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思考法を変えれば世界は変わる~特別対談:立教大学佐々木先生~その1

#野中郁次郎 #センスメイキング #コンテンジェンシー #SECIモデル #マーケッター #カール・ワイク


(はじめに)


 早いもので、年末も押し迫って参りました。いかがお過ごしでしょうか!
 今回は、立教大学経営学部佐々木宏先生をお迎えして、「今、何故センスメイキング・ビジョン思考が必要なのか」を考えてみたいと思います。

 先生にはnoteにご登場いただきますのに、今年夏から話し合いを続けて、半年かけてやっと実現できました。ご協力に心から感謝いたします。

テーマは、「思考法を変えれば、世界は変わる(副題 センスメイキングの必要性)」です。
対談形式で2回に分けてお届けいたします。

佐々木先生からのご要望で、わたしへの質問形式で回答しながら、また考えるという形を取りました。

<佐々木先生プロフィール>
佐々木宏
立教大学経営学部 教授 
博士(経済学):大阪大学
情報システム監査技術者
【研究】社会科学をベースにしたIT×情報×組織×事業戦略の複合領域(DX、DX人材、Society5.0、ITガバナンスなど)
【教育】
・研究室の産学連携プロジェクト:約20年間にわたる産学連携活動(商品開発、イベント企画、マーケティング・リサーチ、事業戦略立案など)
・文系学生向けPython、DX、リサーチ関連講義
【対社会活動】
・対学会活動:IT系学会の理事、複数の学会誌編集委員など。
・対実務界活動:一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会理事、公益社団法人企業情報化協会各種委員、中小企業診断士試験基本委員、各種セミナー(中堅マーケティングリサーチャー向けセミナー、DX人材のリスキリングセミナー)など。

1.何故センスメイキング理論に惹かれたのか

(佐々木)
黒木さんの会社に何度かお邪魔してお話しを伺ったり、実際に某クライアントでのセンスメイキングのワークショップに参加させていただいたりしました。
その時の強い印象としてありますのは、黒木さんはセンスメイキングの理論を深く理解し、それを実践されていらっしゃるということです。

ビジネスマンの方で、書籍やネットなどで、センスメイキングということばを聞いたことある方は少なくないかと思います。
しかし、その理解については、私も含め断片的で、全体を理解するところまでには至っていないこともあるのではないでしょうか。

そこで、私がビジネスマンの代表のような形で色々とお伺いして、センスメイキングの理論と実践について理解を深める機会にできればと思います。

(黒木)
了解いたしました。
こちらこそ宜しくお願いいたします。

(佐々木)
それでは、最初に、何故黒木さんがセンスメイキングに惹かれたかを教えていただけますでしょうか。

(黒木)
10年前までは、私もロジカル思考で問題解決型の戦略を実践してきました。
その内容は、いわゆるPDCAを回すという形で効率的で、ある程度説得力のあるものでした。
しかし、ときに同じ市場の新製品開発では、皆同じような結果ばかり出てきて、なかなか新しいモノが生まれない、クリエイティビィティが発揮にくいということが、数多く出て来て困ることが多かったのです。
何より、作業内容に少し人間味がなくなってつまらない。

ユーザーリサーチの客観的データだけを積み上げると、その市場では同じモノばかりがソリューションになってしまうからつまらないし、売り上げは、上がらない。

これでは、イノベーションなどはなかなか生まれないのではないかと考え始めていました。

(佐々木)
いつ頃から、そのようなことを考え始めたのですか。

(黒木)
それは、21世紀に入ってからですね。
マーケッターは、市場を分析して戦略の仮説を作る作業がメインで、表現するまではやらないのがほとんどです。
所謂広告代理店丸投げで、制作活動表現などはしないという状況です。
客観的データの前に主観で観察して、自分なりに考えることをしないと、同質化してしまうことに原因があると考えたわけです。
やりがいがないとワクワクしないわけですよね。

(佐々木)
なるほど、答え合わせのようなことばかりやっていると、想像力も創造力も働かなくなってしまうということですね。

(黒木)
以前、noteでも書きましたが、私が博報堂時代にお会いした一橋大学野中郁次郎教授(当時)の考え方、理論はかなりインパクトがありました。
知を創造するというテーマです。

