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【連載小説⑤】別離と出発

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ショッピングモールでの”事件”が起こったのは、メゾン・ド・プラージュへの入居を3日後に控えた休日だった。

私は夫に何一つ相談せず、着々と転居の準備を進めていた。

注文した食事を待ち続ける私を前に、自分の料理を平らげた夫を置いて店を出た私は、一旦バスで自宅へ戻った。

夫からは何度もLINEで「どこにいるのか」とのメッセージが届いていたが、私はプレビューだけを見て返事は返さず、仕事道具と数日分の着替え、外泊用のポーチが入ったバックを持って自分の車に乗り込んだ。出張が多く、旅慣れていたことに助けられた。

「もうここに帰ってくることはないかもしれない」という思いがよぎったが、名残惜しい気持ちはなかった。私は生まれ故郷の舞島に向かって一直線に車を走らせた。

夫が、知人や友人に連絡してまで私を探そうとしないことはわかっていた。妻が突然いなくなったことを「なぜ?」と本気で考えられるタイプの人間であれば、私は舞島に向かっていない。夫はこれまで通りの毎日の、「妻なしバージョン」を続行するはずだ。

冷蔵庫にはペットボトルの飲み物を入れ、出てこない朝ごはんの代わりに菓子パンを食べ、夕飯はコンビニで買い、ゴミの日までゴミ袋代わりのレジ袋を積み上げるだろう。

休日は気が向けば掃除機をかけ、汚れが目立てばトイレを掃除し、トイレットペーパーを買い足してテレビを見て夜を迎える。妻がいなくなったことは秘密にするでもなく、ただ誰にも話さず、私がしばらく無視していれば連絡も途絶えるはずだ。

結婚生活のあいだ私をイラつかせてきた、誰かとの衝突をひたすら避ける夫の行動は手に取るように予測できた。私が言い出さなければ離婚もしないだろう。

私は責められることも、追及されることもなく舞島での生活を続けられるだろうと踏んでいた。「どこに住んで誰と何をするか」を決める時間はまだ十分ある。

私は「別離」をこの旅2つめの道しるべとして打ち込んで、ハンドルを握り直した。

入居までの2日間は車中泊をしてもかまわない。ナビについた電話帳を起動させ、舞島での記憶と直結する名を探した。高校まで舞島で一緒に過ごしたハルには、改めて地元に戻ることを伝えたかったのだ。

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