鉢上げは段階的に?


仕事の関係で新しく部屋を借りたのですが、そこのベランダがちょうど南向きで植物を育てるのに向いていることに気付きました。早速バラやクレマチスの苗を買って、ネットで育て方を検索します。いつまでも買ってきた小さいポットのままで置いておくわけにもいかないだろうし、まずは植え替えですね。

ざっと検索した結果によると植え替えの時には、徐々に鉢を大きくしていくものらしいです。植木鉢やプランターなどは大抵、何号とか大きさで番号が振ってあります(号数が大きい方が容量も大きい)。簡単なルールとしては植え替えの度に鉢を一回り大きいものに変えて植え替えていきます。号数で言えば二つほどになります。例えば4号のポットに入っている苗を買ってきたら6号のポットに植え替えて、一年くらいしたら8号のポットに植え替え、また一年で次は10号といった具合です。

しかし、なぜそんな面倒な手順を踏むのでしょう。野菜などでは買ってきた苗は即座に畑に植え付けます。プランターに植え付ける時も出来るだけ大きなプランターが鉄則です。家庭菜園用と書いてあるプランターは犬を洗えるくらい大きい。バラだって同じ植物なのですから、いきなり大きなプランターに植えて何も問題はないはずです。家庭菜園から園芸に入った私は野菜を育てる感覚で考えてしまうので文化の違いに戸惑います。

ネットの記事には大きな鉢は水が抜けにくいので過湿になりやすいみたいなことが書いてありますが、いやいやそんな筈はないでしょう。畑の土の水はけに比べれば、プランターに使う培養土の水はけはザルもいいところです。お高い燻炭やパーライトを使ってるだけのことはあります。畑に植えて畑の土で問題ないのに、なぜ、プランターでは問題になるのか皆目わかりません。

ネットの記事は多くの場合、こたつ記事というか、どこかで調べたことをあまり考えずにそのまま写しているだけのことが多いです。園芸関係は特にその傾向が強くって情報の出典すら書いてないので、どこが大元なのかも判らない。

こんなとき、私の場合はRobert Pavlis氏を参考にします。論文などを論拠に持ってくるので、説得力が違います。氏といつでも全面的に意見が合うというわけでもないのですが、参考文献が得られるのは実にありがたい。

氏の記事(Potting Up – Which Pot Size is Correct for Potting On?)によると段階的な鉢上げとかしなくていい、出来るだけ大きなプランターに植え替えろとのことです。おお?って感じですね。あとはイングリッシュローズの高名な栽培業者にDavid Austinっていう会社があり、そこが上げているYoutubeの動画でも、いきなり大きなポットに植え替えることが推奨されています(面白いのはそういった動画には、そんなことしていいの?って戸惑ったコメントが必ずついていることですね)。

しかし、園芸の世界での趨勢は圧倒的に段階的鉢上げ派です。数多のこたつ記事は置いても、バラの家という日本の著名ナーセリーもそうですし、何より園芸の世界的権威であるところの王立園芸協会(RHS)もOverpottingという記事を書いて段階的鉢上げを推奨しています。

世界の趨勢と長年の経験に支えられた段階的鉢上げ派と、説得力はあるのかも知れないが圧倒的にマイナーな大きなプランター派。どっちについていくのか非常に迷います。しかし、いつまでも迷っている場合ではありません。私の買ってきた苗が植え付けを待っているのです。

では、大きなプランターに直接植えることと段階的鉢上げにはそれぞれどんなメリットがあるのでしょう。順に見ていきたいと思います。

大きなプランターに直接植え付ける利点

  • 植物の生長に良い
    植物を大きく健康に育てようと思うなら、充分に大きなプランターは必要不可欠です。The Effect of Container SizePot size matters: a meta-analysis of the effects of rootingvolume on plant growthといった論文もあり、小さなポットで育てることは明らかに植物の生長を阻害します。段階的植え替えでは、どういったタイミングで植え替えるのかにもよりますが、やはりある程度根が詰まってから植え替えるので、最初から大きなプランターに植える方が植物の生長には有利です。
    また、植物の根には高すぎる温度も低すぎる温度もよろしくありません。シロイヌナズナの例では地中温度32℃で根の生長が止まるという論文があります。小さなプランターは熱容量が小さいので、プランターの温度が上がったり下がったりしやすくなります。

  • 植え替えによるストレスを減らすことができる(植物も人も)
    これは別に論文があるわけではないのですが、根詰まりでもしていない限りは植物の根はいじらないのが鉄則ということになってます。頻繁な植え替えはどうしても植物の根をいじることになりますし、植物に無用なストレスを与える筈です。
    頻繁な植え替えは人間にとっても作業が増えますし、植え替えを繰り返すと中途半端な大きさのプランターが増えていくことにもなります。

段階的鉢上げの利点

  • 小さなポットは取り扱いが楽
    取り扱いが楽になることは特に観賞用の植物に特に大きく働きます。例えば水やりにしても、小さなポットなら量りに乗せて、あらかじめ決めた基準に従って水やりをするなんてことが出来ます。日当たりが良い場所に移動させたり、長雨や冬越しの為に屋内に取り込むなんてこともポットが小さければ簡単になります。段階的鉢上げによって、出来るだけ長い期間より小さなポットに制限しておくことは作業上、多大なメリットをもたらします。

