見出し画像

Vol.64|してあげること、上から見るか?横から見るか?

前回Vol.63より、
*Rina*の視点で刊行する
「のんびりいこうやない会報誌『言葉の湯船』」
として創作しています。

「のんびりいこうやない会」サークルの「部員」の皆さんへ向けて、「書記」の*Rina*がお届します。

今回は、Vol.64!
さあ。体をお風呂で温めるように、「言葉の湯船」に「ざぶ〜ん!」と浸かって、心もゆっくりぬくもって行ってね。

春休みが始まり、部員の皆さまの中にも、子供の面倒をみる時間が増えたという方もいらっしゃることだと思います。子育ては何かにつけて、しつけや遊び、様々な場面で、「子供のためにできることは何か?」「親としての接し方についてはどうか?」と考えたり工夫したり悩んだり…する場面が多いですよね。

また、「もうじき4月からは新入社員の教育係を担当する」「異動してきた部下の指導を任されることになった」という部員のみなさんもいらっしゃると思います。

子育てや、人の指導など、機械とは違い相手が人間な場合は、こちらの思うようにも行かない事が沢山ありますね。こちらの意図が伝わらないとついつい、強い口調になってしまったりすることもあるのでは。布団の中で1日を振り返って「なんでもっと優しく言ってあげなかったんだろう…」って、夜寝る前に1人で落ち込んだりね。

「こんな記事を書くくらいだから、*Rina*さん、あなたはうまくやれるんですよね?」
って思ってるんじゃないでしょうか?

私も、できません。

ただし、一つだけ、わかることがあります。
今まで出会ってきた人々の中には穏やかに子育てをしたという人もいたし、決して威圧的な上司や先輩ばかりでもなかった。
だから、人に優しく伝えたり、上手く関係を築きながら教えたり、快く人のために力を尽くして動けるような人になることは、不可能ではない!ということだけは、わかります。笑

そして共通していることは、どちら側にしても、みんな一生懸命生きている。決して悪気があるのではなく、一生懸命に生きているからこそ、愛情が強いからこそ、強く言ってしまう、とも取れる。だから相手に甘く伝わらなくてそのことで悩んでいる人だっているかも知れない。でも、そうじゃない人もいる。

一体、その差は何にあるの?と、考えた結果、「ある物の見方」が一つ挙げられるのでは?と思いました。

そんなわけで今回は、
「人のために動いた時、その動機は何だった?」
というテーマで皆さんと一緒に考えて行きたいなと思います。

では、始まりです!

✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿

子育てやお仕事と少し逸れますが、
私が経験した、父の看護やお見舞いでの、ある日のこと。

わんぱくな2歳児の面倒を見ながら、和歌山の家から実家の大阪との往復をしながら父と会っていると、父は「しんどいんやったら、ええで。」と、よく言ってくれました。娘の私への親なりの思いやりなだったのかも知れません。でも私はその度に「いいよ。自分がやりたいからしているよ。」と話していました。

好きでやってはいましたが、子連れで和歌山と大阪との頻繁な往復、子供の世話と父のことで自分の時間がなくなり、私も疲労やストレスがたまってたのだな、と今になって思います。
そんなことが続いたある日。
「こんなに色々やってあげてるのに!」という気持ちが出てきて、そして感謝を言わなかった父に小言を漏らして、父を嫌な気分にさせてしまったことがありました。(「自分がやりたいからしている。」って私から言っていたのにも関わらず!)

お互い共に過ごせる時間が残り僅かになろうとしているのに、お互い居心地が悪くなり、こんな悲しいことはあるのか?!と感じて反省し、深く考えるきっかけになりました。

いつの間にやら私は、
看護する私⇒「与える側」=「上」
看護される父⇒「与えてもらう側」=「下」

という構成で見ていたことに気付きました。
自分が「強者」で、父が「弱者」。

だから、自分が手伝って「あげてる」のに
父が「感謝しない」という反応を見つけると
「あなたのために、私は色々を費やして(お金、時間、労力など)、こんなにしてあげてるのに!」
という感情が発生していました。

父は確かに「要介護」という立場でした。
ですが、父は、目の前に迫った死を受け入れて、諦めずに、最後まで生き抜こうとしている状態。
一方の私は?とてもじゃないけど死なんて受け入れられない。人はいつか死ぬ、ということを頭では理解しているつもりだけど、自分はまだまだ長生きしたい、と思っているし、「明日、一年後、数年後は、生きている」というていで、生きていました。

でも、私には幸いまだ訪れていない運命を、父はすんなり受け止めていた。死を受け止めて、悲観することもなく、なんなら「こんな息子と娘がいてくれて、やりたいこともやってきて、幸せな人生だ」と言いながら、大好物のみたらしだんごに舌鼓を打ったり、時間制限なく好き放題にYouTube鑑賞を楽しんだり、日々の小さな事に喜びを見つけては、最後まで楽しく幸せに生きようと気丈に暮らしていた。だから、実は、父は圧倒的に私よりも「強者」な存在だったんですよね。