その時は、まだ知識創造理論の SECIモデルの発表前で
・主観と客観(主観の客観化)
・暗黙知と形式知(その相互作用によるる新しい知)
の研究をされていて、個人の主観が対面で対話して相互主観になり、大きな組織で共有すると客観になると現場体験で説明されていらっしゃいました。

私が感動したのは、人間本来の力(考える、観察する、感知する)が働く時に、自分の思いが伝わり共感するのがマーケティング作業の在り方ではないかという視点でした。

その意味では、センスメイキングの外界の状況を感じとり(Sense)そこから固有の意味(Sense)を作り出す行動モデルは、まさに野中先生の知識創造モデルと双子の兄弟のような存在に思えたわけです。

2.今、センスメイキングが必要になった背景

(佐々木)
何故今、センスメイキングが必要であるのかがとてもよく分かりました。
それでは、今いただいた話を手がかりにして、さらにご質問をさせていただきたいと思います。

センスメイキングが必要になったそもそもの問題として、
①マーケッター(人)の問題なのか
②データの問題なのか
③組織文化の問題なのか
④戦略策定プロセスの問題なのか
この点、いかがでしょうか。

(黒木)
大変興味深い、ご指摘だと思います。
①と②と③と④は、重なりあっているかと思います。

②のデータの問題と①の人の問題では、やはり客観と主観の問題が出てきます。
データを見る力によって、同じデータを見ても違うものが見える、個々に違って見えることがあります。
画像データで見た場合、目のつけどころによって異なるストーリーができるし、数量データですら、比較する数値が異なれば違った解釈ができます。

つまり、経験とか感性というもので違った解釈が生まれますよね。
また、同じ解釈も生まれます。これが共感に繋がる場合もあります。
違った場合は、それを知ることがそれぞれの人間性の違いを知ることにもなります。
①の人間の問題と②のデータの問題は同時に考えるものではないでしょうか。

(佐々木)
4つの要素が複雑に絡み合って、(市場や顧客の変化を)読み取る力、感じ取る力、意味(戦略)を創る力が失われてしまったと、そういう解釈でよろしいでしょうか。

(黒木)
はい、そう思います。
失った力を取り戻すためには「対話」が大切ですね。
対話と会話は違います。

対話は“異なる価値観を持った人との擦り合わせ”であり、会話は“親しい人同士のおしゃべり”です。
野中郁次郎先生は、知的コンバットとおっしゃっていますが、この【対話】が極めて大切だと思います。

更に佐々木先生が挙げられた③組織文化の問題がありますね。
長らく日本の企業には、調査部があり、リサーチの発注業務をしていてマーケティング部やR&Ⅾ、広告部、販売部に調査結果を提示する役割をしてきました。
これは縦割り組織体制です。

情報収集→情報集約→合意形成→意思決定→伝達→現場実行までが長すぎて、アジリティに欠けています。
マーケットのニーズの変化に組織が対応できなくなってきています。

データは、アリバイ作りで、自分達がやっていることの正当性を説明する形になっているに過ぎない会社もあります。

(佐々木)
次に、データの読み方や情報活用のところに着目します。
黒木さんは、しばしば主体と客体という言葉をお使いになられますが、(会話やインタラクションを通じて)両者は一体化していくと考えてよろしいでしょうか。

(黒木) 
主体→客体という観察・分析は、客観的に、正確に分析した実証結果は、誰にでも共有できる普遍的真実であるという立場ではありません。

主体⇔客体という双方向の関係性にある中での主体は客体の一部分であり、主体と客体の相互依存関係の上で成立するという立場をカーワイクのセンスメイキングはとっています。

これは私の解釈なんですが、エスノグラフィーで対象者を観察する際には、参加して、場や経験を共有するフィールドワークがこの主体と客体の関係になる時ではないでしょうか。
だからセンスメイキングの方法論では、通常のグループインタビューよりも、ありのままを観察して自分も体感するエスノグラフィーが多くなります。

