うちにはキーボードがある


#創作大賞2024 #エッセイ部門

 うちにはキーボードがある。
 それも、中古屋さんで二千円で購入したものだ。

 購入したのは数年前。
 まだコロナ禍で、外出もあまりできず、仕事が終わればまっすぐに自宅へ向かうしかない時期だ。

 なぜ購入しようと思ったのか?
 私は小さい頃に、電池式のキーボードで遊んでいた。
 そのキーボードは、押し入れの奥にあって、どうやら母が買ったけど飽きたか何かでしまっておいたものらしかった。
 茶色いケースに入って、ピアノだけでなくフルートやハープなど別の楽器の音も出せるものだった。あとは、ジャズやロックのドラム音が流れたり、メトロノームも入っていた。
 電池式のため、電池がなくなると音が出せなくなった。
 どうにかして電池を買ってもらい、何度となく遊んだ。

 元々ずっとしまっていた古いものだったし、電池を逆にいれて液漏れしたこともあり、私が進学のために家を出てから、母が勝手に捨てたみたいだった。

 それほどキーボードに夢中になっていたのだが、母は私をピアノ教室に行こうとは言わなかった。
 他の習い事をしていたのもあるが、最初から向いていないと思ったらしかった。

 ただ、私はそのキーボードで遊んでいたのをきっかけに、小学校で吹奏楽部に入り、中学卒業まで続けた。
 部活は音楽室で活動するので、練習の合間にグランドピアノに触ることもできた。ピアノを習っている部活の友人に、「ピアノ習ってるの?」と聞かれたこともある。
 習ってなんていない。家の倉庫みたいな部屋で、バイエルをみつけたのもその頃だった。楽譜は吹奏楽で覚えて読めたので、キーボードで自主学習していた。

 短大は福祉系で、授業にピアノがあった。
 引っ越し後に大手の電器屋へ行って、その日のうちに持ち帰った。
 お金がないけど、ピアノと同様の鍵盤数があり、スタンドも必要だった。配送のお金ももったいなくて、自分で持ちかかえて帰った。
 1時間くらい歩いて、すごく疲れて、やっぱり配送にすればよかったかもと後悔した。でも、家でキーボードを設置してみたら、もうその疲れはどうでもよくなった。

 それからいろいろあって、卒業後は実家に戻った。
 福祉系の仕事は残念ながら就職しなかった。体調を崩してしまい、それどころではなかった。
 実家に残していたキーボードは、母がとっくに捨てていた。新しいキーボードを部屋に設置した。たまに引くこともあったが、楽しくはなかった。

 それからまた数年経ち、知り合いでピアノをやりたいという人がいたので、キーボードでよければとまるごと譲った。
 もう演奏することはないと思ったからだ。

 そうしてコロナ禍になり、急にキーボードのことを思い出した。
 スマホに備え付けのキーボードや楽器演奏もあるのだが、それでは物足りなくなっていた。だって、キーを押しても沈まないんだもの。
 仕事のかえりに家電ショップに向かった。
 キーボードや電子ピアノを売っていると知っていたから。しかし、どの商品にも「入荷待ちです。入荷には数週間かかります」と書いてあった。目の前の商品は、見本であって販売はできないそうだ。10万円以上するような商品には、張り紙はなかったが、私には高すぎる。
 飽きてしまうかもしれないし、そこまで機能もいらなかった。

 次にみたのは楽天市場だ。
 値段と鍵盤数などキーワードを入れると、たくさん商品が並んだ。
「なんだ、ここなら色々選べるじゃないか」
 と思ったが、画像の商品はどのショップも同じものだった。詳細を読んでみると、日本語がおかしい。海外で生産しているもののようだった。レビューを見てみると、音が変だとか、電源が入らないとか不安になるようなものがあった。
 よくよく探して、いくつか検討してみたが、購入にはいたらなかった。もう少しよく考えてみよう……と思った。

 さらに数か月後、近所の中古ショップに立ち寄った。
 服や雑貨を見に行くことがあったのだが、趣味のものも販売していたからだ。ギターやトランペットをみたことがあったので、キーボードもあるかもしれないと思いついた。
 古いけれども、たしかにキーボードや電子ピアノがたくさん並んでいた。なんなら家電ショップでみたものが、安い値段で売られていた。
 もしかして、買ってはみたけれど飽きてしまい、ここで売ったのかもしれない。タイミングが良かった。
 音楽を作ったり、配信に使える多機能のものもあったが、そこまで性能の良さは求めていない。シンプルに引けて、あまり置き場に困らずに、なんならスタンドもあれば有難い。
 ぐるぐると売り場をみてまわり、不審者らしくなった頃。売り場の上のほうで、みつけた。
 サイズ的にも置き場所に困らないし、スタンドもついてくる。値段はたったの二千円。そうしてよく見てみると、見覚えのあるものだった。
 私が買ったキーボードと同一の機種だ。
 鍵盤が赤く光って、どこを押せばいいかわかる。内臓楽曲も、その頃に流行していたものだ。私が譲った人が、ここに売りに来たんじゃないかと思ったくらい。実際には実家から遠く、その人の住んでいる場所からも離れているから違うかもしれない。

 値段もサイズも、ちょうど良かったので、店員さんを呼んで即決で購入をした。
 車に乗せて家に持ち帰り、説明書もないからネットでスタンドの組み立て方をみて設置。とてもスムーズだった。
 音色に関しては、当時と変わらなかった。電子音っぽさもあるが、演奏するぶんには問題ない。キータッチもピアノタッチに限りなく近く、軽すぎない。

 偶然とはいえ、巡り巡って同じキーボードに再会した話。

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