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「止まった時計」であること


ワタナベアニさんのこのつぶやきをみた直後、私は慌てて友人にLINEをした。
「こないだご馳走してもらったから、お礼に贈らせて欲しいの。仕事忙しいだろうけど、これ読んで欲しいんだ。」そう綴った。

了承を得て住所を聞き、私は「支払いを確定する」ボタンを押した。

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2020年2月17日

突然LINE通知のアラームが鳴り、「仕事が終わったらそのまま笠松競馬場へ行く」とその友人から連絡があった。

「え?明日?」
「2月は減産で連休になったんだ。1人で行動できる連休は、今年ここしかないかもしれないから。淀ちゃん(私の競馬サイト広報用Twitter name)とこお店やってる?」
「やってるけど、私が居るのは金曜日と土曜日だけなのよ。でも来るなら行くよ!」
「笠松競馬場には多分お昼過ぎに行けるからさ、終わったら店まで行くよ。」
「分かった。明日分サイトの原稿が仕上がって、時間が間に合いそうなら私も笠松行くよ。終わったら店が開くまでご飯でも食べよう。しかしいきなりだねえ。」
「行きたいって思ったら即行動派だからさ。」

彼は運営している競馬サイトが縁で知り合った競馬サークルメンバーの一人。私の一回り以上年下で、愛妻家であり、一家の大黒柱でもある。若くして勤務している工場の次期社長を任命され、日々奔走している。3交代制の現場勤務と、将来を見据えて管理職もこなすパワフルな競馬愛好家だ。

時間が出来ると週末にUPする彼の競馬予想ブログは所謂「下ネタ」が多く、彼を知らないままいきなり読むと驚くかもしれないが、彼の温厚な人柄も手伝い、ファンも多い。
ただ、一見ふざけたように見えるこのブログが「熟考」の上で書かれたものである事を知るのは、後になってからだった。

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2020年2月18日

最高気温6℃。東海圏としては厳しい寒気が襲来していた。

私達は逐一LINEでやり取りをしながら、笠松競馬場のゴール板前で待ち合わせをし、彼はそこにいた。

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昨年の9月に金沢競馬場で会った頃より髪が短くなっていた。普段若年層が訪れることの少ない笠松に、180センチを超える長身、金髪、薄いブルーの色付き眼鏡はさすがに目立つ。

「おーー久しぶりーー」
「うぇーっす!淀ちゃん寒いよー!」
「そ、そりゃその恰好でスタンドにいたら寒いだろ・・・もっと着ないと・・・。」

全身黒に覆われた細身のジーンズ&トップスは明らかに防寒になっていなかった。私は思わず腰に貼り付けていたカイロをベリベリと剥がし、彼に手渡した。

「はーあったけー!ありがとー。」
「道中も雪だったんでしょ?」
「そうそう!うちの近くは何ともなかったのに、滋賀に入った辺りでトラックが何台もスタックして立ち往生してさ…パトカー来てたもん。」
「自分の車はスタッドレス履いてたの?」
「うん。昔痛い目にあったからさあ。早めにね。」

車の装備は万全なのに、なぜ服装は万全じゃないのか。相変わらずの無茶っ振りで笑ってしまった。彼らしい。

最終レース終了後、「愛馬会」の後藤さんに彼の紹介も兼ねて挨拶をしに行った。彼は「愛馬会」で保管されている古い競走馬や、若かりし頃の騎手達の写真を懐かそうに眺めながら、小さい頃、騎手になりたかったが身長が高すぎて叶わなかったことなどを話していた。

閉場直前まで話し込んだ後、車に乗り込み、私は実家のスナックがある最寄り駅をナビに登録した。

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彼は、なれない道をゆっくりと車を走らせながら話をつづけた。

