英単語とカタカナ語には明文化されてないTOPがあって考えだすとけっこうややこしい。

実験用語・科学用語は英語・カタカナ語ばかりだ。
生命科学や医学に絞っても、「アレルギー」「アポトーシス」「エピゲノム」「サーマルサイクラー」「フローサイトメーター」などいくらでも挙げられる。
日本語に翻訳された用語もたくさんあって、"gene"は「遺伝子」だし、"transformation"は「形質転換」だ。
前者は日本語訳の遺伝子がよく使われ、「ジーン」とはあまり言わない。
後者は「トランスフォーム」のほうがよく使われる。
今では、翻訳された日本語、英語、古くはドイツ語が入り乱れている。
単純に、昔はいちいち翻訳していたが、最近は英語そのものを使うのかと思っていた。
その傾向はあるにはある。
しかし、そうでないケースも多い。
第一、アレルギーは相当古くから使われているはずで、だったら日本語訳が主流になってもいいはずなのに、すっかりアレルギーで定着している。
ともあれ、本格的に英語をそのまま使うようになったのは、1970年代くらいだろうか。
細胞が自ら死ぬ現象を指す、アポトーシスという言葉はそのころ生まれた。

生命科学用語の英語化は、たぶんビジネス用語と似た流れだと思う。
並行して、その他の言葉もかなり英語化している。
例えば、「亢進する」を"enhance"するとか、「惹起する」を"induce"すると言う。
新しい用語は訳語を作らないかぎり、元の言葉を使わざるを得ない。
いちいち翻訳する手間を考えれば、用語が増えるにつれて英語化が進むのは、合理的だと思う。
けれどもそれだったら、専門用語でもない動詞をわざわざ英語にする必要はない。
「亢進」や「惹起」は日常生活ではあまりお目にかからないが、翻訳された言葉でもない。

研究を初めた頃は不思議だった。
ただでさえ訳のわからない話を英語交じりにされるものだから、余計にわからない。
もはや宇宙語だと思っていた。
でも、研究に慣れるにつれ、自分でも無意識に英語を使うようになっていく。
そのほうが楽だからだ。
文献のほとんどが英語だから、何年間も読んでいるうちに、研究に関する専門用語や言い回し、動詞、副詞、形容詞などが、日本語よりも英語で頭に入ってくる。
私は留学もしていないし、英語がうまいわけではない。
むしろ、研究を始めてからずっと苦しめられている。
それでも情報を集めたときに使っていた言語が英語だから、なにか実験について説明しようとすると、英単語のほうが先に浮かんできてしまう。

だから、「抗原によって惹起された」というよりも、「抗原によってinduceされた」というほうが、ほんの少しだけ頭を使わなくてすむ。
結局、訳語を作らないのと同じで、こちらも経済性の問題だ。
補足しておくと、頭の中に浮かんでいるのは「インデュース」ではなく"induce"で、つまり、カタカナ語ではなく英単語だ。
今、この文章を打つために使っている機器の名前は、"keyboard"ではなく「キーボード」のだし、マウスやビニール、プラスチックなどもそうだ。
だから英語由来の言葉をすべて英単語として認識しているわけではなく、出会ったときの言語に依存している。

訳語と英単語が共存している例もあって、「共焦点顕微鏡」は"confocal microscope"の訳語で、「共焦点」と「コンフォーカル」がともに使われていて、使用率はほぼ半々だと思う。
顕微鏡はとても古くからある用語だし、ずっと前から一般用語になってしまっているので、間違いなく「顕微鏡」と呼ぶ。
おそらく共焦点もある程度、古い言葉なのかもしれない。
私自身も、「共焦点」と「コンフォーカル」の両方を使うし、何より実験を始めたときからずっと使っているので、頭の中は、"confocal"ではなくて「コンフォーカル」だ。

カタカナ語の話題が出るたびにこういうことを考える。
最近はいい加減どうでもよくなってきた。
みんな楽なほうを使えばいいよ、と思う。

最後にひとつ付け加えるならば、日本語で発表する際の正式な言葉は訳語のほうだ。
学会発表や日本語総説など、より固い場面であればあるほど、訳語をきちんと使うのことが望まれる。
学会の奨励賞を受賞した若手研究者の記念講演で、できるだけ日本語の用語を使おうとしてとっさに思い浮かばず、少し逡巡してから英単語を使う場面を見たことがある。
あるいはもっと手練の研究者が、的確に日本語を駆使しつつ、あまりにも使われない日本語訳はかえって聴衆の理解を妨げる可能性があるからと、意識的に英語を織り交ぜる様子を目撃したこともある。

要は、いつでもどこでも英単語やカタカナ語を使うようでは、専門的言語の使い手としてはまだまだだ。
この前、日本語の報告書を作成していて訳語を思い出せず、近くにいた大学院生に質問したことを思い出した。

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