そんな父と接する度に私は、人生を最後まで生ききる逞しさを、実習のように目の前で教わることができていたのです。こんなに大切な経験を買えるお店なんて、ない。お金に換えられないくらい貴重なものを、父自身も気付かぬ内に、私にプレゼントしてくれていたのです。(詳しくはVol.62を)なのに、「もっとくれくれ!」星人になってた。

更に私は、「後悔のないようにしたい。」という自身の目的のために動いていたので、色々やってあげてる時点で、この目的を既に叶える事ができていたんですね。
ちょっと難しいんですが、一見「色々してあげる」ことで自分だけが一方的に与えていたように見えても、自分が満足するような行動、信念に沿った生き方を、相手の存在を通して、させてもらえてたんですね。「相手のためになることをしたい」「親切にできる自分でいたい」という願望も、勝手に叶えさせてもらっていた。そこには、かけがえのない「思い出」「経験」も、もれなく付いてきてたりもしてて。

これは、看病や介護に限った話ではなく、子育てや会社生活などの人間関係でも同じなのかな、と思います。私たちは、目に見えない所で「平等」の「やり取り」をしている。

「子供のためになることをしてあげたい」
「新入社員の教育を担当することになった」
「困っている人を助けたい」
どれも人間として素敵なことだなと思います。

その中に
自分⇒「してあげる側」=与える側
相手⇒「してもらう側」=もらう側
という世界「だけ」を見ていると、自分だけが損してるように思われて、私のように怒りや不満が出てくるかもしれません。

自分⇒人の為にうごいている側
 =学び、生きる喜び、生き甲斐、をもらっている側
相手⇒してもらう側の人
 =学び、喜び、生き甲斐を、知らず知らずのうちに与えている側

という世界にも足を踏み入れてみることで、私たちの周りがお互いに尊重し合える環境に近づくのかも知れないな、と思います。(私のように相手からの感謝を強要してイライラすることも、なくなりそうですね^^;)

自分1人分のご飯ならインスタントラーメン率高めの適当でもなんとも思わないのに、孫や誰かと囲む食卓なら、美味しいものを用意する活力も湧いてくる。
子育ては大変がいっぱいだけど、子供の寝顔や、笑い声や、走り回る足音の賑やかなこと、子供連れだからこそ楽しみになるお祭りや公園など、無償の測りきれない、寧ろ釣り合わないくらいの幸せや楽しみをもらえる。
後輩の教育をする立場の人は苦労もあるだろうけれど、教えることがアウトプットになってより頭に入ったり、自分がよくわかっていない点も発見できたり、新入りの斬新な視点や若者特有のフレッシュさに刺激を受けたり、初心を思い出させてもらうこともあったり…経験が教訓や信頼をもたらしてくれることもある。

人のために何かをするって、気付かぬ内に受け取っている物や未来に繫がる贈り物が、そこには沢山あったんですね。

そんな目で見渡してみると、教えている立場の人や手伝ってあげてる人の「価値」が、人間としてより高いというわけでもない。「人間平等」という言葉があるように、「上」も「下」もない「横」からお互い見つめ合う、そんな優しい世界の輪を広げる一人になれるのかも。

「子供だから親のいう事は当たり前だよね」
「後輩だから先輩のいう事は当たり前だよね」
という目線で接するのか?
「この子のように、この世について右も左もわからない状態で、マナーやらルールを教え込まれる立場に今から自分がなったとしたら、どれだけストレスがたまるのだろう。言葉も上手く操れない状態で、自分の気持ちを伝えたいのに伝わらない、相手して欲しいのにどう訴えていいかわからない、そんな状況に今の自分は耐えられるだろうか?」

「自分が今から会社生活の振り出しに戻って、また右も左もわからないこの後輩のような立場になると、それはそれは毎日緊張するし、現場は忙しそうなのに自分はやることがなく、それ以外のすべての人が忙しそうに動き回っていて、聞きたい事があってもいつ声をかけてもいいのかわからない状況だと、疲労も大きいだろうな。」
と相手の立場に思いを馳せ、尊重の念を持ちながら接するのか?

自分が子供の立場なら。
後輩の立場なら。

今の自分とは別の環境で、相手は生きている。そういうことに思いを馳せられる人になる。今すぐになれなくても、その思いを持ち続けようとする価値観が、部員の皆さんの人生やその目の前にいる人たちの笑顔を増やしてくれる道筋になるのではと信じています。

偉そうに書いてきましたが。
そんな私は子供に対して「あなたのためにやってあげている」というセリフを体現しているような、上からな言動をしてしまいがち。寝顔にごめんねと謝る毎日なんですね。だから今回のテーマは、自戒も込めて…。

というわけで、今回の一言は
「あなたが行動するだけで贈り物が現れる!」

皆さんは、くれぐれも私のような親子喧嘩はしないでね!笑

一生懸命に生きるあなたを陰ながら応援しています。

✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿

感想や質問、取り上げて欲しいテーマなどありましたらnoteのコメント欄やLINEにてお知らせください。

*Rina*
のんびりいこうやない会
公式LINE @htw7254y


あなたのその気持ちと想い、素晴らしく嬉しいです。 私の人生にとって大きな今後の活力になりなす。 いただいたサポートは今後の活動や勉強に使わさせていただきます*^^*