嫌いから湧く自信

私ってなんでこんなにトラウマあるんだろう。

そう思うのは私だけなのかな?

みんな、思ったことあるかな?

メンヘラ特有の悲劇のヒロインスポットライトなのかなって思ったりもしたんだよね。
トラウマ製造機なんじゃないかってね。


だけど、画鋲靴子の noteの紹介文に

トラウマの数だけニヒルな笑いを

って書いた時

あーそうか、トラウマがあるってのがスタートで私は全部笑い話にしてゴールするんだなって感じたんだよね。

咄嗟に書いた文章なんだけど、私はそう受け止めて少しずつ自分を話し出したんだよね。

感情の下に本音がある

だから、感情を絶対否定しないぞって最近思っている。

くそ振り回されて、なにがなんだか分からない時もあるけど。

こんな揺れ動くのを知らないで生きてる人もいて、

前だったらそっちの人が羨ましくて仕方なかったけど。

今は、
あら知らないの?
このジェットコースター乗ったことないんだぁって

少し、ドヤれる。笑

ちょっと前に
大好きならぶちゃんに共感能力や文章から読み解く能力を褒められてん。

デヘヘッ

クソ嬉しい。

自分がダメな人間だって吐き出した時くらいにこんなnote書いてもらって。

なんていうか

自分の感情は否定しないけど

自分が嫌いだって思った時に何かがはじまるし、そこからのプロセスにちょっと見えてないことを
外からの刺激で気付かせてもらえるチャンスが必ずあるんだなって。

それは、誰かの信じている神様仏様みたいな存在が真実はこっちよって言っているような。

自分を嫌うことをやめてねって言われているような。

私は無能だ!って嘆いてる時に、
あんな風にタイトルが画鋲靴子ちゃんってなるんだよ。
もう時空に私の使命が残ったんだよ。
いやいや、身震いやで。
その感情のジェットコースターたるや。
びっくりだ。

改めて、らぶちゃんありがとう。

(あんね、らぶちゃんがnoteを書き続けていなかったら、私は noteをはじめてないよ。
らぶちゃんが私の本垢をフォローしてくれたから、私はちゃんとらぶちゃんにいいねを送りたくて画鋲靴子のアカウントを作ったんだよ。)


そんなこんなを経て、私に視えた自信のカケラ


できない自分を嫌わないでね。

できない自分を偽ろうとしたり
力づくでやろうとしたりしないで。

できないことを誠実に話して大丈夫だし
それで生きていける。

嫌いからスタートしたら、好きってゴールに歩くだけなんだよって言葉。

嫌いなことにも自信が湧きました。

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