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産後出血のShock Indexは有用か?

産後出血を予測することの意義

産後出血の対応にはたくさんの人と物が必要

出産後に出血が止まらずにショック状態となったとき救急医が産婦人科医の診療の応援をすることがあります。救急医は大量の輸血を含む全身の管理や止血のサポートを行います。

件数は多くないですが、こうした産後の危機的な出血が起きた場合には産婦人科医のみならず複数の部署、診療科をまたぐ対応が必要になります。救急科や麻酔科など全身管理を行う人、大量の輸血の準備、止血処置(塞栓術や手術)を行う人間も場所(カテーテル室や手術室)も必要です。こうした対応を行うには救命救急センターや大学病院など整備された施設が必要です。

産後出血に対応するための基準は?

しかしながら、日本のすべてのお産をこうした大病院で行うことはできませんし、すべてのお産に輸血が準備され救急医や麻酔科医が同伴することも現実的ではありません。もし産後の危機的な出血が発生するとわかっていれば、もちろん大病院で万全の体制でお産に臨むことだと思いますが、予期せずして大出血となってしまう患者さんもいるようです。

ですので、産後に大出血が起きたときに輸血や止血、麻酔科医や救急医の応援が遅れないようにすることが重要です。「産科危機的出血の対応指針」の中では、Shock Index(脈拍/収縮期血圧)を高次搬送や輸血、止血のための対応開始の基準として提案しています。

Shock IndexのPro/Con?

Shock Indexは産科危機的出血の対応指針で出血に対する対応開始のトリガーとして強調して提案され広く普及していますが、Shock Indexを用いることには賛成と反対意見があります。

Shock Indexのよいところとして、血圧と脈拍がわかればどこでも使える、特別な検査は不要で、直感的に理解しやすい、単一の項目で、緊急病態の経験が少ないさまざまな職種でも共有しやすい、などの長所があります。

一方で、Shock Indexは実は救急、特に重傷外傷ではあまり強調されていません。出血性ショックに対する感度が低く、単一の項目としてショックの認知に用いるには見落としが発生する可能性があると多くの人は考えているようです。

こうした賛成/反対意見を考察するべく、Shock Indexの産科危機的出血の予測性能に関するシステマティックレビュー論文を今回出版しましたので紹介します。

Shock Index の産科危機的出血の予測性能

下記の論文について紹介します。
Predictive accuracy of the shock index for severe postpartum hemorrhage in high-income countries: A systematic review and meta-analysis. Makino, Y., Miyake, K., Okada, A., Ikeda, Y. and Okada, Y. 
J Obstet Gynaecol Res. 2022 Jun 4. 
DOI: 10.1111/jog.15292. 
PMID: 35661488.

背景と目的
Shock Indexは、産後出血を予測するためのスクリーニングツールとして提案されているが、その予測精度に関するエビデンスは不十分である。このシステマティックレビューの目的は、重症の産後出血に対するShock Indexの予測性能を検証することである。

方法
MEDLINE、Cochrane Central Register of Controlled Trials、Web of Sciencewを用いて高所得国における 産後出血に対するShock Indexの予測性能を評価する研究を対象として系統的な文献検索を行った。2人以上の評価者が独立してデータを抽出し、修正したQuality Assessment of Diagnostic Accuracy Studies 2(QUADAS2)ツールを用いて、バイアスのリスクと適用可能性の懸念を評価した。主解析では輸血などの高次医療を必要とする産後出血を予測対象とした。データ統合のために、Hierarchical summary receiver-operating characteristic curveを記述した。

結果
文献検索の結果、9件の研究が含まれた。すべての研究は、バイアスのリスクが高いか、適用性の懸念が高いと判断された。輸血を必要とする産後出血を予測対象と定義した4件の研究においてShock Indexの感度は51~80%で、特異度は33%~92%であった。

結論
このシステマティックレビューでは、重症の産後出血に対するShock Indexの予測性能は一貫していないことが示された。したがって重症の産後出血のスクリーニングツールとしてShock Indexのみを使用することのエビデンスは不十分である。

まとめ(考察と感想)

このシステマティックレビューの結果からは産後の重症な出血を予測するにあたって、Shock Indexはスクリーニングツールとして感度が不十分であり見落とす可能性があると思われました。Shock Indexは普段重症を見ることのない産婦人科医や助産師などにショック兆候を評価することの重要性を強調することの意義と役割はあるものの、産科危機的出血の対応指針で単一の項目として強調されるほどのエビデンスは不十分ではないかと個人的には思いました。

Shock Indexのみならず、皮膚の湿潤冷感、凝固機能、乳酸値、出血の持続性など複数項目による評価を行うことで感度を高めることができます。こうした複数項目を用いた予測モデルが今後必要と考えています。

すでに研究室の後輩が産科危機的出血に関する予測モデルの研究を開始しているようですので、その結果を期待したいと思います。


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