  • 植物の大きさを制限できる
    逆説的になりますが、観賞用の植物は野菜やらと違って植物をただ大きく育てればいいというものではありません。植物を置く場所や鑑賞者の美意識によって適切な大きさというものが存在します。最初から、この植物はこの鉢ならこのくらいまで大きくなるだろうというのが判っていればいいのですが、そうでもなければ鉢を徐々に大きくしていって様子を見ながら植物を適切な大きさに制限できることは大きなメリットです。
    もし、初めから大きなポットに植えて、挙句大きくなり過ぎてどうやっても邪魔だとなってしまうと植物の処分はプランターの大きさとも相まって大騒動になり得ます。
    逆に、先に挙げたDavid Austinで言えば、彼らにはバラというものはこれこれこういう大きさで、花はこう咲いてという美意識がはっきりあるのだと思います。ですので、出来るだけ早く彼らの考えるバラの大きさに到達して欲しいという思いで大きなポットを推奨しているのだと私は考えます。

  • 初期投資を削減できる
    特に私のような初心者には大きなメリットになるのがこちら。
    プランターって高いです。用土も高い。ブランド物は天井知らずですが、バラやらクレマチスの専用用土となるともっと高いです。ですが、段階的鉢上げでスタートするとして、6号鉢なら100円ショップで買えて、培養土も数リットルも要りません。ところがいきなり深鉢の12号とかに植えようとするとプランターは千円を超えるし、培養土も大袋が必要です。例え将来的には同等以上の出費が必要になるにせよ、うまく育つか判らないものにいきなり多額のお金を掛けるはめになるのはあまりうれしくはありません。

  • 水やりのタイミングが異なる
    幾ら水はけのいい培養土を使っていても、水を与える回数を増やし過ぎることは根腐れの原因になるので避けるべきです。初心者用の園芸ガイドには大抵、頻繁に水を与えるのは良くないと書かれています。ですが、私なんかもそうですが、やっぱり苗を買ってきた当初は何かと手を掛けたくなるものです。小さな鉢では根に対する土の量が少なくなるので、土がより乾燥しがちになります。従って、水やりの回数を多少は増やしても大丈夫です。大きな鉢では、水やりに適した乾燥具合になるまで、じっと待っている羽目になります(土に人差し指を第二関節まで突っ込んで、湿り気を感じるようなら水はやらない、だそうです。そのうち土が穴だらけになる予感がしますね)。

  • 小さなポットは場所をとらない
    ナーセリーには大きな利点です。育苗業者は苗を売るのが仕事なので、ポットを大きくすることに意味はありません。ポットが小さければ限られた温室を有効に活用でき、取扱品目も増やすことが出来ます。

  • 鉢上げの時に用土や肥料を補充できる
    これについては実は私は半信半疑です。
    プランター用の培養土は有機物の割合が高く(40%から100%)、数年も経つと段々と分解されて行きます。肥料分も最初に混ぜ込んだ分は、植物に消費される、水に溶けて流出する、微生物が使って空気中に逃げるなどの経路で減っていきます。それを鉢上げの時に用土を補充することで補うことが出来るというのが理屈です。
    ただ、段階的鉢上げでも基本、根鉢は崩しません。従って根のあるところの土の有機物は補充されないという理屈になる筈です。また、培養土に使っているピートモスやココハスクも分解には数年は掛かる筈です。その頃には段階的鉢上げで順調に鉢上げしていくと最初から大きなポットに植え付けたのと同等の大きさのポットに植わっている筈ですから、大した差はないことになると思われます。
    肥料に関してもプランターでは化成肥料をつかいます。いくら緩効性の肥料を使ったとしても2,3か月程度で肥料はなくなります。結局、一年の大半は置き肥に頼っているので、用土を補充するときにわざわざ肥料を混ぜ込むことに大した意味があるとも思えません。

さて、どうしよう

結局、どちらにも一長一短があります。しかしながら、観賞用の植物で限定すると段階的鉢上げに軍配が上がるような気がします。結局のところ、プランター栽培の最大の利点は植物を移動させることが出来るということでしょうから、巨大プランターに植え付けることでそのメリットを潰しにかかる理由もないでしょう。
逆に、植物の置き場所が決まっていて動かす予定もなく、大きさもなるべく大きくしたいといった事情があれば、最初から大きなポットに植え付けることは植物の生長に有利に働きます。

結局

私は35リットルのプランターを買ってくることにしました。大散財です。繰り返しになりますが、培養土って本当に高いです。鉢はベランダに置いて動かす予定もないですし、やっぱり野菜栽培育ちなので、植物は大きくなってなんぼと考えている節があります。何年か経って大きくなり過ぎたら仕方ない。それはその時に考えるようにします。

と、その前に、今、目の前にある苗たちが本当に手に負えないほど大きくなってくれたらそれはそれで実にうれしいんですが、果たしてどうなることでしょう。

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