引っ越し!
はじめて部屋に入った
学生時代も含めずっと実家を出ていなかった私。バイトで集めた雀の涙ほどの財産を全投入、千葉のそこそこ落ち着いた学生街で無理やりワンルームを借りた。とにかく家を出たかった。
当時から強烈にミニマリスト志向があった私にとって、ご覧のとおり真っ白な壁と床は希望通りだった。床はフローリングではなく安物件にありがちなただの木目シートなのだが、柔らかくてむしろ気に入った。
初めて不動産屋で鍵を受け取った日は、ものすごい大雨だったのを覚えている。地元の無印良品やドラッグストアで最低限の日用品を買い、物件近くまで車を走らせた。そこから荷物を抱えて自室までを歩く間、雨風にふかれ、紙袋は無惨にも水分でボロボロに崩れた。なんとか抱えてドアを開け、ドサっと下ろしたのがこの写真。
散々な目にあったが、これも楽しい。自分の力だけで、自分の部屋を管理できるのだという幸せに胸が震えた。
ミニマリスト、部屋を作る
既にご覧いただいているとおり、私の部屋は窓の目の前が隣のマンションになっており、そこの通路から部屋の中が丸見えになる。一方でミニマリストの部屋を見て、カーテンなしの生活に憧れた。いろいろ調べて、ガラスにシートを貼れば、余計にカーテンをつける必要がなくなり開放的だというTipsを見つけ、実践してみた。
ガラスのシート、激ムズだった。数インチのスマートフォンでさえフィルムを貼るのに四苦八苦しているというのに、手を広げるより大きいガラス面にぴったりとモノを貼るなどとんでもない難易度だ。あまり満足いく仕上がりにならなかったので(変に浮いてしまったり、四隅に隙間ができたりして)あっさりカーテンを導入した。もうこれでいいじゃん、と。
この写真に写っている以外に家具家電の類はなく、コンビニやスーパー等で買ってきた食事でその日暮らしをしていた。しかし食費がバカにならんと、主食である米だけは自炊しようと試みた。そこで導入したのが片手鍋。もともと実家では自分用にこだわって土鍋で米を炊く生活をしていたことがあったので、その要領で米(ミニマリストらしく玄米)を熱して食べていた。蓋をしてうまく火加減すれば案外食べられる状態になる。
この時点で、部屋にあるのは下記のものくらいである。
寝具(マットレス、羽毛布団、枕にそれぞれのカバー)
カーテン
鍋をはじめ最低限の食器類
洋服、タオルなど
ティッシュ、石鹸などの衛生用品
PC、スマートフォンなど
ミニマリストだ。基本、生活は床の上だった。
家電を導入
2ヶ月ほど経ってコインランドリー生活がやや金銭的に厳しくなってきたため、とうとう折れて洗濯機を導入した。別洗い用の二層式洗濯機。
今の若い方は知らないかもしれないが、左右で洗う方と脱水する方に分かれていて、洗い・すすぎのたびに左右へ洗濯物を移動するという大変面倒くさい工程を要する方式の洗濯機があり、これは二層式と呼ばれている。全自動洗濯機が普及する前は当たり前にあったというが(実際、私の祖父母の家ではこのタイプが今でも現役だ)今ではまず見ない。
安いし(2万円しなかった)、一人暮らしだからこれくらいでいいか、とかなり小さいサイズを購入した。実際、これでもサイズの面で特に困ることはなかった。
しかし、思わぬ落とし穴が。基本的にサブ使いが想定されているようで簡易的なホースしか対応しておらず、物件に備え付けの洗濯用蛇口が使えなかったのだ。
ここから水が出ないということは、自力で洗濯槽内に水を引っ張ってくるしかない。苦し紛れの策として隣にあるユニットバスのシャワーヘッドを廊下まで伸ばしてジャーと洗濯機の中に放水をして水を貯めるという、アナログな手法を使わざるを得なくなった。
ホースを買えばいいんだけどさ。どれが適合するのかわからないし。すぐ全自動洗濯機に買い替えるかもしれないでしょ?その時に絶対普通の洗濯ホースが付属してくるだろうから、今買っても勿体無いじゃない。
……と思うも、結局、私は2年間、シャワーを廊下に伸ばして水を貯めては回して洗濯物を移動させ脱水・排水しまた貯めて脱水…という作業を続けることになった。とうとう全自動洗濯機に買い換える機会はなかったのだ。
私はリモートワークの仕事をしているため、このルーチンが可能だった。仕事中に洗濯機をさわれたのでなんとかなっていた。外に働きに出る忙しい現代人の皆様にとっては、こんなのやってられないだろう。
こう考える人もいる。家電は便利を金で買うという思考のもと選ばれるのだから、あなたが二層式洗濯機に取られている時間で、もっとたくさんの利益を生み出せるはず、今すぐドラム式洗濯機にしてタイムパフォーマンスを改善せよ、と。しかし私の言い分はこうだ。私が最新式ドラム式洗濯機を選ばないおかげで浮いたお金はおよそ20万円、私は2年間手を濡らしながら洗濯物を左の桶から右の桶へ移動させるだけで20万もらえるバイトをしているのだ、と。そして、洗濯の時間を削って自己投資したところで(悲しいかな)私が20万円以上の利益を生み出すとは到底思えないのだ。タイパを語れるのは隙間時間を作れば作るほど金や精神的利益が稼げる人間の話であって、私の場合は時間ができたところで床に座ってボケーっとする以外にやることがない。
洗濯機に続いて、冷蔵庫と電子レンジも買ってしまった。連日その日食べる分だけの常温食材を勝手やりくりしていたため栄養バランスが悪かったし、食中毒が不安な夏も近づいてきた。背に腹はかえられぬということで、潔く購入。
