海鳥は海洋プラスチックを上手に利用する

レジ袋の有料化に関する議論で海洋プラスチック(陸上で使った後に海へ流れ出したり、漁で使って廃棄されたプラスチック製品のごみ)の削減が理由として挙げられていたことを覚えています。なぜ陸でレジ袋を使うことが即座に海洋プラスチックに繋がるのか釈然としない思いでした。使用済みのレジ袋をきちんとゴミ箱に捨てるようにするだけのことをレジ袋の有料化にまで持って行ったのですから大した剛腕です。

それはともかく、海洋プラスチックが問題であるという認識には異論は持っておりませんでした。ですが、
Patrick Moore: Fake Invisible Catastrophes and Threats of Doom
に海鳥と海洋プラスチックについて興味深い話が載っていました(同じ話がここで読めます)。

例えばWWFジャパンの「今、世界で起きている「海洋プラスチック」の問題」という文章には「プラスチックごみの摂取率は、ウミガメで52%、海鳥の90%と推定されています。」とあります。海鳥が餌と間違えてプラスチックごみを食べてしまい、健康に悪影響が出ているという筋書きです。

廃棄された漁網とかに絡まって身動きが取れなくなって死んでしまう例はあります。しかし、プラスチックごみを摂取したことにより海鳥が死んでしまうのは違うというのが上記の本の中にあった話です(ウミガメについては述べていませんでした)。

1960年代から80年代にかけて海鳥がプラスチックを摂取していることに研究者たちは気付きます。プラスチックの鋭い破片が腸を傷つけるのではないか、消化されないプラスチックが胃に蓄積することで誤った満腹感を与え、栄養不足から餓死するのではないか、胃に蓄積したプラスチックの重みで飛べなくなるのではないかなど、プラスチックが海鳥の健康に与える影響を憂慮した研究者たちは大規模な調査を行います。

しかし、研究の結果プラスチックの摂取は海鳥の健康に何の悪影響を及ぼしていないことが判りました。では、なぜ海鳥はプラスチックを摂取するのでしょうか。餌と間違えて?

それは鳥の消化機能に関係します。

鳥には歯がありません。餌は基本的に丸飲みです。ですが鳥の消化器官には砂嚢があり、丸飲みした餌をあらかじめ飲み込んでおいた小石などと擦り合わせて小さくし、消化の助けにしています。

陸にいる鳥ならばそこらに小石が落ちています。海鳥はこの面では恵まれていません。人気なのはイカの嘴や海底火山の噴火などで生じ海に浮かんでいる軽石などです。運悪く適当なものが見つからなければ彼らはプラスチックを利用します。要するに硬くて丁度いい大きさなら何でもいいのです。

砂嚢の中でゴリゴリと削られたプラスチックが用に耐えなくなると海鳥はそれらを吐き戻し、新たに砂嚢に蓄える素材を探します。海鳥の親はヒナにもプラスチックを与えます。ヒナでいる間は飛ばないので海鳥のヒナは親以上に砂嚢にプラスチックを貯め込んでいたりしますが、いざ飛ぶ段にはきちんとそれらを吐き戻して体を軽くします。

ある意味、プラスチックは海鳥の消化を助ける役割を担ってさえいると言えます。餌と間違えて摂取するほど鳥は愚かではありません。

他にも海を漂流するプラスチックが海の生き物にとっての生息地になっている面があります。分解が遅く長期間海を漂っているプラスチックごみは流木と変わりがありません。流木に海の生き物が卵を産み付け繁殖し、それを狙って魚や鳥がやってくるのと同じことがプラスチックでも起こります。

マイクロプラスチック(小さな破片になったプラスチック)というのも問題視されています。先のWWFジャパンの文にはこうあります。

製造の際に化学物質が添加される場合があったり、漂流する際に化学物質が吸着したりすることで、マイクロプラスチックには有害物質が含まれていることが少なくありません。そして、既に世界中の海に存在するマイクロプラスチックが海洋生態系に取り込まれ、さらにボトル入り飲料水や食塩などに含まれている可能性が指摘されています。
マイクロプラスチックについては、人を含む生物の身体や繁殖などに、具体的にどのような影響を及ぼすのか、詳しいことはまだ明らかにされていません。しかし、本来自然界に存在しない物質が広く生物の体内に取り込まれた結果を、楽観視することは許されません。

今、世界で起きている「海洋プラスチック」の問題

分解しないならプラスチックは生物の体に取り込まれることはありません。糞と一緒に体外へ排出されるか吐き戻されるかです。砂などと変わりません。漂流する際に色々な物質が吸着するのも流木や軽石などと変わらない。「可能性が指摘されている」というのはよく判らないけれどとりあえず脅しとけ、と同義です。可能性といっておけば何だって言えるのですから。

「今、世界で起きている「海洋プラスチック」の問題」で参考文献に挙げられている論文集の中にもこう書いている論文があります。

it is difficult to produce evidence for causal links between ingested debris and mortality, and as a consequence, documented cases of death through plastic ingestion are rare. A direct lethal result from ingestion probably does not occur at a frequency relevant at the population level. Indirect, sub-lethal effects are probably more relevant.
摂取された破片と死亡率との因果関係を占めす証拠を示すことは難しい。そして結果としてプラスチックの摂取による死が報告されたケースはまれである。摂取によって直接的に死に至る結果は人口レベルの頻度では恐らく起こっていない。間接的な、死に至らない影響が恐らく、より関連が深いだろう。(拙訳)

Kühn et al. 2015 : Deleterious Effects of Litter on Marine Life

死に至らない影響でさえも「恐らく」の但し書き付きです。つまりはっきりしたことは何も判っていない。代表的な海鳥であるアホウドリの数は推定値ではありますが、ずっと上昇を続けています(ここのFig.2)。むしろプラスチックはアホウドリには何の影響も与えていないか、むしろプラスに働いている可能性すらあります(可能性、ですからね)。

これを海洋プラスチックを減らすべきだとする論拠にするのは無理があります。

別に海洋プラスチックを放置しておくべきだと主張するつもりはありません。網に引っかかって苦しむ生き物がいると聞けば(それが本当かどうか確かめる術がないとはいえ)心が痛みます。海鳥は上手にプラスチックを利用していてもウミガメは違うのかも知れません。観光や漁業に大きな影響が出ているのも本当なのでしょう。不当に廃棄されるプラスチックごみを減らすべきだという主張に異論はありません。

しかし、目的は手段を正当化しません。論理や証拠ではなく人々の感情に訴えかけることは効果があります。ただ、活動家の皆さんにはあることとないことを一緒くたにして論じるのは止めて頂きたいと申し上げたい。どうせ遠くの海の上の話でバレやしないと高をくくるのもいい加減にして欲しい。論文だってちゃんと読んだら、「あ、こりゃ論拠薄弱だな」と判るでしょう。活動家が溢れんばかりの正義感を持っていることは十二分に承知しています。あとは少しばかりの知的誠実さを持って欲しいと切に願うばかりです。

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