(佐々木)
カールワイクは、環境を感知して、解釈して、行動・行為するプロセスを示していますが、そのようなプロセスを繰り返して環境に働きかけ、環境と一体になっていくるということですね。

(黒木)
作りながら、自分も考えて、新しく変えるみたいなイメージがカールワイクの理論にはありますね。

(佐々木)
では、組織構造のところに着目します。
先ほどの黒木さんのご指摘ですと、マーケティング部、企画部、広告・広報部、販売部などの縦割り組織では【対話】が充分なされていないケースがあると考えてよろしいでしょうか。

(黒木)
そういうケースはありますね。
生きた情報を主観で読み込む作業をすれば、部署によっても違うケースが出てきます。

互いに徹底した対話を通せば、新しい知が生まれるケースも出ることもあり、それを組織全体として共有することが大切になります。まさに野中郁次郎先生のSECIモデルですね。

MBAなんかでも教えているはずですが、実践で、きっちりと組織で新しい知を生む作業ができているケースは少ないと思います。
生きた情報が、企業組織に入ってこないで数10年間、顧客(生活者)と企業の間が乖離してしまっているとすら感じます。

(佐々木)
伝統的な日本企業の組織の中には、新しい知を生み出そうとする力が弱体化して、大きな変化を好まないというDNAが埋め込まれてしまっているのではないかと受け止めましたが、いかがでしょうか。

(黒木)
その通りです。
経路依存性になっているケースが多いと思います。
制度や仕組みが過去の成功体験に縛られているケースです。だから新しいブランドが出にくい。
過去の慣れ親しんだ方法に、頼る組織になっているわけです。
ただ、ガバナンスだけはしっかり守りますね。特に、ガバナンスばかり気にする企業が多いです。

世阿弥の言った【守破離】で言うなれば、守はしても破と離はしない。
変革を口で言っても、本質は変わらないという企業がまだありますね、残念ながら。

(佐々木)
効率だけを重視する組織構造を考慮して環境適応を図るという認識では、環境は激変して、それだけではもうやっていけないという時代なのでしょうね。

(黒木)
決められたものを如何に効率的に運用するかという組織と新しいモノを生み出す組織が同時に必要になって来てました。機能は異なりますが、両方ともアジリティは要求されますね。

その決められたものではなくて、自分ゴトで考えて、自分のやりたいこと、自分のいる会社が未來の姿を創造することから始まるのが、センスメイキングやビジョン思考だと考えます。
それはデザイン思考の課題解決型のクリエティビィティと異なる点です。

(佐々木)
周知のとおり、組織論にはコンテンジェンシー理論というのがあって、環境変化が少ない時は機械的な組織構造がよく、環境変化が激しい時は有機的な組織構造がよいといわれます。

それを当てはめれば、現在のような環境変化が激しいような時は、たしかに機械的な組織は整合しないことになると思います。
では、いったいどうすればいいのか。

スタティック(静的)な理論では解決できず、そこにセンスメイキングの考え方が必要になってくるのだと思います。

一方、ダイナミック(動的)な面に注目すると、組織論にはケイパビリティ(組織能力)の考え方があります。ケイパビリティの一つはオペレーショナル・ケイパビリティで、ルーティンを強化して現場を改善していくことで、企業の競争優位性が高められる。これは、環境変化が少ない状況下で経路依存性がプラスに働くケースに該当します。

もう一つはダイナミック・ケイパビリティで、環境変化に追いつかない状況では、戦略構築能力とか組織変革能力のようなケイパビリティによって、自らを作り変える力が必要になる。これが、黒木さんがご指摘になった経路依存性がマイナスに働くケースと考えられます。

現在は、DX(製品、サービス、ビジネスモデル、業務、組織、プロセス、企業文化・風土の変革を目指す)を推進するケイパビリティが必要だという風に話が進んできたと感じています。

(黒木)
はい、確かにその通りです。

3.人間の創造者を生かした思考法として
・・・日本独自の知を創造する デザイン思考の原点


(佐々木) 
先ほど、黒木さんはもう一つ重要なことをおっしゃっておられました。それは「そもそも今の時代に、本来人間が持っていた創造性が失われてきたのかではないか」ということです。

