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毎日新聞の書評コラム ボツ原稿を公開します 村上龍とXとYOSHIKIと私

https://mainichi.jp/articles/20230121/ddm/015/070/011000c

はい、情報解禁。毎日新聞の書評ページ「なつかしい1冊」に寄稿しました。『モモ』について書いています。「進研ゼミ」とか、内地に出て初めて牛丼屋に入ったときの違和感とか。

あ、私、「進研ゼミ」のおかげで、本当にあの勧誘漫画そのものの青春をおくったのですよ。青春的な色々と、志望校合格を両立できました。ベネッセ(当時は福武書店)の回し者みたいですけど、実際、合格者の集いに呼ばれて、高校生を前に語りました。そのとき、帰り際に旭川医大の合格者が、藤女子の合格者を口説きだし、ドン引きし、実家のある札幌市南区藤野までどんよりして帰りました。

ちなみに、何冊も候補を出しました。
↓候補を出したときのメールの文面を公開します

1.村上春樹『ノルウェイの森』

→1989年、中3の頃、発表から2年後、相当売れたあとに読んだ。人は誰と生きるのか、青春とは何かについて考えた。特に自由奔放な緑に不思議な魅力を感じ。愛と性をどうきりはなすかについても考えた。


2.村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』または『限りなく透明に近いブルー』

→やはり1989年、中3のときに読んだ。X(のちのX JAPAN)がデビューした年だ。デビュー前からXに夢中だった。YOSHIKIのインタビューで、村上龍の小説にハマっているとの話があり、読んだのがこの2冊だ。前者はディストピア小説、後者は退廃した青春小説で、Xのこと、YOSHIKIのことがより理解できたような気がした。ただ、特に前者はあくまでフィクションだと捉えていたが、社会が壊れていく中で、警鐘を乱打していた何かだと気づいた。


3.江戸川乱歩『パノラマ島奇談(奇譚)』

→幼稚園、小学校低学年の頃に江戸川乱歩の少年探偵団シリーズに夢中になり、全巻読んだ。何度も読んだ。しかし、その大好きな乱歩は実はまだお子様ランチだったことに中2のころに気づく。大槻ケンヂの『オールナイトニッポン』に衝撃を受けた。彼は乱歩作品についてラジオの中で紹介していた。そして出会ったのが、『孤島の鬼』や『パノラマ島奇談(奇譚)』だった。中2の頃に読んだ。エログロの世界、人間の愚かさと虚栄心などを思い知らされた。主人公が最後に花火とともに爆死するシーンで、人間って何だろうと考えた。


4.海老坂武『シングルライフ』

→海老坂先生と私は、不思議な関係だ。1993年、一橋大学の必修の第二外国語で出会った海老坂先生は、はっきり言って面倒臭いオヤジだった。ぶっきらぼうだし、あたりは強い。一方で休講がやたらと多い。途中でわからなくなったので、私は仏語の時間にサボって図書館で基礎からやり直していた。なんとかCで通してもらった。しかし、教壇でのぶっきらぼうな彼よりも、彼の書いた本、そして生きざまはチャーミングだった。教壇の海老坂よりもずっと優しく、シングルという生き方について問うたこの本は、ソロが普通となりつつあり、家族、婚姻の姿が変容する今こそ読まれるべきだろう。知識人、論者の生き方として大きく影響を受けた一人である。


5.加藤昌治『考具』

→発信する会社員、それが加藤さんだ。いち博報堂の社員がベストセラーを出して、びっくりした。仕事のすすめ方、考え方、会社員と物書きの二足のわらじという生き方で大変に刺激を受けた本だ。


