「米軍が恐れた不屈の男」瀬長亀次郎の生涯

米軍は亀次郎を恐れたが、正確に分析もしていた。
終戦直後、占領下の沖縄で、初めて堂々と米軍にモノを言い、大衆を引きつけた男がいた。
それが瀬長亀次郎だ。

わたしも、彼が後に国会議員になった後の国会答弁を覚えている。

命を捨てて、米軍に立ち向かい、選挙妨害に負けず、那覇市長に当選。沖縄の本土返還を実現する。

亀次郎の魅力について、米軍は当初、危険な共産主義者との見方だったが、徐々に「ダイナミックで、多彩な個性を持った雄弁家」と見直していた。182P
 
 さらに「瀬長は軍事占領に対する抵抗のシンボルであり、われわれが独裁者をつくり出した」と分析していた。正確な分析だった。むしろ、この分析力に感嘆する。

本書によれば、返還時には基地のない沖縄にするからという口約束が亀次郎にもされていたという。

表向きは「核抜き本土並み」だったが、実際は、日米間の密約で核は持ち込め、基地も返還が進まなかった。沖縄県民の心情を研究した米国が、結局いまも沖縄を自分たちの軍事基地として利用しているのではないか。

瀬長は、民族主義者だったが、その民族というのはいつも「日本」だった。沖縄戦で地上戦が行われ、日本の犠牲になった沖縄に、こんなに強い本土復帰願望があったのか。

その強い思いに、日本政府は応えたのか。

「ひょっとして沖縄が、そのまま米国の一部になっていたら、どうなっただろうか」。そんな空想もしてみたくなった。

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