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2022年へのイスラエル戦略レビュー(1) イスラエル国家安全保障研究所INSS

概略

 2022年直前の、イスラエル国家の戦略的状況は、防衛力、経済力、および技術力と、イスラエルが直面している政治、治安、および国内の深刻な課題とのミスマッチによって特徴づけられている。これらは、イスラエルにとって建国以来最も複雑で憂慮すべき戦力的脅威があることを示し、さらにイスラエルに、包括的で一貫的かつ先見的な戦略的視点が欠如していることを浮き彫りにしている。

焦点課題

 イラン:核しきい値に達する努力を続けると同時に、複数の地域からの周辺、大規模そして正確な攻撃でイスラエルを脅かす能力を絶え間なく強化している。
 パレスチナ:テロの悪化、パレスチナ自治政府の崩壊、統治能力の欠如など現実的なリスクが突きつけられている。同時に単一二民族国家状況への移行、ユダヤ民主主義国家としてのイスラエルのアイデンティティと国際社会におけなイスラエルの政治的法的地位へ脅威といった課題をかかえている。
 イスラエル国内:社会間の分裂、政治的二極化、国家機関への信頼の失墜、国家統一感の喪失が、国内の社会的回復力と国家安全保障への現実的脅威となっている。

 以上の課題は、過去10年間で使い古されたパラダイムを放棄し、代わりに困難な決断を下す意志と指導力をもって、最新で力強い戦略を築き上げる必要があることを示している。そのために、イスラエルはハードな安全保障に依存するだけでなく、特に今日の世界秩序の変化(気候変動、中国の台頭、パンデミング面したイスラエルの優位性に挑戦する「学習競争」を加速させる技術革命を考慮し、技術や科学など多岐にわたった分野で実証された資産を活用しつつソフトパワーを育成し活用する必要がある。
 これらの課題を詳しく論じたこの文書は、公共の議論を奨励しこれらの課題とその研究的アプローチを提供する。これによって、意思決定者が適切な戦略的視点を策定することが目的である。

詳察

振り返ってみれば、イスラエルは、ハマスとの対立を除いて、長い期間比較的平穏な状態を享受してきた。この期間、安全保障、技術、経済の面において発展と強化が可能になり、イスラエルの抑止力を構築する基礎を形成した。
 紛争の連鎖に連なっている中東諸国は、国内の不安定な状況と揺れ動く経済状況に直面しているが、一方で複数のアラブ諸国はイスラエルの存在を受け入れ、国交正常化と協力関係の確率のいつ止める傾向を共有している。「壁の守護者作戦」にも関わらずアブラハム合意が堅持されたことは、この傾向を明確に表しており、イスラエルに地域への影響力を高めるための顕著な戦略的余地を与えている。加えて、長期にわたる政情不安定後のイスラエルの新政権樹立(第36期内閣)し予算が承認され、バイデン政権による新政府への関心により、特異な組閣にも関わらず、直面している戦略的課題に効果的に対処する道が開かれている。
 一方で、イスラエルは複雑な課題に満ちた戦略的現実に直面している。特に深刻だと思われる以下の3つの課題に対して現在のイスラエルが採用してる戦略には欠陥があると思われ、特定の状況では国家の重要な利益に適当でない可能性がある。
 イラン:軍事的確能力と地域転覆の目論見、特にイスラエルに対する境界地域での攻撃の脅威、とりわけレバノンにおけるヒズボラの精密ミサイル製造プロジェクト推進は、深刻な外部脅威を突きつけている。これらの背景には、イスラエルが単独でこれらの問題に対処することがいかに困難であり、核合意締結するかに関わらず、米国との調整と特別な関係を深める必要性がある。
 パレスチナ:ユダヤ民主主義国家としてのイスラエルのアイデンティティと国際舞台におけるイスラエルの地位に深刻な脅威をもたらしてる。ユダ・サマリア地方(西岸地区)では治安状況が沸き立っているが、イスラエル国防軍とイスラエル公安による集中的活動とパレスチナ自治政府の治安システムとの調整のおかげで、現在は制御されている。しかしパレスチナ自治政府は弱体化しており崩壊する可能性があり、若い世代の失望感が高まりが単一国家構想を推し進めている。また国際社会においてイスラエルに対す法的措置やアパルトヘイトなどのレッテル貼りの危険性が高まっている。ガザでは、人道状況の安定、事態の悪化防止、捕虜や行方不明者の帰還促進と同時に、ハマス政権と軍事強化を防ぐ喫緊の必要性にいかに対処するかなどの長年続いてきたジレンマが依然として止まない。
 国内:二極化、分断、緊張、過激化(イデオロギー的、言語的、物理的)、政府機関への信頼の低下など深刻な脅威が表面化している。その背景には、多面的な戦争や多数の犠牲者が出るその他の事件への顕著な準備不足がある。この国内の課題は、とりわけ先に挙げた一連の問題と他の国家安全保障上の問題との相互関係について統合的に考えるメカニズムが国家レベルで欠如しており、特に取り組まなくてはならない分野である。

