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ドラえもんの人間製造機の性能が、設定よりちょっとしょぼかったらどれだけ大変か。

ドラえもんの出す道具に人間製造機というのがあってご存じの方も多いと思う。
材料を入れれば人間を作ってくれる道具で、その材料が、石鹸(脂肪)とくぎ(鉄)、マッチ(りん)、えんぴつ(炭素)などで、ごく普通に身の回りに存在するものから人間ができることに子供のころ衝撃を受けた。
振り返ってみればそれは、生物の体を構成する元素と、非生物のそれとにちがいはないのだという事実を、SF的な方法で表現しているからだと思う。
今まで想像してもいなかった視点を与えられた驚き、というべきか。

正確にいえば、体内には亜鉛などの金属も微量に含まれているし、石鹸に含まれる以外の脂質も必要なのだけれど、人間製造機の面白さはそういった不正確性とは無縁な部分にあるのだから、無粋なツッコミ以外の何物でもない。

人間の体に必要な元素を揃えてしまえばお手軽に人間が作れてしまう道具だけれど、原理を想像してみると、その過程はかなり複雑だ。
まず、実際に使われている分子に変換して、それを組み合わせて細胞を作り、細胞を特定の配置に並べて組織・臓器を作り、それをさらに体へと組み上げなければならない。
また、作品内で使われている材料は身の回りのものばかりなので、「人間ってこんなに安く作れるの!」という驚きもこのお話の面白さのひとつだろう。
だからここでは、用意しなければならない材料をもう一段階上げて、「必要な分子を投入すれば体が作れる」としたらどのくらいの材料費がかかるのか考えてみたい。
鉄や炭素といった元素ではなく、元素が組み合わさってできた分子を用意しなければならない、作品内の人間製造機よりも性能の限られた道具があったとしたら、という仮定を置いてみる。

とはいえ、人間に必要な分子は数限りなくあるので、それらをすべて考察したら辞典みたいな本になってしまう。
ここでは、準備すべき分子のひとつであるタンパク質について考えてみよう。
(それだけでも辞典になりそうなので、さらにはその入り口だけ)

なんといってもタンパク質は細胞を形作る中心的な素材で、大切な機能を占めている。
また一口にタンパク質といっても、さまざまな種類が存在している。
健康のために、タンパク質やその材料であるアミノ酸を積極的に摂取しているかたもいると思うが、そもそもアミノ酸だけでも体内には20種類存在し、このアミノ酸が数珠状に連なっていなければタンパク質とは呼ばれない。
タンパク質の種類とは、このアミノ酸の並び方のちがいをいう。
おおよそ100個から数千個のアミノ酸がつながってタンパク質が作られる。
たとえ100個しかアミノ酸がならんでいないとしても、組み合わせとしては理論上20の100乗通り存在してしまう。
実際に体内に存在するタンパク質は数万種類しかなく、それでもけっこうな種類だが、細胞の構造や運動に寄与するアクチンやミオシンもタンパク質だし、代謝が行われるのに必要な各種の酵素もタンパク質だ。
ひとつの細胞内に数千種類のタンパク質が存在していて、ひとつのシステムを作り出している。
ちなみに細胞の種類によって含まれるタンパク質にはちがいがあり、全体で数万種類のタンパク質が体の中では使われている。
細胞をひとつの会社とすれば、タンパク質は社員みたいなもので、役職・ポジションの数だけタンパク質の種類があると想像してもらえばいいかもしれない。
細胞はそれひとつひとつが巨大な多国籍企業くらい複雑な仕組みを持っている。

タンパク質の種類は理論上考えられる組み合わせよりずっと少ないが、それでも材料として数万種類のタンパク質を用意すると考えただけで吐きそうだ。
勝手に設定をずらして吐きそうになっていてもしょうがないのだけれど、そもそも人間製造機の話を思い出したのは、YouTubeで細胞培養用の培養液の話をしている時だった。

(突然の宣伝で申し訳ない)