6.銀色夏生『GO GO HEAVENの勇気』

→中学、高校の頃に愛読した銀色夏生の詩集、写真集。青春とは何かについて考えた。


7.柳澤健『1976年のアントニオ猪木』

→物書きデビューする2007年に、その前に読んで圧倒された1冊。1976年、猪木の異種格闘技戦というテーマで読み解いていく刺激的な1冊


8.斎藤貴男『あしたのジョーと梶原一騎の奇跡 』

→梶原一騎という天才と狂気に肉薄した傑作。


9.ミヒャエル・エンデ『モモ』

→NHKの過労死に関するドキュメンタリーをたまたまみて、私は労働社会学に興味をもった。10代の頃、働くとはどういうことかという点について考えた1冊。時間泥棒は、働き方改革、テレワーク推進が叫ばれる世の中を予言していたようにも思う。



ただ、一部は絶版になっており。最後まで迷ったのは、村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』です。結局、2つドラフトを書いて、『モモ』の方が掲載されました。

ボツ原稿(ドラフトですからね)を共有します

村上龍(1980)『コインロッカー・ベイビーズ』講談社

 そういえば、私はYOSHIKIになりたかったのだ。昨年、NHKの「プロフェッショナルの流儀」を見てそんなことを思い出した。小学校時代に既にヘヴィメタルに目覚めていた私は、中学校に入り、X(のちのX JAPAN)に出会う。Xは音、ビジュアル、何から何まで衝撃的だった。中でも速い2バス・ドラムも叩けば、ピアノも弾くYOSHIKIに夢中になった。数学の時間「与式」と聞いて彼を思い出すくらいだった。

 彼のインタビューを貪り読んだ。そこで、彼が愛読書としてあげていたのが『コインロッカー・ベイビーズ』だった。高校受験が迫っていたが、合格よりも、周りの誰よりもYOSHIKIマニアになる道を選び、図書館で借りて夢中になって読んだ。X以上にショックを受け、叩きのめされた。

 駅のコインロッカーに捨てられた二人の乳児、キクとハシをめぐる奇妙な物語であり、ディストピア小説である。九州の離島に住む夫婦に引き取られた二人は、そこでガゼルという男性と出会い、人を殺すおまじない「ダチュラ」を教わる。高校生になり東京に旅立つハシ、彼を探すキク。そして、キクは「ダチュラ」は米軍の開発した神経兵器だった。立ち入り禁止区域での二人の再会、ハシの歌手デビュー、自身の母を射殺し少年刑務所に入るキク、謎のモデル女性アネモネの登場、脱獄の末ダチュラを発見するキク、歌手として成功するが精神的におかしくなるハシ・・・。思い起こしつつ、書いていて気持ち悪くなってきた。話があまりに壮大かつ、衝撃的な、しかも多くは救いようのない出来事が連続して起こり続ける。もっとも、ここまでの衝撃的な作品でありつつも、「生きる」ということに対する欲求、人間の強さ、温かさを感じてしまうのは何故だろう。

これを3作目、初の長編で1980年に書いていた村上龍という著者にも激しく関心を抱いた。この小説を情け容赦なく、音楽誌でファンにすすめたYOSHIKIも、Xの世界観を伝えたかったのだろう。一見すると社会は、さすがにこの小説そのものにはなっていないものの、感染症が世界的に広がり、血で血を洗う戦闘が行われ、ICTやSNSが監視社会をつくる世の中は、やはりディストピアにも見える。

ドキュメンタリーで見たYOSHIKIは、真面目で繊細で、当時感じた危険な臭いは皆無だった。村上龍にしても、経済番組で無批判に経営者を褒め称える姿を見て、がっかりしたりもする。いや、私があの本を読んだ頃も、彼らは私が思うよりもずっとマイルドだったのかもしれない。とはいえ、刺激的な世界を紹介してくれてありがとう。10代の頃、ロックにハマっているという理由で家族からは不良少年扱いされていたが、ロックが開く読書体験もある。サブスクで消費される音楽をつくる今のアーティストたちに、コドモの人生が前向きに狂い出すような、そんな本を紹介してみろ、その前に本を読めと言いたい。

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