二酸化炭素、大好き

初夏のトマトやゴーヤを見ていると不思議に思うことがあります。日毎に大きく成長している植物の体の元はいったいどこからやってくるのだろうということです。理科の知識としては、植物は空気中の二酸化炭素と根から吸い上げた水を使って光合成を行い体を大きくしていきます。植物の体を作る炭素は空気中にほんのわずかしか含まれていない二酸化炭素によるものです(植物がもっと高分子の有機物を吸収できるという議論があり徐々に証拠も積み上がってきているようですが、量としては二酸化炭素による炭素量の方が圧倒的に多いです)。知識と実感との乖離が大きすぎて、植物ってすごいなと思わざるを得ません。

二酸化炭素は植物にとって必要不可欠な存在です。現在の植物の大半を占めるC3植物では大気中の二酸化炭素濃度が50~70ppmになれば植物は成長することが出来ず死んでしまいます(高温と乾燥に対応して進化したトウモロコシなどのC4植物は二酸化炭素濃度がもっと低くても生きてはいけます)。2021年の世界の平均二酸化炭素濃度は415.7ppmだそうですが、C3植物としては700から800ppm(種類によっては1000ppmを超えても)くらいまでは光合成にとって有利となり植物の成長は速くなります(C4植物はもっと低レベルで頭打ちになります)。また植物は二酸化炭素の吸収の為に気孔を開けておく必要が少なくなり水を効果的に利用できるようになり乾燥に対する抵抗性も上がります。これら二酸化炭素の施肥効果は実験場での話だけではなく、実際に施設園芸ですでに実用化されています。農業設備のカタログなど見ればビニールハウスに二酸化炭素を供給する様々な機械が販売されていることが判ります。

二酸化炭素濃度を現在より300ppm増加させたら作物がどれだけ大きくなるか
近年の二酸化炭素濃度の変化
世界の穀物生産量(赤)、耕地面積当たり(青)、耕地面積(緑)の変化
生産量の増加には二酸化炭素濃度の増加の他、品種改良、化学肥料の導入、灌漑設備の整備、農業技術の発達、機械化など多くの要因が寄与しています

太古からの時間スケールでは何回かの大きな変動を経ながらも二酸化炭素濃度は大体低下傾向にありました。

二酸化炭素濃度(紫)と気温(青)の地質年代的推移
横軸の数字は百万年単位

植物は地中に根を張ったり、様々な化学物質を放出します。ミミズなどの土壌生物も地上から有機物を地中に引き込みます。それらの有機物の多くは微生物によって分解され二酸化炭素として空気中に放出されますが一部は腐植と呼ばれる分解しにくい物質に変わります。また土壌中の微生物の働きが活発なら土は徐々に(園芸趣味ならみんな大好き)団粒化し、黒い粒状になるのですが、その粒の中心部はあまり酸素が供給されないため有機物の分解が進みません。土壌中の炭素の量(Soil Organic Material)は微生物の働きの有力な指標となっています。多いほど肥沃な土として土壌生態学的には良いのですが一方でその炭素は生物の利用に供されるべき循環からは外れてしまいます。他にも水中で有機物が腐食した泥炭なども炭素が循環から外れる要因の一つです。地球の歴史上でもキノコなどの菌類が登場するまでは木に含まれるリグニンは分解されず、多量の炭素が循環から失われました。かくして極めて長い時間では生物に利用できる炭素の量は減っていってしまいます。炭素は生物の体を構成する主要な元素の一つです。地球上に存在する生き物の総量の決定要因にもなり得ます。このことは地球上の全ての生き物にとって大きな意味を持ちます。

そこに登場したのが人類です。産業革命以降、石炭や石油などそのままでは生物に利用できない形の炭素を燃焼させ、二酸化炭素に変えて空気中に放出することで炭素を生物の循環に戻しています。このことは人間にとっても農業生産力の増大など恩恵をもたらしましたが、植物の光合成量の増加を通じて自然界を豊かにしています。


