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「魔女狩りの科学」第三話


【主な登場人物】
タクミ・キサラギ 研究者。博士(工学)
クロエ・ル・ヴェール ライトブリッジ財団代表。魔女。

【1】キサラギの研究室 問いかけ

クロエ「あなたは何になりたかった?」
問うクロエにキサラギは告げる。
キサラギ「そう、僕は……僕は魔法使いになりたかった!」

【2】キサラギの回想

山奥の田舎町。大きな日本家屋。祖母と思しき人物に絵本を読んでもらう幼少のキサラギ。

少し大きくなって自分で本を読むようになったキサラギ。
「まほう使いの剣」「りゅうとひみつのまほう」「まほうしょうねんだん」「おばあさんはまじょ」など魔法に関連したタイトルが散見される。

地面に魔法陣を書いたりほうきにまたがったり、やもりの尻尾を掴んで観察したりしているキサラギ。

小学生、家の蔵にこっそり入って中の荷物を漁るキサラギ。日本の鎧や刀、西洋の甲冑や盾など雑多に様々な物が置いてある。その中の一角、和書と洋書が多く並ぶコーナーで革張りの洋書を見つけて眺めるキサラギ。

地面に置かれた本には魔法陣が書かれている。魔法陣がキサラギの眼に映り込む。魅了されるキサラギ。
※第一話の冒頭シーン

小学校高学年。ここから眼鏡をかけている。
魔法陣の文字を読もうと英語を勉強するキサラギ。
英語ではないと気づき、今度はラテン語を勉強するキサラギ。
小学校の廊下で後ろから蹴り飛ばされるキサラギ。

中学生。ホワイトボードにほうきに乗った人間を図示している。矢印を書き込みどのような力がかかっているのか想像しているが、下方向のGravityに対し前進と上昇の合力である斜め上方向の力には??と書かれている。その上から大きなバツ印が書かれている。

教室で英語で書かれた化学の本を読むキサラギ。様々な分子構造が描かれている。同級生は遠巻きに見ている。
自室のベッドで大の字になるキサラギ。傍らには魔法陣の書かれた本が放置されている。

高校生。魔法陣の本が元の蔵に戻されている。蔵もきれいに整理されている。物理部で作ったロボットを動かしているキサラギ。
PCに向かいプログラミングをするキサラギ。
「U-22プログラミングコンテスト」と書かれた壇上で大きなトロフィーをもらうキサラギ。

大学生。大きな教室で真面目に授業を受けるキサラギ。
ホワイトボードを前に同級生や教員と議論をするキサラギ。

大学院生。
海外の学会で英語で発表をするキサラギ「Computer Vision」「Multi Dimension Visualization」などの文字。
角帽とガウンを身に着けたキサラギ。背後には「〜年度博士学位授与式」の文字。

教員時代。
大きな講義室で学生に講義をするキサラギ。
キサラギ「この世に魔法などありません。魔法だと思ったらそれは自分が未熟なのか、科学が未熟なのかどちらかです!」

【2】キサラギの独白

キサラギの内面世界。
独白「学べば学ぶほど」
独白「『魔法』は遠ざかっていった」
独白「『魔法』などないのだと思い知らされた」
独白「でも……」
独白「でももしかしてこの人は……」

【3】キサラギの研究室 出会い

シーンが現実に戻る。
クロエは研究室の広いスペースに歩いていき、そこにあるサッカーボールを拾い上げる。無言でそれを見つめるキサラギ。

クロエは右手でボールを掲げると勢いをつけて人差し指の上で回し始める。
ボールは徐々に勢いを増し、やがてクロエの指の上から浮き上がる。
クロエ「ドクター・キサラギ。魔法は本当にあるのです」
歓喜とも驚きとも言えない複雑な表情でそれを見るキサラギ。

回転しているボールから空気が抜けていく。やがてボールは回転しながらぺしゃんこになり、回転しながら床に落下して止まる。

【4】キサラギの研究室 実験

ソファに深く腰をかけているキサラギ。
コップで水を飲んでいる。

クロエ「落ち着きました?」
キサラギ「ちょっと情報量が多くて……。すみません」
コップを置くキサラギ。

キサラギ「改めてお尋ねしたいのですが……ご用件は?」
クロエ「それを体験してみたくて」
キサラギ「それ?」
クロエ「マルチモーダル・ビヘイビア・スキャナ……で合ってます?」
意外そうな顔をするキサラギ。しかしすぐ笑顔になる。研究に興味を持ってもらえて嬉しい。
キサラギ「用意しましょう、少しお待ちください」

キサラギは研究室のスペースを片付け、カメラを三箇所セットする。
ソファに戻るとクロエはスマートフォンで誰かにメッセージを送っている。
キサラギ「魔法使いもスマフォを?」
クロエ「ないと仕事にならないですから」
クロエはすっと立ち上がる。