裏を返せば、「自分らしさ、自分の思いとか、自分がどのように組織や社会に貢献しようとか、本来のその人自身が持っているものを生かす」ことを目指すべきだ、ということになるのではないかと思います。
そうであるなら、現行の組織がいかなるものであっても、人間が個々に持っている自由な創造力や想像力を生かすことを企業組織で考え、自ら行動する
そうした時に、センスメイキングの理論や実践が有効になるといえるのではないでしょうか。

(黒木)
その通りです。
【デザイン思考】という思考法が、2011、2012年にIDEOアイデオを中心にして入ってきました。
デザイン思考とは、デザイナーがデザインを思考するプロセスをビジネス上の課題解決のために活用する思考法です。ユーザーの意見や感情を大切にしてユーザー視点から本質的な課題を見つけることから始めます。
重要でかつ難しいのは、この本質的というところです。

主な作業プロセスは、
①生活者(ユーザー)を観察して、問題点や課題を探索する。(センスメイキングのプロセスと似ています。センスメイキングでは感知するといいますが、ほとんど同じです。主観で感じること)
→いわゆる直観です。
観る力とそれをベースにして、考える力です。
②ユーザーも気がついていない本質的な問題点を定義する。→所謂インサイトを探る。
③課題を解決する為のアイデアを創出する。
④プロトタイピングにする。
(プロトタイピングは,さまざまな方法論がありますが、1番使っているのは、頭に浮かぶのをスケッチする。次にストーリーメイキングするという
物語化する作業が多いです。)
⑤プロトタイプをユーザーが試す。評価する。

この感知する。観察するという大変な作業の為に、創業者のディビィド・ケリーはじめ、スタンフォード大学の研究者は、日本に20世紀後半に来て、ZENやら日本人の美意識、自然観を研究していだと言われます。あの本質を観察によって察知するのは、暗黙知から形式知への変換作業であり、原形は、日本にあったと言われています。

デザイン思考、アート思考の延長上にセンスメイキングをあるのではないかと解釈できます。


(佐々木)
大変重要なご指摘で、デザイン思考の原形は、もともと日本にあったのを欧米人が学んでそれを取り入れたということですね。
かつて、トヨタの生産方式を欧米人が学んで「カイゼン」としたような。何やら似ていますね。

(黒木)
直観で感じたものを言語やデザインで表出するという作業は、SECIモデル(このnoteでも度々取り上げてきた野中郁次郎先生の知識創造型企業のアプローチ)の暗黙知から形式知へのプロセスに類似していますね。
(野中先生は更にこれに個の考えたものを徹底的な対話によって組織として止揚するという個→集団→組織に 新しい知を創造することで、企業全体を変革する概念を作りあげられていることが、素晴らしいです。この、知を作り上げる過程をスパイラルな図にされています。)

そういえば、アップル創設者のスティーブ・ジョブズも、随分と日本に来て、ソニーから学び、さらに独自に日本の美意識、文化から様々なインスピレーションを得ていますよね。身体知というか、五感で感じることをデザインに起こしています。

(佐々木)
なるほど。
東洋と西洋の違いかもしれませんが、東洋には、全体を見るという考えが最初からありますね。
日本人は、本来自然と人間は一体化していて、自然の中の一部が人間であると考えるのに対し、西洋には自然は征服すべきものという考え方があったりします。

野中郁次郎先生は、マイケル・ポランニーの暗黙知や知のダイナミズムを参考にしながら、欧米の文化と日本の文化を融合して、理論を創り上げたというイメージでしょうか。

黒木)
はい、繰り返しになりますが、野中先生は、個の知識生成からさらに組織として共有化し、伝播し、さらに、個に戻るスパイラル構造で、全体としてアウスヘーベン(止揚)するという画期的モデルでしたわけですね。
これを我々は,単なる理論ではなく、何度も様々な企業でワークショップ中で実践してきました。
一緒にやっているクライアントさんも我々も毎回、必死になってもがきながらの作業になります。(笑)


次回へ続きます。