週一回、科学ニュースを紹介するこの配信の中で、

自分が買ったことのある培養液の中で一番高価だったのは、1リットル1万円した。値段の大半は培養液に含まれるタンパク質を作製するのにかかっている

と発言した。
そう、タンパク質を人工的に作製・精製するのはめちゃくちゃめんどうでコストがかかるのだ。
ちなみに1リットルの培養液に含まれる精製タンパク質の量はせいぜい0.0001グラム程度だ。
微量のタンパク質を用意するにもかなりお金と手間がかかる。
そもそも、商業ではなく研究レベルでは、0.1グラムのタンパク質を作るのもかなりの大量精製だと思っておいてほしい。
インシュリン製剤や抗体医薬品など、大量に流通するものであれば生産ラインをつくって価格を下げられるが、それでも高価なのに変わりはない。

さて、ここからはタンパク質を用意するのに必要な費用の計算を具体的にしていきたい。
まず、体重の20パーセントがタンパク質らしいので、60キログラムの人間に含まれるタンパク質は12キログラムだ。
タンパク質が3万種類あって、仮にすべてのタンパク質が同じ量ずつあったとしたら、1種類につき0.4グラム存在することになる。
現実には、大量に存在するタンパク質もあるし、ほんの少ししか作られないタンパク質もあるので、平均の10分の1程度、つまり0.04グラム用意すればいいとしよう。
これくらいの量ならば大学の実験室でも十分用意できる範囲だ。

ちょっとここで人工的に作製・精製されるタンパク質の現状について触れておくと、数万種類存在するタンパク質のうち、医薬品や研究用の試薬として商業的に作られている割合は低く体感的には千種類程度だと思う。
培養液に含まれているタンパク質もそのうちの一つだ。
他は研究などで必要であれば研究者自身が作製しなければいけない。
だから今回は、通常の大学の研究室で作製・精製するとして、コストを計算してみよう。

必要な機器や器具まで考えると面倒なので、その辺りはあらかじめ研究室に備わっているとする。
まずタンパク質作製の材料費だが、こちらはあまりかからない。
大腸菌を使うとしたらその菌株を購入する費用とか、精製に使用する試薬など数万円程度だ。
大腸菌を用いてタンパク質を作製する方法を話し出すと長くなるが、一言でいうと、タンパク質の設計図となる遺伝子を大腸菌に組み込んでタンパク質を作ってもらい、その後、大腸菌からそのタンパク質だけを取り出してくる(これらの過程を作製あるいは精製と呼んでいる)。

問題は人件費で、量に余裕をみて0.1グラムのタンパク質を作製するのであれば、1ヶ月くらいかかると思う。
すべての時間つきっきりでなくてもよいので、実質10日間としよう。
作製する人を時給2,000円を支払うと16万円になる。
(ある程度専門的な能力をもつ人に払う時給として高いか安いかはここでは議論しない)
これに材料費を足すと20万円くらいだ。
これ自体は大したことない金額だが、数万種類作るとなるとけっこうな金額だ。
例えば3万種類程度とすると、60億円ほどかかってしまう。
ちなみに使用する機器から揃えようとするとまた桁が変わる。
4、5人で機械を占有してしまうと思うので、同時に作製するためには6千台程度の機械を揃えなければいけない。
一揃え2、3千万円するので1千億円は投資するはめになる。
たとえタンパク質の作製に1年かけてよいとしても百億円は必要だろう。

その他、建物や電気代なども本当は考慮にいれたほうがいいかもしれない。
まあとにかく、一人分のタンパク質を用意するだけでも百億円単位で必要なんじゃないか、というのが結論だ。
読んでいただいた人にはお分かりだと思うが、計算の精度としてはフェルミ推定みたいなものなので、金額については何の参考にもならないと思う。
そもそもドラえもんの道具から派生したただの妄想なのだからご容赦いただきたい。
それに、現実に人の体の材料として考えるのならば、品質や安全性をもっともっと追求しなければいけない。
研究室で実験に使用するレベルの品質ではいけないのだ。
だとしたら費用はずっとかかる。
人間の材料として元素を用意するだけだったらポケットマネーで払えそうだけれど、もう一段進んだ段階までこちらで揃えなければならないとしたら格段に金額が跳ね上がってしまうんじゃないかなあという思いつきを、思いつきのまま文章にしてみた。
生物は、何でできているかよりも、どう構築されているかのほうがずっと大事なのだから。

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