マガジンのカバー画像

#書く

56
衣食住書。
運営しているクリエイター

2021年7月の記事一覧

「頑張れ」より「がんばれ」の方が良い

昔、「“頑張れ”って書かれるより、“がんばれ”って書かれた方が、気持ちが楽になって良い」と言われたことがある。 確かに、「頑張れ」は両肩をがっちり掴まれて熱い視線とエールを送られている画を想像させるのに対して、「がんばれ」は何となく柔らかく、軽い感じがする。 それに、「頑張れ」は色々なものを背負っていそうだけど、「がんばれ」は本当にただその言葉の通りのような、そんなイメージがある。 言葉にした時の音も意味も全く同じだけれど、文字にすると、受け取り方やイメージが変わってく

書き始めると、意外と書ける

「やる気が出てからやるのではなく、やるからやる気が出る」 なんて嫌というほど聞かされたし、自分も「やる気が出ない」と嘆く人にそう伝えたことがある。 「ネタ切れ」について最近書いたけれど、ネタはあってもどうにも書く気になれない、しばしばそんな時がある。 ぼくにとって「書くこと」は仕事でもなければ、趣味と呼べるほどでもない。そこには、義務感も強い意思も存在しないから、どうにも書く気になれない時は多い。 そういう時はたいてい、何となく書きたいテーマはあるけれど考えがまとまっ

「毎日投稿」と「毎日書く」は違う

毎日投稿を習慣にしたいなら、書き溜めた記事を予約公開しておくか、毎日公開する作業をすれば良い。 だから、毎日書かなくても毎日投稿はできる。 何か習慣にしたくて始めたnoteも、いつしか毎日公開することが目的になりかけていて、それに、良くも悪くも書くことに慣れたからか、翌日公開する分の記事を作る余裕まで出てきた。 目的がどうとか、そういうものに縛られたり過度に意識するのは好きじゃないけれど、毎日公開は別に必要のないものだったはず。 「21日間」が習慣化のために必要な日数

言葉の使い方は、生き方そのものだった

昨日、言葉の綾に関する記事を書きながら、言葉の使い方一つで心の持ちようや価値観、ひいては生き方をも変わってしまう、と感じた。 言葉は他者との意思疎通に欠かせないツールであると同時に、自分自身との意思疎通にも欠かせないツール。 自分が日頃何気なく選ぶ言葉の一つひとつで、自分の気分は移ろい、価値観さえも形成されていく。 今の自分を形成している要素は、もちろん過去の様々な経験だけれど、掘り下げると結局は「言葉」だと思う。 出会った人と交わしてきた言葉、恩師に言われたひとこと

50記事くらい書くとネタ切れになる

ネタ切れの境目は50記事くらいなのではないかなと。 当然、書く頻度や1記事あたりの文字数にもよるけれど、仮に毎日1000字程度の文章を書くとすると、これくらいな気がする(人生経験にもよるけれど挙げたらキリがない)。 他の人の事情は全く知らないし、ぼく自身の極めて個人的な感覚によるものだが、50記事程度までは熟考せずとも直感的に「これについて書こう」とすんなり内容を決められたが、70記事を超えた今では、書く内容を決めるのに時間を要してしまう時がある。 何となく、「ネタ切れ