「最近競馬の調子が良くないんよー。結果に振り回されて考えが揺らいでしまって。」
「あら珍しい。博才の塊なのに(笑)」
「昔に比べて迷うことが多くなったんかね。先週はこうして外したから、今週は買い方を替えてみようとすると、先週のスタンスをそのまま貫いていた方が結果が出てたりでさあ。」
「勝負事によくあることだよ。うちのサイトでも合言葉のようにしてる言葉がある。『勝ちを後ろから追いかけると負ける』って。前のレースを後悔しても、もう二度とそのレースは訪れないからね。似て非なるものだから。」

その時だった。

「そういえばね、最近読んだ本の中で、こういうことが書いてあった。今悩んでることに対しては答えになってると思うんよ。」

私は「ロバート・ツルッパゲとの対話」46ページの最後の1行から、47ページにでてきた文章を覚えている限り彼に告げた。

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近くの居酒屋で食事を済ませた後、実家のスナックに案内し、ママを紹介した。

「ママさん若くてびっくりしました!」
「あら嬉しい!そう言ってもらえるとまた若返っちゃうわよー。」

ママは嬉しそうに、彼が下ろしてくれた焼酎で、水割りを3杯こしらえながら笑う。

それから3人で色々な話をした。

親の事や家族の事、会社での立場、未来や自分が日々感じている事。

その中で、印象深かった言葉がある。

「俺、うまく言えないんだけどさ、『人前でバカになれること』って、一種の哲学だと思うんだよ。ブログとかの文章もおなじでさ。なんだろ、『生きる楽しみ方を知る』みたいな。ブログで変なこと書いてるけど、凄い考えてるもん。やっぱ自分も他の人も読んで楽しいものじゃないとなって。」

時間はあっという間に過ぎて閉店となった。

私は終電に間に合うように駅へと向かう中、改札口まで送ってくれた彼は最後、笑いながら別れ際に呟いた。

「なんか考えすぎてばっかりで、なんかなあ・・・まあ、胃薬でも飲んで、暖かくして寝ればすぐ忘れちゃうんだけどね!まだ話したいこといっぱいあるよ。また来るわー。」
「え?うん・・・とりあえずまた連絡するよ!またねー。」

私は帰路に就きながら、気掛かりだった。

最近文章を書いたり、人と話していて改めて思うのは、本当に言いたかったことは一番最後に出てくることが多いということ。

私が彼と同じ年代だった頃、ある程度の肩書と責任を背負いつつ、仕事をこなしていた。人手不足もあったが、性格的に「人に任せる」事が下手で、管理と現場を掛け持ちして疲弊しながらも「自分さえ我慢すれば」などと歪んだ責任感をもって考え込みながら会社を回していた「つもり」でいた。

そして私は心身を壊し、一線を退いた。

彼の話を聞いていると、昔の自分と重ねてしまう。

根を詰めすぎる。無理が大好物で、独りで背負い込む性分。それが身体に現れている現状。

私の場合は子供が自立していたのが幸いしたが、彼にはまだ支えねばならないものが沢山ある。笑いながら身体の不調を訴えた彼の行く末を案じた。

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2020年2月22日

彼の競馬予想ブログは、いつにも増して熱の籠ったものだった。結果として、彼は見事な万馬券的中を果たした。私は外し、悔しさもありつつ「お見事」とコメントした時、

「あの時、淀ちゃんと車やお店で話した事が、いままでぼんやりと考えていたことを繋げてくれた気がするんよ。」

やはり彼にはこの本を贈るべきだと思い、私は増刷を待った。

2020年2月27日
彼の家にロバートが到着するとAmazonからメールがあった。
私も彼も、いままで「哲学」と正面から対峙する機会はなかったが、ここが入り口でもいいと思う。

思い込みの強い性格だから、この本を読んで、共に「うすらバカ」になろう。

踏ん張りどころは踏ん張って、甘えられるところは少し甘えて、私のように遠回りをせず、ほんの少しだけ自分を大事にしてほしいと願う。

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(「止まった時計」であること -Fin-)

読んでいただきありがとうございました。これをご縁に、あなたのところへも逢いに行きたいです。導かれるように。