土作り=土壊し?


野菜を育てるにはまず土作りが重要とはよく言われることです。ウェブの情報に限らず園芸のムック本も一冊丸ごと土作りを扱った本が大量に出版されており、微生物が住みやすいふかふかの土が最適なので、そのためには堆肥や石灰を始めとする様々な資材を土に漉き込みましょうなどと書いてあります。

ですが、この微生物の豊富なふかふかの土という表現には矛盾があります。微生物が豊富だと土はふかふかにならないからです。

土に住むバクテリアは分泌物を出して泥や砂のごく小さな粒を固めていきます。実際、土を手で触るとべたべたします。菌類は土の中に菌糸を張り巡らせネットワークを張り、土の小さな塊同士を結び付けます(1gの土の中には200mの長さの菌糸が張り巡らされているという推計がなされています)。植物にとっては問題ない固さですが、微生物は土を到底ふかふかとは言えない固さに固めていきます。

ミミズの糞は丈夫です。地上の糞塚はミミズが死んだ後でもずっと残っています。地中では糞はミミズの通り道を補強する役目を担います。地中には補強済みのトンネルが縦横無尽に走っています(このトンネル付近は空気や水の通りも良く、栄養も豊富なので独特な生態系が発達します。土壌生態学にはミミズの通り道付近の環境を表すDrilosphereという言葉があります)。

ミミズの糞塚

団粒構造というと小さな団子が積み重なったイメージかも知れませんが、その玉同士も密接にくっついています。例えるなら巨大なカド消しのような感じです。

カド消し

堆肥を漉き込んだ後の土は柔らかくなっていて、いかにもふかふかです。手触りも心地よく、良い匂いさえします。ただそれは微生物など土壌生物が作った居場所を壊し、ばらばらになった残骸を指してふかふかと言っているのです。

近年、不耕起の利点も周知されてきて先のムック本でも扱われていることが多いです。堆肥漉き込み型とは宗派が違い、並べるとお互いに矛盾しちゃうので完全に別ページで扱われます。

土の写真を見るのですが、明らかに色が違います。堆肥漉き込み型は茶色で、不耕起だと黒い。

宗派は違えど毎年立派な野菜を作っていて密かに尊敬しているご近所の畑
耕運機で耕して1週間後、畝を作る前
許可を得て撮影させて頂きました
裏庭の不耕起の畑
マルチを除けたところです

土の色は土壌有機物(Soil organic matter、以下SOM)の量を反映します。SOMと微生物の量は良い相関を示すので、黒い土は微生物の量が多いと言って差し支えないです。

アメリカの1930年代のダストボールの経験(別稿)から、耕起などの農作業が土壌有機物や微生物の量にどのように影響を与えるかについて詳しく調べられています(文末に参考文献を挙げます)。

結論は同じです。土を掘り返すことで土の中に酸素が供給され、有機物の分解を促進します。微生物の量は一時的に大きく増えるもののSOMはがっつり減少し、その後微生物量も減少したSOMに連れて減少します。特に深さ10cmくらいまでの表層土の易分解性のSOMで影響が顕著です。

耕起がどれだけSOMを減らすかという事については、参考文献の最初に挙げたAraújoらに事例が紹介されています。

南イタリアで1966年から2000年まで長期のフィールドテストが行われました。トウモロコシと冬小麦を育て、有機農法で牛糞と作物残渣を土に漉き込んでいます。結果、2000年にはSOMは1966年時点に比べて12%減少していたということです。

これらの研究は土を掘り返すことと微生物やSOMの関係について調べたもので野菜がどれだけうまく育つかということとは直接関係がありません。ウェブの情報を書いている方もムック本で紹介されている方も土の微生物がどうだろうが、(私などとは比べ物にならないほど)きちんと立派な野菜を収穫されているだろうことには疑いがありません。

土中生物は居ればいたで植物の生育に良い影響(別稿)をもたらします。しかし実は必須の存在というわけでもないようです。水耕栽培など微生物に一切頼らなくても人間が環境を整えてやれば植物は立派に育ちます。畑の神様とさえ評されるミミズも北アメリカやオーストラリアでは侵略的外来生物で、ミミズがいなくても植物は大きく育ちます。耕起と不耕起でどちらが作物が良く育つかという比較さえ、まだ結論が出ているとは言えない状態のようです。

土を掘り返すことには土の表面を均して苗の植え付けや種まきを容易にするなど作業性を改善するなどの意味もあり、野菜を上手に育てるという点では役に立ちます。ただ、土の中の生物にとっては優しくありません。

土を掘り返し、堆肥を漉き込むという作業は立派な野菜を育てるという点ではきちんと目的に沿ったものです。ですが、立派な野菜が育ち、しかもその上で微生物の豊富な土を育てるという点では間違っています。

堆肥の重要性については異論はありません。様々な方が色々な堆肥の作り方を紹介されており、見ているだけで心躍ります。土に有機物を供給することは大事です。ですが土を掘り、土に漉き込む作業が土中生物にとって問題なのです。

土中生物にとっては良い方法は堆肥を漉き込まず、土の表面に乗せておくことです。後は彼らが好きなように分解したり土の中に引き込んでいきます。土の表面の堆肥は雑草除けにもなります。最近の商品で敷き詰め堆肥として土の表面に撒くための堆肥も発売されています。サンプルを覗いてみたのですが、雑草除けを主機能にするためにあまり分解しない木質分を多く配合して長期間マルチとして保たせるようにしているようです。良いアイデアだと感心したのですが、私には高くて買えませんでした。

作業手順はかなり変わると思います。堆肥の上に種を撒いても発芽しにくいでしょうし、植えたばかりの苗に堆肥がかぶさって苗を潰してしまっては一大事です。無難なのは植え付け予定の部分をあらかじめ空けておいて堆肥を散布するか、植物がある程度大きくなってから周りに堆肥を撒いておくことでしょうか。畑の見た目も多少変わるでしょう。

繰り返しになりますが、立派な野菜を育てるためならばそのような変更をする必要はありません。畑の目的はまず第一に農作物を育てることです。それ以外の目的の為にわざわざ長い間慣れてきた、しかも実績のある作業工程を変更する必要はない、と言われればぐうの音も出ません。ですが、土中有機物が多く含まれ微生物が豊富な土を作るためには土を掘り返さないことは重要なことです。

あなたの畑の土に住む小さな生物たちに幸いあらんことを。

参考文献

  • Araújo et al: Different soil tillage systems influence accumulation of soil organic matter in organic agriculture

  • Sˇimon et al: The influence of tillage systems on soil organic matter and soil hydrophobicity

  • RUTBERG et al: THE EFFECT OF TILLAGE ON SOIL ORGANIC MATTER USING 14C: A CASE STUDY

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