結果、冷凍宅配食Nosh(ナッシュ)の導入が可能になり、QOLが爆上がりした。Noshは最高です。栄養が考えられたおかずがレンチンで出てくるんだから。一人暮らしの強い味方。私のように、日々の食事の色彩的充実具合に大して興味がない、栄養が取れていればいいような人間にとっては有り余るほどのさまざまな美味しいメニューが選べる。
外食もたくさんしてました
一人暮らし独身男性ということで、外食も楽しみの一つだ。もともと実家では外食の機会がほとんどなく、サイゼリヤでさえたまのお祝い事で訪れるくらいだった(おかげで高校生になるまでサイゼリヤのことをテレビドラマで出てくる正装で行くレストランと同じ類だと思っていた)ため、チェーンでさえ私にとってはまだまだ掘りがいのある面白い店がほとんどだ。
2年間の一人暮らし生活のなかでとくに美味しかったひとり飯を紹介しよう。まずは上の画像にある、夏限定のリンガーハット「冷やしちゃんぽん」だ。もちもちした食感が好きで動物性の脂質が嫌いな私にとって、ラーメン史上においてもこの一杯は神だ。冷やされて締まったちぢれ太麺が暴力的なまでのもちもち具合を発揮し、スープは優しい豆乳風味。野菜もタンパク質も十分に取れて、おいしい。120点です。
一時期ガストにあった、これも夏限定の「冷やしトマト麺」。私、トマトも好きなんですよね…こんなのそりゃ好きですよ。こういうのでいいんだよ、こういうので。
やよい軒。相当行った。自宅の近くにはなくて、繁華街の方まで25分くらい歩くのだが、それでも狂ったように通っていた。いつも決まって肉野菜炒め。野菜とタンパク質が取れるからね。そしてやっぱり、白米のおかわり無料は嬉しかった。気を抜くとお菓子とかスイーツを食べてしまい脂質過多になるので、白米でこれでもかと胃の容積を埋めることでそれらに席をとっておかないという戦略をとっていた。
最もハートフルだった食事といえば、近所のセブンイレブンのおでんだ。とある冬の日、自宅での楽曲制作が煮詰まり気付けば朝の5時を過ぎていた。普段は睡眠ヤクザでこんな夜更かしをすることはないのだが、凄まじい集中力で時間を忘れ、当然お腹も空いていた。思わず部屋を飛び出し、早朝の冷たい空気の中で白い息を確かめる。少し歩いてセブンイレブンに駆け込むと目に飛び込んできたのは「おでんはじめました」の文字。そういえば、ここ何年も真面目におでんなんか買ってなかったな、と。深夜シフトの眠そうな店員さんには申し訳ないなと思いつつも(実際は暇だったようで、むしろ楽しんで対応してくれた)あれとこれと、と選んでカップに入れてもらい、お会計。自室に戻ってすすった出汁は、心の髄まで染み渡った。あの日のおでんは、一生もう超えない。
本格的に自炊を始める
一人暮らしをして一年ほど経った頃、私の食生活に変化が訪れる。土井善晴『一汁一菜でよいという提案』を読んで感銘を受け、見事に影響されて米、味噌汁の生活を始めたのだ。野菜や肉やきのこなど具をとにかく大量に入れて作る味噌汁で栄養素を補いつつ、主食の米(玄米)でエネルギーを摂る。お金もかからず、見た目にも完成された食事のスタイルにミニマリズムに近い思想を感じ、夢中になってこの生活を続けていた。
それから3ヶ月くらいしたらもうご飯炊くの嫌になって普通にマックとかで生活してたぜ!!
問題だったのは、ワンルームという住居形態だ。作るところと食べるところと、寝るところが一緒という環境。なんとなく、炊事の生ゴミ感とか、排水溝のいや〜な感じが寝床と共存している状態が、無理になってしまった。その嫌さに気づいてしまった。私の精神的潔癖症が見事に発動した。
食べ物は食べ物の場所で処理されていて欲しい。寝る場所は寝る場所で、他の生活を持ち込みたくない。お風呂場でご飯食べるのと同じタイプの嫌さ。結果、自炊はなんだか嫌な感じになってやめてしまい、炊飯器も売却した。Noshと外食とスーパーの食材丸齧りでその後は生活を続けた。
ちなみに私は、生ゴミや食事のゴミが出たらすぐに袋で密閉して冷凍庫に入れていた。はじめはそれこそ嫌な感じがするかもしれないが、たとえば割ったたまごの殻など、ゴミ箱に入れてしまうとにちゃーっとした汚物に感じるがよく考えるとただの殻だ。冷蔵庫に裸で入っている。その、まだ実感として「綺麗」な状態のまま、冷凍庫、いや「ゴミ凍らせ場所」に放り込んでしまう。そうすると常温放置で発生するいやなにおいや虫の類とおさらばできる。これのおかげも相まって私の部屋は2年間Gの一切出現しない生活を達成することができた。
ありがとうございました
そんなふうに2年を過ごした初めてのワンルームも本日退去。家賃が安いぶん壁がやや薄い反面、ネットが無料だったり水道が定額だったり、なによりこの白い部屋が気に入っていた。繁華街が近く独居の拠点としての立地も申し分なく、助かった。たくさんの思い出があり、酸いも甘いも知ることができたこの部屋に最大限の感謝を。ありがとうございました。
すっきりとした気持ち、寂しい気持ち、色々な感情を抱えながら、最後に鍵をかけて建物をあとにする瞬間の記憶は一生忘れることはないだろう。
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