対策

 以上を背景として、イスラエルは以下の変化する複雑な世界と地域の現実に対処する必要がある。米国と中国の大国間対立の激化、気候変動による極端な気象現象の増加、頻発する経済危機、コロナ流行後の社会規範の変化、そして自由民主主義の堅固さに対する懸念の高まり。加えて、米国内の二極化と中国への関心のシフトには、中東への関心を蝕み、イランでやパレスチナ問題でにおいても、イスラエルの利益と懸念に耳を傾ける意欲が減退している。同様に、多くの国が、特にパレスチナ問題に関して、イスラエルの立場や政策に対する忍耐を失いつつあることも明らかである。


 これら全ての課題への対策として、以下の重要な要素を含む戦略の策定が必要である。これらの要素は補完的な対策で強化する必要がある。
 イラン:米国との関係を、裁量権を保ち相互信頼を確立しながら、特別な関係を強化し相互一致を確立していく。これはイスラエルにとって受け入れられる核合意に焦点を当てた政治プロセスに関する議論を最大限に高め、両国間の協力関係において可能な限り、対イラン政策において信頼できる軍事選択肢を構築するためである。この選択肢は、「オール・オア・ナッシング」ではなく、モージュル式の多面的な観点から導き出されるべきであり、各プロジェクトだけではなく、国家インプラや政府機関など、イランの他の弱点も含まれるようにすべきである。「戦争間戦役」の観点はレバノンでの精密ミサイルプロジェクトを抑止するのと同様に、この目的にも利用されるべきである。同時に、あらゆる面でイランの出足を制限する努力を助けるために、認知的、政治的、経済的ツールを開発し活用しなければならない。
 パレスチナ:パレスチナ自治政府を強化しユダ・サマリアの住民の生活条件を改善するため、重要な経済政措置を組み合わせた政策を促進すると同時に、単一国家の現実への移行を止め、将来的な分離の展望を作り出す。ガザ回廊では、当面は可能性が低くても、エジプト、国際社会、地域関係者らを巻き込みながら、「安全保障のための経済」の精神に沿った策定の試みを継続していかなければならない。これは努力が成功せず、イスラエルが再びこの地域で軍事行動をとる必要がある場合に、国際社会での神前の基盤を確立するためであり、事前に決定される明確な目的を効果的に表現するためである。
 国内:犯罪、若者内の無策、アラブ社会の経済・雇用の障害など、長期間放置され社会間の亀裂を煽り、社会的回復力を損なう問題、例えば、ネゲブ地方に散らばっているベドウィン部族との議論における一連の問題、負担の不平等を軽減するための人口の様々な社会向けの国家および軍事サービスの多様なチャンネル開発など、に関して徹底的に対策する。同様に、国家の理念とイスラエル社会の共通の価値観に、特に若い世代に対応する新しいコンテンツを導入する試みが必要である。同時に、多方面で行われる戦争と深刻な自然災害など、多数の犠牲者が想定される出来事への備えを改善する必要がある。

