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【連載小説②】海辺の町とサロン・ド・ニース

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10代後半まで住んだ町を、Googleマップで見つけたのは2週間ほど前のことだった。

漁村だった海辺の小さな町はすっかり姿を変えていた。

夏、週末になると水着の上にワンピースをかぶり、浮き輪をかついで出かけた砂浜は、何年も前に護岸工事が完了していた。タコ壺がいくつも並べられたバラック小屋は、コインパーキングになっていた。

考えてみれば当然のことだ。

目の前にある島との間につり橋が架けられて、周辺も姿を変えていた。橋の完成と時を同じくしてこの地を離れた私が、その後あっという間に変わった漁村のことを知らなかったのは不思議ではなかった。

それでも、何かひとつでも当時の痕跡が残っていないかと私は道路に沿って少しずつカメラを進めた。

木造の平屋ばかりだった海岸沿いには、海風に耐える頑丈なコンクリートの建物が並んでいた。嵐に備えて漁船を引き上げるための砂丘もなかった。

「サロン・ド・ニース」の看板が目に飛び込んできたのは、砂浜のそばを走る道路が途切れるY字の交差点だった。

「え、」とも「う、」ともつかない声を出して私は画面を凝視した。30年近く前に通っていた美容室がまだあるなんてことがあるだろうか。

当時のオーナーが若かった記憶はない。きついパーマが似合う、それなりのミドルだった。ならば誰かが後を継いだのだろう。

だとしても、サロン・ド・ニースはあまりにも当時のままだった。看板のロゴも、窓から見えるごちゃごちゃした雰囲気も。

サロン・ド・ニースが入居する、当時はとてもハイカラでおしゃれに見えたレンガづくりのテラスハウスもそのままだ。開発が進んだ周囲から取り残され、当時とは逆の意味で周囲から浮いた雰囲気を醸し出していた。

ふるさとのGoogle散歩が目的だったはずなのに、気づくと私の指はなぜかテラスハウスの物件情報を探していた。

「メゾン・ド・プラージュ」

たどり着いた物件情報には、43年の築年数とともに、「現在この物件にお問合せ可能な部屋はありません」との表示があった。老朽化か、取り壊しが決まっているのか。

それでも私は手を止めることなくスマホを握り、管理会社の電話番号を押した。入居できるかどうかを確かめてどうするのかを考える余裕もなく、イライラしながら応答を待った。

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