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終診

ツイッターにも書いたが、今日で通院生活が終わった。
一昨年の秋に体調を崩してから、約2年間精神科に通い続けていたが、今日で終診となった。
一時期はレクサプロやロゼレムなどの薬も飲んでいたが、ここ最近は薬も飲んでおらず、精神的に不安定になることも大分減っていた。
金銭的にそんなに余裕がある訳でもないので、もうそろそろ辞めにしたいと思っていたのだ。
「いつ言おうかな」と考えていたら、担当医のほうから提案された。

担当医
「最近は夜も眠れているようですし、今日で終診にしますか?」

「え、あっと…じゃあそうします…」
担当医
「わかりました。」
まさか向こうから言ってくるとは思わなかったので、「えっと」ではなく「あっと」と答えてしまった。あっとって何だ。あっとって。

担当医
「治療というのは、まずは薬で安定させて、その上からご自身で頑張って回復させていくものですので、薬に頼って治った訳ではありません。ご自身で頑張ったから治ったのです。自信をつけてください。また何かあったら連絡してくださいね。」

そう励ましを受けて、診療室から出た。時間にして3分ほど。あっけなく終わってしまった。
2年間通い続けたこの病院とも、もうおさらばなのだ。そう思うと、少し寂しかった。
ただ、それだけ。言葉にしてしまうと短い。

以下、帰り道に思ったこと。
子どもの頃は怖がりで、どう見てもニセモノの心霊映像やどう考えても作り物の怖い話にもびくびく怖がっていた。
だからといって大人になった今は大丈夫かと言うと、そんな事はなく、何だかんだテレビで怖い番組を見たら夜寝れなくなってしまうし、トイレにも行きづらくなってしまう。だが子どもの頃の、恐怖に対し真っ当に怖がるあの情熱に比べたら、どうもそこまでではない気がする。
それはもちろん、世の中には作り物の映像や嘘だって多いと知ったからでもあるが、それ以上に、昔ほどまともに怖がる力がなくなってしまったように思う。
まともに怖がるのにも体力がいる。
ただ怖くないから、真実を知ったから、知識を得たからではない。体力がなくなってしまったから怖がれなくなってしまったのだ。
まともに怖がっていたら何もできなくなってしまうような歳になってしまったのだ。
それはそれで、少し寂しい。

そんなことを少し考えてしまって、別に終診とは関係がないけれども、帰り道をセンチメンタルで埋めるには、丁度いい時間だった。

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