植物が増えると動物も増えます

他にも人類の自然に対する貢献として窒素やリンの循環が挙げられます。肥料としてお馴染みの窒素やリンですが生物の体を作る主要元素です。

窒素はたんぱく質やDNAなどを作るのに必要です。窒素は化合物中の窒素なら生物に利用可能なのですが微生物によって窒素分子まで還元されてしまうと生物にとって利用できなくなります。落雷のエネルギーや、マメ科のほかに幾つかの植物と共生する微生物が空気中の窒素分子を化合物に戻せるのですが落雷の頻度は多くありませんし、植物と共生している微生物もその植物が使う分しか働いてくれません。土壌中の微生物が窒素を還元するスピードには勝てないので炭素と同様に長期間には徐々に窒素も生物が利用できる循環から失われてしまいます。ここでも人類は大規模にはハーバー・ボッシュ法、小規模にはディーゼルエンジンなどを使って空気中の窒素分子を化合物に変え生物に利用出来るようにしました。

リンはDNAや細胞膜などを作るのに必要です。リンは土の中ではあまり動かず、かなり安定的に利用できるのですが、川に流れ出たリン化合物は海に運ばれ循環から外れます。これを人類は隆起したリン鉱床から生物に利用できるように肥料として散布しまくっています。

自然は一見完璧なバランスを保っているように見えるかも知れません。しかしとても長い時間の中では別にそんなこともないのです。大きな変動を繰り返しながらも全体として自然は極めて緩やかにではありますが衰退と自死への道のりを歩んでいました。様々な記事や物語で自然の破壊者として描かれることばかりな人類ではあります。そんな文章を読むと私も人類のはしくれとして悲しい気持ちになります。ですが自然界の生き物の衰退に待ったをかけ、地球上の生物の量を増やすという点において人類は、特に産業革命以降の人類は実に偉大な業績を成し遂げ続けているのです。

政府は二酸化炭素の排出量を減らそうとしきりにキャンペーンをしています。にも関わらず私は今日も、お茶やコーヒー、お風呂の為のお湯を沸かしたり、何より自分が呼吸するために二酸化炭素を排出してしまいました。その二酸化炭素は風に乗って運ばれていき、どこか遠くの木や知らない場所に生えているタンポポ、ハコベやホトケノザ、またはうちの裏庭の野菜たちをほんのごく僅か大きくするのに使われます。私はそのことをとても幸せに感じるのです。


補足1

二酸化炭素の増加は地球温暖化を招き、生物の大量絶滅を引き起こすと脅かしてくる人がいます。地球温暖化は人間にとって都合が悪いのかも知れませんが大量絶滅の方は本当でしょうか。気温など一日のうちでも10度くらいは変動します。年になればもっとです。なぜ100年で2~4℃上昇したくらいで大量絶滅するほど生き物がひ弱だと仮定しているのかが理解できません。うちの庭に住み着いている変温動物のトカゲでも夏の盛りには午前中に、秋口になるとお昼時に活動時間を変えて対応しています。

9月の日本トカゲ

植物は根を張っています。せいぜいが蔓を伸ばすか地下茎を這わせるか位でほとんど動けないように見えるのですが、その代わりに種子や胞子を風や川の流れ、動物を使って広範囲に拡散しています。それらのほとんどが発芽条件が整わなかったり他の植物との競争に負けて大きくなることは出来ないかも知れませんが環境の変化に対する保険になっています。カレル・チャペックは「園芸家12ヵ月」という本で、園芸家にとって「ちょうど良い気温などない。暑過ぎるか寒過ぎるかのどちらかだ」と書きました。植物にとっても年年歳歳変わってきた、そして変わっていくだろう環境に対応する術はちゃんと備わっているのです。

補足2

二酸化炭素の増加による植物の肥大に伴って農作物の栄養が減るという研究があります。確かにミネラル分など一部の栄養素で作物の肥大にミネラル分の根からの吸収が追い付かず栄養素は減少しているようです。しかし逆にビタミンCなど増える栄養素があることも知られています(NIPCC: Climate Change Reconsidered II Biological Impacts)。何より栄養素がほんの1,2パーセント減っているのに対して植物の肥大の割合は桁違いに大きいのです。ちょっと量を多く食べれば栄養素の減少量は補えるので二酸化炭素の増加は総体として栄養供給の面でも大幅にプラスだと言えます。



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