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朝の白湯問題にデロンギの刺客

朝の白湯。アーユルヴェーダの基本。
フタを開けて20分以上沸騰させる・・・私もやってました忠実に。

オール電化な実家に泊まる時でさえ、縁側でカセットコンロで教科書どおりに火を使っていた私(IHへの反逆児)

それがこの冬、あえての電気ケトルをおうちにお迎えしました。テーン!

メルボルンで住み込みしてたアーユルヴェーダの師の家。(通称マダム・ケイ)
引っ越してきて一番おどろいたのがまさかの師が、電気ケトルで毎朝お湯を沸かしていたこと!・・嘘だろ、と。

自然に近いエネルギーを良しとしていたアーユルヴェーダにおいて。
電磁波より電気。電気よりガス、もっといいのは焚き火(!)と教科書には書いてあったから。

それは衝撃をうけました。

日本人がお米一粒をを大切にするように、オーストラリアでは資源の水、ガスをおどろくほど大切にしています( 一部例外は日本と同じくいる)

彼女は、その理由に
毎朝30分火のそばにつきっきり、では私と資源の両方のエネルギーのロスなの。とウィンクしたのです。

民間療法であるアーユルヴェーダにおいて。日頃の習慣をととのえることが根底。どんなに立派なメソッドも、自分のライフスタイルにサイズ変換しなければ習慣化はできない。

ということ、彼女のかろやかさから学びました。

がしかし。現実。

白湯だけはっ・・・せめての・・お白湯だけは・・
頭で理解してもとメソッドどおりに火にこだわり、行動は変わらなかった8年。

きっかけは   
これだ♡て好みの電気ケトルと出会ったこと❣️
ようこそ〜

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みてこのカラーリング!!こりゃ派手だわ、と買い物かごに入れて2ヶ月。その間TSUTAYA家電などパトロールをしても心動くものがみつからず。

先日やっと心キメて我が家へやってきました。

それで沸かした白湯が、、、

引くほど おいしかった


二度見しました。

え、ヤカンは? 30分は? あれなんだった??


見た目で選んだから、味のことはなんも考えてなかった。
もうただお部屋に鎮座してる美しいお姿に、満たされていたし・・

まったく予想を裏切って それはそれは澄んだお白湯だったのです!

マイカップ ・ マイバッグ ・ 自分だけのエネルギー

私の住まいは現在、不特定多数が出入りする大きいシェアキッチン。

そこで朝の30分

まだかな〜
まだかな〜  

他のエネルギーが行き交う中、文字通り「放置」し、なんの思い入れのないヤカンで沸かす白湯と

じぶんだけ♡のお気に入りで、お部屋で自分のタイミングで、ウキウキしながらわかすデロンギケトル。道具のお手入れだってこまめ♡

ああ、たったアイテムひとつの投入でこの幸福と快適さ。しかしそのひとつ選ぶのに妥協はなかった。

やっぱり”お気に入り”って『氣=エネルギー』入りなんだなー

そしてやっぱり「白湯だけは〜」な頑なこだわりを手放したことが大きい。

だって私白湯だけ、じゃないし。

木を見て森を見ず

今なら、メルボルン師匠の選択、全体性を見据えた習慣を理解できる。正しい知識はもちろん基本。型破りって、型を知らなきゃ破れないってやつ。それを崩すフェーズに来たのかも。

正直、あの頃ケトルで沸かす白湯は”形だけ”だと思ってた(若かった!)

でもね、愛されてないヤカンで義務で沸かしてる白湯の方が、よっぽど”形だけ”だった。

カラダが答えを知っている、て本当だ。
だって一口飲んだら分かったもの!


(ちなみに浄水器ポットも五感で感じたイイやつ使ってますが)

自分の快適さを求め、ラクしよーっと♫とえらんだ電気ケトルで
生命科学アーユルヴェーダの初心、思い知りました。

義務よりJOYで。これ真実。


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