
紅葉【3分で読める理科ミステリ】
季節は秋。
夏が好きな俺にとって、冬へ向かっていくこの時期はとても苦痛だ。
「今日はだいぶ冷えるな」
気を紛らわせようと、俺は隣の奴に話しかけた。
「そうだね。昼の暖かさが嘘みたい。僕も驚いてるよ」
出会って1年も経っていないが、この柔らかい口調のせいだろうか、こいつと話している時間は気持ちが落ち着くのだ。
校舎の鐘が鳴り、周りは暗くなっていた。街灯の明かりがあたりを照らしている。
部活を終えた奴たちが楽しそうに話をしながら学校を去って行く。
俺は、地面に落ちている枯れた葉っぱを見てこう呟いた。
「あのさ、どうしてこの時期になると葉っぱって黄色くなったり赤くなったりするんだろうな」
「なんだ君、そんなことも知らないの?」
冷たい態度だが、これが奴の平常運転だ。
こいつは俺と同い年とは思えないほど豊富な知識をもっている。そして俺は、そんなこいつの話を聞くのが嫌いではなかった。
「まず、葉がどうして緑色か知ってる?」
「……」
考えたこともなかった。
「あれはね、葉の中にある葉緑素という成分によるものなんだ。"葉の緑の素"だから葉緑素。覚えやすいでしょ?」
「なるほど」
いつも通り、俺にもわかるようなやさしい言葉で説明してくれる。こいつが理科の先生をやっていたら、この学校の学力はもっと伸びていただろう。
「実は、葉の中には黄色の成分もたくさん含まれてるんだけど、いつもは葉緑素の緑色の方が強くて見えなくなってるんだ」
「目に見えるものだけが全てじゃないってことだな」
キザなことを言ってしまった気がして少し恥ずかしくなった。
しかし、そんなことを一切気に留める様子はなく、話は進んでいく。
「葉緑素は日光が長くあたる夏の間、光合成をして栄養源の"デンプン"を葉の中にたくさん作る。でも冬が近づくと太陽の日射時間が減って、作れる栄養源の量はグッと減ることになる。そうなると、むしろその葉を維持するコストの方がかかるようになるの」
「役に立ってたと思いきや、次は全体のお荷物ってわけか?」
「その通り。だから気温が下がると葉緑素は自身の分解をどんどん進めて、自分がもってる栄養を幹に送るんだ。そこで問題。緑色の葉緑素が分解されたら、葉は何色に見えると思う?」
「隠れていた"黄色"が見えるってわけか……」
「正解。これが秋になると葉が黄色になる理由。赤色になるやつは葉緑素の分解と同時に、赤色の成分を葉に作り出してるの。いずれにせよ、葉が枯れて落ちる前に、栄養を幹に返す仕組みってことだね」
「はぁ……まるで遺産付きの遺言じゃねぇか」
「良い表現だね。僕は好きだよ」
珍しく褒められ、俺は嬉しくなった。
「ちなみにね、鮮やかな赤色になるためには、十分な光を浴びることが必要で、昼と夜の寒暖差が鍵を握ると言われてる」
「お前は本当に物知りだな」
校舎の隙間から冬の始まりを感じさせる冷たい風が吹き、俺の体は大きく揺れた。
「僕はね、知らずに死ぬのと、知っていて死ぬのなら、"知っていて死ぬ"方が良いんだよ」
そう言い残し、そいつは何メートルも下にある地面に
ゆっくりと
落ちて行った。
その色は、校舎の陰に隠れていた俺とは違い、周りのどの葉よりも鮮やかな赤だった。