 広範囲かつ長期的な観点から、イスラエルは以下の課題に焦点を当てた戦略を策定する必要がある。
★ 変化する戦略的および運用環境に適応した、最新の積極的かつ包括的な戦略を策定する。イラン、パレスチナ、国内問題に起因する課題に対して同時並行で準備する。
★ イスラエルの非支配地域における、法、秩序、統治を回復するための統合的な政府計画と実施のメカニズムを確立する。アラブ社会における犯罪対策、イスラエルのグループやコミュニティ間の緊張、敵意、不平等の軽減。
★ ヨルダンやエジプト、この地域の他の穏健で現実主義的な諸国との関係を確立し深めるとともに、アブラハム合意のプラットフォームを活用し、諜報、防空、農業、水、保健などの様々な分野に基づく中東戦略同盟(MESA ー Middle East Strategic)の精神で強い協力関係を築く必要がある。同様にトルコとの緊張関係を緩和しながら、地中海諸国との経済関係も深めなければならない。
★ 軍事レベルでは、複数年計画「トゥヌファ(推進力)」の精神に沿ったイスラエル国防軍の継続的な発展、特に情報化、自律とサイバーシステムの時代エの適応が奨励されるべきである。北部方面とガザ地域における戦争の目標を含む、「戦闘日」などの限定的な戦闘シナリオの最新の戦略目標を策定し、一方では複数の国境地域紛争、もう一方ではパレスチナ自治政府の崩壊に備え政治および安全保障レベルでの議論を促進する必要がある。

 この文書は、国家安全保障研究所の研究者全員の研究、思考、執筆努力の成果であり、国家安全保障に関する課題を検討し、実質的な代替案を審議するための綱領をイスラエルの公的議題に載せ、政策決定者が、国家が直面している困難なジレンマに対処することを助けることを目的としている。

 この使命に携わる全ての協力者に深く感謝し、共同の努力が実を結ぶことを願っている。

主な提言

.変化する戦略・運用環境に適応した、最新かつ積極的で包括的な戦略を  策定する。イラン、パレスチナ問題、イスラエル国内問題に起因する課題に対する同時並行的に準備する。
.イスラエルの非支配地域における法、秩序、統治を回復するための統合的政府計画と対策メカニズムを確立する。アラブ社会の犯罪への対処、イスラエルのグループやコミュニティ間の緊張、敵意、不平等を軽減する。
.イランの課題:イランと大国との間の核合意締結と合意の非締結の両方の状況に対して備える。米国との連携においてイランを核兵器から遠ざける軍事的選択肢を構築することが求められる。
.イスラエル国境沿いのイランの基礎固めと軍事拠点の建設に対する「戦争間戦役」の継続と、その枠組内での活動を最新状態にしておく。同時に、レバノンの精密ミサイルプロジェクトの抑止と影響力工作の阻止に重点を置き、地域におけるイラン関連全ての課題に対処する。
.パレスチナに関しては、自治政府を強化し、人々の生活の質を向上させるための政治および経済インフラのプロセスを促進する。単一国家の現実化への移行を加速する措置の回避、および分離の条件と展望の策定、将来への他のオプションを促進する。
.ガザ回廊では、エジプト、国際関係者、地域関係者、パレスチナ自治政府の協力を得ながら、「安全保障のための経済」の精神での継続的な対策を策定する。沈静化は、捕虜に関する取り決めの促進及びガザ地区の閉鎖の広範な減少と緩和にかかっている。
.特別な関係を有する米国との連携を強化し、超党派レベルでの信頼を確立する。技術、科学、起業、文化の分野で、責任あるプレーヤーとして、米国にとっての利益となるイスラエルの資産を強調する。
.「アブラハム合意」やヨルダン、エジプトとの関係を拡大し、諜報、防空、エネルギー、農業、水、保健などさまざまな分野に基づく地域協力に務める。イスラエルは、トルコとの緊張を緩和し、東地中海諸国との経済関係を深める必要がある。
9.技術革命と人工頭脳の広がりは「学習競争」を加速させており、イスラエルに、国家安全保障と世界における地位の資産である相対的優位性を維持し高めるために、科学、技術、技術研究の開発に投資することを余儀なくさせている。
10.情報化、自律システム、サイバーの時代において運用上および技術上の優位性を維持するため、「トゥヌファ」計画の精神に沿った戦力構築を継続する。作戦計画を適応させ、限定的な紛争と多面的な戦いへの民間の備えを改善する。


マヌエル・トラフテンベルグ、ドロール・シャローム著


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