いてしまっていていることが気になった方いたらすいませんでした。はやく人間になりたいっていっつも思ってる。

注※女の芸人さんが虫を触ることの是非について書いたのは母の言葉があるからで、男性の芸人さんでもどんな性別の人でも虫が本当に心からいやな人が虫を触らされるようなことはあってはならないと思います。念のため

ものを書くために使います。がんばって書くためにからあげを食べたりするのにも使うかもしれません。