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「魔女狩りの科学」 第二話


【主要登場人物】
タクミ・キサラギ 研究者。博士(工学)
クロエ・ル・ヴェール ライトブリッジ財団代表。魔女。

【1】京都・キサラギの大学

キサラギ「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、とSF作家アーサー・C・クラークは言いました」
キサラギ「科学技術が十分に発達すれば」
キサラギは聴衆を見回す。
キサラギ「魔法は消え、科学の一部となるのです!」

キサラギはふところからトランプカードを取り出す。
キサラギ「私は子供の頃、マジシャンになりたいと思っていました」
カードを切り始めるキサラギ。
キサラギ「都会のデパートでタネを買っては練習したのですが」
キサラギはリフルシャッフルをして見せるがカードをばらばらと落としていまう。

キサラギ「この通り、不器用でして」
会場から軽い笑いが起こる。
キサラギ「手品の知識だけが身につきました」
キサラギ「だったら手品のトリックを見破るのは簡単……と皆さん思うかもしれません」
キサラギ「ではここでゲストをお呼びします。ユージさん!」

若い男性が壇上に上がって一礼する。男性は額にバンダナを巻いている。
キサラギ「院生のユージさんです。学部の時から奇術部にいます」
キサラギがマイクを渡そうとするが、ユージはキサラギに軽く触れ、それを止める。同時にどこからともなくマイクを取り出す。
会場から軽いどよめきと拍手。

ユージ「では今から、簡単なコインマジックをお見せしましょう」
壇上のスクリーンにもユージがアップで映し出される。
ユージはポケットからコインを取り出すと右手でコインロールをして見せる。移動したコインを右手でつかむユージ。そのまま右手をくるりとまわし手のひらを見せる。コインがなくなっている。
会場から「おおっ!」と声が上がる。

ユージが左手を開くとそこにコインがある。今度は左手でコインロール。くるくると指の間を移動するコイン。そしてユージは空中にコインを放り投げた。全員の視線がそこに集まる。

両手でコインをキャッチするユージ。だが両手を開くとコインはどこにもない。無言でキサラギのスーツの胸ポケットを指すユージ。
キサラギが胸ポケットを探るとそこから先程のコインが出てくる。
キサラギ「お見事!」
拍手をするキサラギ。会場からも拍手が沸き起こる。

キサラギ「ぼくは何度も彼に手品を見せてもらいました。そのたびに『なるほど、注意を逸らすために右手を挙げたな』とか『今パームのテクニックを使っているな』……とか思うのですが、途中で手品を止めてそこにコインあるよね? と指摘しても当たる確率は高くありません。知っていたから見破れる、というわけではないのです。悔しいですねよね?」
会場に同意を求めるキサラギ。何人か強く頷いている。

キサラギ「そこでこんなものを作りました」
その言葉を受け、ユージがバンダナを取ると、そこにはヘッドバンドのようなものが巻かれている。シンプルだがいくつかLEDが点灯して配線が見える。

キサラギ「マルチモーダル・ビヘイビア・スキャナです。簡単に言うと様々なセンサとスキャナを組み合わせて人間の行動をスキャンするデバイス群です。ヘッドバンドとして巻かれているのは量子センサにより小型化されたブレインスキャナです」
キサラギ「お気づきかもしれませんがこの壇上にも3つのカメラが置かれています。様々なセンサも組み合わさっています」
キサラギは周囲を示して見せる。

キサラギが壇上のPCで背後のスクリーンを切り替える。
キサラギ「これは今のユージさんです」
ユージのシルエットがCG化されている。色の濃い部分と薄い部分があるが今現在は全体的に薄い。

キサラギ「では時を戻してみましょう」
キサラギが映像を戻していく。ユージがキサラギを指すシーンからコインをキャッチするシーンまで戻る。受け止めようとする手の色がやや濃くなっているがそれ以上に色の濃い部分がある。

キサラギ「ユージさんは両手でコインを受け止めたはずですが、見てください。ここに赤く光る点がありますね」
キサラギ「これはユージさんの『意識』がどこにあるかを示しています」
キサラギ「受け止めたように見せているけど実際はコインは袖の中に落とした。合ってますか?」
ユージ「合ってます」
ユージは袖の中からコインを取り出して見せる。

さらにシーンを巻き戻す。
キサラギ「右手のコインが消えた場面」
手をくるりと回す前にすでに右手の袖が光っている。
キサラギ「そして……」
キサラギはさらにシーンを巻き戻す。

ユージが壇上に上がり、キサラギが差し出したマイクを押し止める場面が映る。キサラギの赤く光る点がキサラギの胸ポケットに移動していく。
キサラギ「なるほど、このときコインはすでに僕のポケットに? 謎が解けました」

会場から拍手が沸き起こる。
キサラギ「世界中の手品師のみなさん、安心してください。ブレインスキャナを被らなければ僕には何もわかりませんから」
会場、笑う。
会場の一角にクロエがいて拍手をしている。

