領土争い
「今年は、中川県の勝利でした! さぁ、来年の対決はどのジャンルで、どちらの県が勝つのでしょうか? お楽しみに!」
MCがそう告げると、番組はエンドロールが流れ、CMに入った。
「これで2年続けて、中川県のモノだね」
「S島の人気は衰えないからな。この対決でさらに人気が上がってるし」
テレビを見ながら、若い夫婦はそんな感想を言い合った。
「ねぇ、私達も、今年の連休のどこかで、S島に行かない?」
「だな、しばらくインバウンドも多くて予約が取りにくいらしいから、夏以降でホテルに空きがあるか調べてみよう」
そう言うと夫は、手元のタブレットで旅行サイトの検索を始めた。
瀬戸内海に浮かぶS島の所有権と所属を巡り、以前から本州の岡島県と四国の中川県の間で、「市民レベル」「お笑いネタ」として言い争いはあったが、6年前に両県知事と議会の承認を得て、本格的に「領土争い」が行われることになった。S島は昭和の時代から映画やアニメの舞台としてその美しい景観が用いられ、平成以降も人気アニメスタジオが国際的なヒットになった作品の舞台に活用するなど、話題性が絶えず、人気の観光地であり、移住希望者も多かった。それ故、年に1度、毎年勝負の内容を変えながら領有権を争い、次の1年間の「所属名義」と「税収」が変わるこの制度は、かなり画期的な試みだった。今年は両県それぞれ出身のお笑い芸人が団体戦を繰り広げて勝負を決めることになり、ゴールデンタイムのMCで活躍するタレントの久しぶりの漫才ネタが登場するなど、決戦自体も話題性が高いものとなった。
「昨年の出身アーティストによる音楽決戦も良かったけど、今年のお笑いも面白かったね」
「俺は一昨年の出身アスリートによる異種格闘技戦がたまんなかった。あり得ない対戦が実現したし」
先ほどの夫婦が、番組の後もそんな話題で盛り上がっている頃、チャンネルを変えたテレビの画面に、突如チャイム音と共にニュース速報が流れた。
「K首相が国立競技場の所属自治体を争う都道府県対抗のサッカー大会の開催を提案」
夫は「え?」と目を丸くすると、急いで詳細を調べるべく、ホテルの検索もそこそこにタブレットの画面を変えた。
紆余曲折あったものの、閣議での了承を得て、東京にある「国立競技場」は、毎年開催されるサッカー大会で優勝した都道府県が「所有」を名乗ることができ、その後1年間の入場料収入の一部が入ることになった。この大会に出場できるのはプロリーグのチームでも、大学などアマチュアでも、それらの混成でもよく、チーム自体が自治体の中にホームがあればチーム全員に出場権があり、混成のメンバーに招集できるのは、過去に1年以上、その都道府県に住民票を置いたことのある人物とされ、有力選手は都道府県の間で奪い合いになった。そして、サッカーの聖地と呼ばれる国立競技場の所有権を、国取り合戦さながらに、サッカーの試合で決めるというダイナミックな発想は、多くの国民に支持され、かつ大きな盛り上がりを見せることになった。
「2匹目のドジョウはいましたな」
K首相の盟友と呼ばれる党の有力者Nは、この成功を見て言った。
「岡島県と中川県の例があるから、予想はついてましたが、大成功です」
既に就任4年目になるK首相は嬉しそうに返した。
「しかし気になる動きがあります」
同席していた外務大臣のWはそう切り出すと、次の言葉を続けた。
「隣国が、お互いが自国領土を主張する『T島』の所属を巡って、この方式を非公式に提案してきたのです」
「なんだと」
K首相は驚いた顔で聞き返した。
「どういうことだ」
「対決の内容は、初回はサッカー、次回以降は、両国が事前に合意したジャンルの中から、前年の勝者が選択できる、という案で、対決ジャンルの案は、サッカー以外に、野球、陸上、バレー、ボクシングなどのスポーツや、両国の映画の年間全世界興行収入とか、数学の大会など、多岐に及びます」
K首相とNは顔を見合わせた。
「しかも1年限りの所属なので、仮に負けてもあまり痛手はありません。T島の互いの公式な主張を取り下げる必要もありません」
W外相の言葉に、場に居合わせた全員が妙な納得感を出していた。
「T島は面積は小さいですが、互いが領有権を主張しており、衝突を避けるため、現在はいずれも実効支配を避けております。周囲の海域の漁業権は島を横断する仮の線で区切っており近年はトラブルも少ないです。今回の制度を導入すると、経済的には年によって漁業海域に変動が生じたり、リスクはありますが、一方で国際的にも話題性があり、無人島ではありますがツアー観光客を受け入れて、年ごとに所属する国が変わる特殊エリアとして売り出すこともできます。結果、勝敗を半分としても、我が国に十分メリットがある、と見立てています」
やがて、自国領土の正当性は揺るぎないもの、という両国の主張はそのままに、T島の1年間の「仮の」所有権と管理権を争うサッカー大会が開催されることになった。くしくも、この初回競技場に選ばれた時の国立競技場は、本来自分の所属だったS島を岡島県と争う許可を出した中川県の所有であった。このホーム&アウェー方式の初戦となる試合で、日本代表は2−1で勝利することができ、戦いを相手国の競技場に移すことになった。
「まさか、本当に『国取り合戦』が行われるとはな」
瀬戸内海のS島を訪れた夫が妻につぶやいた。
「そうね。すべてはこの美しい島の所属を巡って始まった」
丘の上から見える海と、そこに浮かぶ船を目を細めて眺めていた妻も言った。
「そして、両国首脳は、『ノーベル平和賞』受賞か」
「柔軟な思想って、大事よね」
「だな」
遠くで汽笛がなる丘で、涼しい風を浴びた2人は、どこまでも幸せそうだった。
*この物語はフィクションです。
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領土については、以前こんな作品も書いていました。
これまでNoteに多数のフィクションを投稿してきましたが、その中でも作者お気に入りの1作です。