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【〜戯れ交叉〜orchidノ昼休ミ】

戯れ交叉はハイドラさん作『Swinging Chandelier』シリーズに呼応した噺。
『Swinging Chandelier』の登場人物に関する背景や描写等は、全てハイドラさんから了承をいただいていることを宣言して―――さあ、開演。

まずはこちらから Swinging Chandelier-2:双子

「綺麗な人でしたね」 

 晴れた秋空の下。いまどき信じられないことに屋上が休憩場所として開放されているビルの屋上。現れたのは色白の華奢と、扉を押さえて先を歩かせる背高の背広姿。ドアのすぐそばに腰を下ろして、コンビニの袋の中に手を突っ込んでガサガサと音を立てて漁り始めた。本日は営業帰りの遅い昼食。
 漁っているのは、昼食のサンドイッチやおにぎりだけではないのかもしれない。というのも……。

「まあ……そうだな」

 隣の背高が、やたら歯切れ悪くおにぎりのビニルラップを剥くものだから。店舗限定の爆弾おにぎりを無傷で剝くのがささやかな特技だというのに、今日に限って海苔が一欠取り残されて溜息。
 それを見た華奢は漁る。すかさず漁る。何を?情報を。
 コンビニで指先が出会って、会議室で再会したあの綺麗な人のこと。

「昔から変わらないですか?」
「昔は、髪が長かった」
「へえ。……じゃあ、着せるなら4のDにあったコルセットがいいかな……素材柔らかいし、腰のラインに自然な緩急がついて絶対綺麗になる」
「自分が着たいって言ってなかったか」
「それは3のAです。……なんであの場でオーダーさせてくれないんですか」
「そういうのは正式に紙を揃えた後だ」
「なんとかならないんですかその辺だけ昭和な段取り」
「世界は思っているよりアナログを渇望してるんだよ、御子柴」

 話しているのは、本日の大成果と褒められるべき商談のこと。年の近い二人が世代ギャップを語る様子は、至って平穏である。
 汚れても構わないポリエステルの無地ストールを敷いて、マーメイドスカートを都会の埃から守る色白な華奢は、ツナサンドを小さく噛み、その隣にどかりと座る背広姿は、大きな一口で店舗限定の爆弾おにぎりを頬張った。
 未来を切り拓く若き社会人の至って平穏な――、

「寝たんですか」
「――っっん、ぐ、ちょっどまで!」
「分かりやすい回答で後輩は助かりますよ、先輩」

 ――平穏な遅い昼休みである。

「いいですよ、ひとしきりむせてください」
「御子柴、おま、おぼぇっ」

 卵焼きの破片が気道に入りかけて緑茶で流し込めていない背高の先輩を、華奢な後輩は性悪猫のような目で見上げて、そのまま視線を近くに散らした。
 打ちっぱなしのコンクリート。屋上緑化計画で鑑賞花の鉢植えやらグリーカーテンの失敗作が隅っこに残るという、張り切って始めた割に手入れが雑なところが、個人的にはツナサンドの次に気に入っている。
 平穏である。

「ああまったく、お前は人が食べているときくらいだなっっ」
「自分もいま照りたまサンド食べてます」
「……御子柴」
「何ですか」

 平穏である。
 ほら、バスケ上がりの大きな手が、色素の薄い髪を無造作に撫でて、顔を上げさせて、真剣な顔でこう言うから。

「妬いて拗ねていい。ただ……交際とかじゃないんだ。本当に。お互い何か迷っていて、間が悪く噛み合った。一回だけ」
「――――、」

 ほら、櫛を通せば大体手間いらずのセミロングの髪が、崩されても気にする余裕もなくきょとんと見上げて全部聞いてしまっている。からかい倒して、いじめ倒すために爪を研いでいたのに、いつのまにか額を優しく撫でられている。

「……それは、悩ませてすみませんでした」
「それはもう言わない約束したろ」
「じゃあ……」

 潔すぎる直球に面食らった性悪猫は、バツが悪いのか斜め下に視線が逃げて、少しだけ考えたあとに、そのまま背広の肩に額を寄せた。

「今日はタバコください。自分の一本あげます」

 甘え下手な性悪猫の髪を軽く手櫛した背高は、文字通りほっと一息ついて、焼鮭が覗く爆弾おにぎりの続きを頬張った。
 学生の頃だったらもうひと悶着あっただろうな、というのは心の独り言。

「学科は違ったんだが、何の講義だったかな建築絡みの美術史とかあのあたり。俺は臨時休講の暇潰しで、席が近かったんだ」

 あまり興味がなさそうな横顔をしている割に、横髪を耳に掻き上げながら動かすペンの速さが、最初の印象だった。

 食後のマルボロが半分ほど燃えた頃、隣もサンドイッチとエネルギーゼリーを食べて薬も飲み終わっているだろう。唇から離した吸いかけを、そのまま隣の口元にもっていった。色白の肌を彩るモーヴピンクの口紅が、柔らかい感触と一緒にほんの少しだけ指に触れて、残る。

「食堂で居合わせてなんとなく雑談していたら、引出の多い人で話しやすかったんだ。論文の書き方とか、人間関係とか、本当に面倒見が良くてな」
「確かに、知識をアクセサリーにしないタイプでしたね」
「……あとは?」

 差し出されたピアニッシモの箱から一本取り出して、ライターをつける音。

「ん、そうですね……」

 香水ともツナサンドともコーヒーとも合わない重さのタールとニコチンを喰みながら、白灰色の吐息を秋晴れへと送る華奢は、少し遠くを見たまま言った。

「僕も寝たかったな」
「こーら」
「これでおあいこですよ、隆幸」

 名前で呼ばれた唐突に対して盛大に呻いた背高を、華奢な性悪猫は今度こそ顔を逸して、口元を軽く押さえながらくつくつと喉を鳴らした。

「まったくこいつは……。ほら、今日は昼のマルチレイドもやるんだろ。電池まだあるか?」
「もちろん」 

 平穏な詰問が紫煙と秋風に踊る、平穏な昼休み。

これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。