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2023年3月29日

この冬は甘いものが無性に食べたくなった。暖房代をケチり室内が寒かったため、体が燃料を例年より多く要求したのだろう。パン屋に行ったときは食事用とは別に必ず菓子パンを1つ買うようになった。その習慣は春になった今も続いている。

甘いものを食べることはもともと少なかったため、名前を知らない菓子パンが多い。気を引いたパンを必ず名前を聞いてから購入するようにしている。
2月に初めて買ったパンもそうである。「これなんて言うの」と聞くと、若女将は「ヴァールタッシェ」と言った。正確に言えば、私の耳にはそう聞こえた。小麦色に焼きあがった四角形の上に粉砂糖がかかり、中にクリームが入っている。品の良い控えめな甘さと、ややとろけるような食感が気に入った。

それとともに「ヴァールタッシェとはいったいどいう意味だろう?」と思った。「タッシェ」はポケットや袋、カバンを意味する語である。中にクリームが包み込まれていることからタッシェが使われているというのはすぐに分かった。では「ヴァール」は何なのだろうか。選ぶや選択、選挙を意味する「Wahl」なのか、はたまたクジラを意味する「Wal」なのか。「Wahltasche」と「Waltasche」と入力して画像検索してみたが、ヒットするのは布袋などであり、私が買ったタイプのパンは出てこない。「ヴァールというのは私の聞き違いで、もしかしらたボールを意味する『Ball(バル)』、はたまた舞踏会を意味する『Ball(バル)』だったのだろうか?」。様々な考えが頭の中でクルクルと回った。

次にパン屋に行くと、大女将が店を切り盛りしていた。私は商品を指さしながら「ヴァールタッシェのヴァールは『選ぶ』のWahlなの、それとも『クジラ』のWalなの」と尋ねた。すると女将は一瞬、困った表情をした後に、「単純に『ヴァーク』と言えばいいのよ」と答えた。「ヴァール」ではなく「ヴァーク」であることが分かり、一歩前進した。が、「では『ヴァーク』はいったい何なの…?」という次の疑問が湧いてきたが、そこから先には前進できなかった。

それからしばらくして再びヴァークを買った。「ヴァークを1つちょうだい」と言うと、大女将はニヤッとした。その帰り道、「ヴァークはもしかしたら『クヴァーク』ではないだろうか」と思い、帰宅後に検索。「Quarktasche」を入力すると、パンの画像がたくさん出てきた。確かにクリームのほのかな酸味はクヴァークと言えなくもない。
クヴァークはチーズの原料である。日本語訳は凝乳。ドイツではスーパーの乳製品売り場に必ずある定番商品である。日本では英語風に「クワルク」と表記されることが多いようだ。

先日パン屋で若女将に「ヴァークを1つちょうだい」と言ったら、「あ~、クヴァークタッシェね」と言ってケースから取り出し紙袋に入れた。これでクヴァークが正解だったことが最終的に確認できたが、「最初からそう言ってくれれば言葉の迷宮に入らずに済んだのにな~」と心の中で苦笑いした。
「クヴァーク」の「クヴ(Qu)」は少なくとも外国人にとっては発音しにくい音である。だが、ドイツ人も時に省いてしまうことがあるようだ。そんな認識を持つに至ったことは迷い道の成果と言えるかもしれない。

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