キサラギはブレインスキャナを頭にかぶり、スマートフォンをセットして壁の大きなモニタをオンにする。そこにはCG化されたシルエットのキサラギが映っている。

キサラギ「このシステムは人間の脳活動と身体の表層を流れる微弱電流、外部から観測できる様々なパラメータ……血流、脈拍などから総合的に人間がいま『なにをしようとしているのか』を見ています」
キサラギ「今はリアルタイムですが人間が行動しようと意図してから実際に動くまでにはタイムラグがあるので」

キサラギはスマートフォンを操作する。
キサラギ「現在の身体との同期をオフにするとこの通り」
キサラギのCGがキサラギに先行をして動き、床に置かれたバットを拾い上げ、軽くスイングする。やや遅れてキサラギがバットを振る。
クロエ「未来が見える。まるで『魔法』ね」
キサラギ「正確に言うと実際に意図を読んでいるのではなく、様々な人間の様々な行動をこのシステムで記録し、膨大なデータを元に機械学習をすることで現在の身体パラメーターから意図を推測しています」

クロエ「人間の身体だけでなくさっきのコインやバットもCGで再現されるのはなぜかしら?」
キサラギ「人間が道具を使う時、それを身体の延長として意識している。学習の結果、道具も読み取れるようになりました」
クロエは頷く。

キサラギ「ではマダム・ル・ヴェール。あなたの番です」
キサラギはヘッドバンドと外し、クロエに渡す。
クロエ「クロエと呼んでちょうだい」
クロエは長い髪を背後でまとめ、ヘッドバンドを被る。

クロエはキサラギと同じ様にバットを拾い上げ、軽く振る。
キサラギ「問題なく動作しているようです」
画面をチェックしてキサラギがOKを出す。

キサラギ「ではそろそろお願いします……その」
クロエ「何かしら?」
キサラギ「ええと、魔法……を」
クロエ「からかって悪かったわ。ではご覧に入れましょう」
クロエはバットを床に置いて一歩下がる。

クロエがバットに向かって手をかざし、手を上に上がるとバットは音もなく宙に浮いた。CGで描かれたバットとクロエのCGの手の先が赤く光っている。
キサラギ「おお……!」

クロエが軽く左右に手を振るとバットも左右にゆらゆらと揺れる。
キサラギはバットの周辺やクロエの手とバットに間に手をかざしてみる。
キサラギ「何の感触もない……でも……あれ?」
キサラギが首をかしげる。

クロエ「どうか?」
クロエの問いにキサラギが少し考え込む。
キサラギ「もう一回やってみていただけます?」
クロエ「了解」
クロエが手を動かすとバットが踊るように宙を舞う。
キサラギ「止めたり動かしたりして」
クロエが頷く。手をひらひらと動かすとそれに応じてバットが止まったり動いたりする。

キサラギ「もしかして手を動かさなくてもバットは浮かせられます?」
クロエ「できるわ」
クロエは手を下ろすがバットは動いている。
キサラギ「すごい!」
喜ぶキサラギ。
クロエ「なぜわかったの?」

キサラギ「手よりも先にバットが動いているからです」
キサラギ「人間は意図してから動くまで時間がかかるから結果としてCGが先に動くと言いましたが、現実のバットはCGとほぼ同時に動いています」キサラギ「つまり手を動かしているからバットが動いているわけではない」

クロエ「おっしゃる通り。私は身体動作を伴わずに離れた物を動かすことができる。でも人によるわね」
キサラギ「……!? 魔法使いは他にもいるということですか?」
クロエ「います。ただ私ほどの魔法使いはいない。おそらく」
クロエがすっと手を振るとバットは音もなく地面に降りる。

クロエ「長年いろんな解析を試みたけど」
クロエは手を叩いた。
クロエ「おそらく人類史上初めて魔法の可視化に成功した」クロエ「ドクター・キサラギ、あなたは素晴らしいわ」

キサラギ「このシステムは身体パラメーターから何をするか予測している。これで可視化できるということは少なくともあなたの魔法は身体動作と同等もしくはその延長にあるということです」
キサラギ「結論を出すにはデータが少ないですが」

キサラギ「もっと取らせてもらうことは?」
クロエ「やぶさかではありませんが、条件があります」
キサラギ「なんでしょう?」
クロエ「まず機密保持契約(NDA)にサインをして」

【5】キサラギの研究室 契約

キサラギは自分のPCで作業をしている。
キサラギ「クロエさん、送りました」
クロエ「これで契約締結ね」
キサラギ「魔法使いが電子契約とは」
クロエ「今どき紙の契約なんないでしょう?」
と、言いつつクロエは先日のコンタリーニ基金との契約を思い浮かべている。キサラギ「ほかは知りませんがうちの大学は紙の書類だらけです」

クロエ「すっかりはしゃいでしまったけど、本題に入らなきゃ」
クロエはスマートフォンの画面を見せる。緑の多い場所に英国風の洋館と近代的な建物が並び立っている。
キサラギ「これは?」
クロエ「あなたは来年サバティカルに出ると聞いている。財団の研究所はあなたを歓迎します」
クロエ「最新の設備、潤沢な資金、雑用からの開放」
クロエはにっこり笑う。
クロエ「そして魔法使いたち」

第三話 完


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