【2】大学の廊下

デモに使った機材の入った段ボールにを抱え廊下を歩くユージとキサラギ。
ユージ「大盛況でした!」
キサラギ「ユージさんの手品のおかげです」
ユージ「お役に立てて光栄です。今年も配属希望学生がたくさん来ますね」
キサラギ「残念ながら、僕は来年サバティカルなので受け持てないんですよね」
※サバティカルとは勤続数年ごとに研究のため与えられる休暇ですユージ

「あ、そうですね。行き先決まってるんでしたっけ?」
キサラギ「いや、まだなんですよね。とにかく忙しくって」
キサラギ「今の予算じゃ秘書も助教も雇えないし」
ぼやくキサラギ。
二人は研究室に到着する。
「自在化工学研究室 准教授・如月 拓美」
と書かれている。

【3】研究室

一度荷物を下ろして鍵を開けるキサラギ。
荷物を運び込む二人。
キサラギ「ありがとう。またお願いします。薄謝ですけど」
ユージ「喜んで! じゃあ俺はこれで」
帰っていくユージ。

研究室はそれなりに広いスペースがあり、ホワイトボードや大きめのスクリクリーンが置かれている。隅の方には机が並び、それぞれディスプレイが置いてある(各自ノートPCをつなぐ方式)
少し離れてキサラギの机。様々な機材が置いてあり雑然としている。

キサラギ、機材を片付けて伸びをする。
自分の机の上を見る。ディスプレイの周囲に貼られた「査読締切」「論文提出期限」「教授会」などの付箋。机の上には印刷した書類が積み上げられている。

キサラギ、ため息をつく。
声「お疲れのところ失礼」
突然、声をかけられ驚くキサラギ。
声のした方向を見るが暗くて見えない。
慌てて部屋の電気をつけると部屋の隅の簡素な応接セットのソファにクロエが座っている。

クロエはゆっくり立ち上がり、おじぎをする。
キサラギもつられて会釈をする。
クロエの超然とした様子にやや気圧されるキサラギ。
手元の鍵を確認する。確かに開けた記憶がある。

キサラギ「聴講者の方ですか?」
クロエ「そうです。面白い、そして楽しいご講演でした」
キサラギ「ありがとうございます」
戸惑いつつ礼を言うキサラギ。
キサラギ「あの、ご用は?」
クロエ「手品をお見せしようと思って」

キサラギはクロエを観察する
キサラギ「マジシャンの方ですか? あ、それとも研究?」
不安を打ち消すように明るく返すキサラギ。
キサラギ「興味深いのですが、査読の締切があって……」

クロエ「お時間は……」
キサラギが瞬きする一瞬で距離を詰めてくるクロエ。
クロエ「とらせません」
キサラギが驚いて動けなくなっている間にクロエはゆっくりとその背後にまわり、キサラギのPCのキーボードを片手で叩く。

クロエ「申し遅れました。私はクロエ・ル・ヴェール。ロンドンのライトブリッジ財団で代表を勤めております」
画面にライトブリッジ財団のサイトが写っている。走り回る子どもたちの写真。メンバーの項目のトップにクロエの写真が貼られている。

キサラギ「ああ……ああ、知ってます! 児童基金などの活動をされている」
キサラギは眼だけ動かして後ろを見ようとする。
キサラギ「日本でも何か……でもなんでうちに? ICT教育のご相談でしたら……」
クロエ「ドクター・タクミ・キサラギ。あなたはマジシャンになりたかったとおっしゃいましたね」
キサラギ「え、はい。ええ……」
クロエ「でもそんなには練習しなかった。大した打ち込みもせずにやめてしまった」
クロエ「あなたほどの人が打ち込んでいたらもっとうまく繰れていたはず……」

冷や汗を流すキサラギ。
キサラギ「……はい、そうですね。恥ずかしながら……」
クロエ「マジシャンには本気じゃなかった。その前は?」
キサラギ「前……?」
クロエ「なぜマジシャンに興味を持ったの? マジシャンになろうと思う前、あなたは何になりたかった……?」

この会話が始まってからキサラギの周囲が徐々に闇に包まれていく。
※第一話のリンデやディーターのフラッシュバックと同じ演出

【4】キサラギの回想

※この作品の「現代」は2030年。キサラギは2000年ごろの生まれ。
いくつかのイメージがキサラギの頭の中をかけめぐる。
幼少期に読んでもらった本。
三角帽子をかぶったりほうきにまたがって遊んだり、やもりの尻尾を掴んでぶらさげ、観察した思い出。
小学生の頃、蔵の中で見つけた本に描かれた魔法陣。
一話冒頭、魔法陣に魅了されるキサラギのシーン。

キサラギの周囲の闇が晴れる。
キサラギは振り返り、クロエを冷や汗を流しながら告げる。
キサラギ「そう、僕は……僕は魔法使いになりたかった……!」

第二話 完

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