見出し画像

Swinging Chandelier-2:双子

本作『Swinging Chandelier』は暁夜花さま作『戯れシリーズ』に
おける登場人物がクロスオーバーします。
また公開された作品は全て事前に
暁夜花さまの目を通してあることをお知らせいたします。

暁夜花【戯れシリーズ】

Swinging Chandelier-2:双子

 今の仕事が好きかどうかと訊かれたらまあ好きな方だ。大企業というわけではないけれど分野としては面白いし、うちの会社はわりあい休みも取りやすい。まだ発掘されていない無名のパターンナー、デザイナー、彫金師、陶芸家、革細工職人……そう言った人間の中から才能のある人を探して、うちの会社が企画するイベントや借りたテナントに出店してもらったり、マーケティングの講座を紹介したりする。その中で信頼関係ができれば、会社のブランド商品として売り出すこともある。まあそのくらいの規模の会社。だからというか、わたしのような内部のスタッフにもものを作ることが趣味の人が多い。わたしは特に今のところ何も生み出せてはいないが、誰かの作品を見るのは好きだし、ざっと軽くだが作家のレベルもわかるようにはなった。あとは特に格式張った朝礼などもなく、自分の時間を割り当ててて仕事ができるのも今の会社の中々好きな所だ。
「おはようございます」
荷物を下ろしてからさゆりさんに声をかけた。隣の机のさゆりさんはわたしの二年先輩で、よく一緒の仕事をする。
「おはよ。やだあんた顔色良くないわよ」
加湿器の部品を拭いていたさゆりさんが顔を上げる。
「昨日あんまり眠れなくて、そしたら朝ごはん食べ損ねちゃったんですよね」
「あら今日来客だから緊張した?まあでもあんた仕事はしっかりやるから大丈夫だと思うけど」
さゆりさんの縁の太い眼鏡にゆるく巻いた髪がかかっている。この人はよくわたしに向けて、ふふ、って感じに笑う。今の仕事の大半はこの人に教わってきた。教えることはもうほとんど無いと言われているが、息が合うので今でも同じ案件に関わることが多い。
「さゆりさん、わたし下のコンビニでご飯買ってきてもいい?やっぱり空腹だとちゃんと仕事できないかもー」
お願いお姉ちゃん、という感じに見上げると、さゆりさんは約束したようにお姉ちゃんの顔になって言った。
「いいわよ。その代わり食べながらでいいから今日の資料確認しなさいね。あとファイブミニ買ってきて。加湿器掃除一緒にやるって言ったけど結局一人で終わっちゃったから、これはあんたの奢りね」
はいはい、と席を立つ。
「まあ今日の面談は天下のアトリエさんの子会社だもんね」
確かににずいぶん大きな会社の系列。いつもよりは少し、緊張度合いは高いなと思いながら、エレベーターに向かった。
 
 昼前の入荷が終わったばかりだからコンビニの商品はかなり充実している。サンドイッチのコーナーでツナとレタスを一つ。さゆりさんから頼まれたファイブミニを一瓶。わたしも何か飲もうかなと、店内後ろの方にあるドリンクコーナーを眺める。甘いものを飲む気分じゃないけれど、お茶というわけでも、そうだ炭酸水、と扉に手を伸ばして、その時右から不意に手が伸びて来た。
「あ、すみません」
顔を見るより先に二人同時に謝った。ここのように複数のオフィスの人が利用するコンビニでは珍しくもないことだからだ。けれど顔を上げて、どきりとした。
 相手はわたしより背が高くて、少し骨ばっているが不健康な感じはしない。締まっているという感じ。膝丈のマーメイドスカートを穿いているのだが、膝から下の足がまっすくに長く、尖ったくるぶしのすぐ下をストラップで留めた靴は柔らかそうな黒革。細めのおとがいの上の唇はやや青みのあるモーヴピンク、グレーとラベンダーで彩られたまぶた。
 完璧。
「ああごめんなさい、お先にどうぞ」
「どうも」
短めに返事をする、見かけない人だ。ただわたしがこの時間はあまりコンビニを使わないから、普段からいたとしてもわからないけれど。その人は商品を選ぶと真っ直ぐにレジに向かい足早に店を出て行った。待ち合わせでもあるのだろうか。いいね、後ろ姿もすごく綺麗。
 
 十一時。約束の時間が来たので会議室に移動する。来客用のお茶を用意し終えたあたりで今からお通ししますと内線で連絡が入る。
扉から見えたのは割と上背のある、わたしと同じくらいか少し年下に見える顔立ちの、待て、そのどうしようもなく真っ黒な、撫でつけるのに苦労するくらい真っ直ぐな髪質の、なかなか合うジャケットがないと言っていたその肩幅、そしてその礼儀正しいのにやたらにでかい、
「失礼いたします」
その声。
挨拶を忘れている私と、その男の目が合った。
「大貫。……くん、」
豆鉄砲を食らった鳩がもう一羽に増えた。
「え。上條先輩、」
男の、大学時代の後輩、大貫隆幸おおぬき たかゆきの、名刺を出しかけた手がそのままになっている。卒業してからまるで会わなかったが顔は変わっていなかった。そのくせ雰囲気は、足で仕事する営業マン。
「あらお知り合い、なら話は早いんじゃないかしら、まあとにかく座って」
さゆりさんが席へ促す。絶対あとで理由を聞かれて、そして笑うに決まっている。しかもさっきコンビニで見つけたあの綺麗な子、大貫と一緒に来たのかよ。うしろでさゆりさんと同じく面白いものを見た顔をしていて、少しきょとんとした顔も綺麗、そうじゃなくて。
 
「だから元カレとかじゃないですよ。大学の後輩。学科も違ったし。なんかの授業で一緒になって、で話すようになって。一緒にゲームしたりとか」
仕事終わりに安めのイタリアンに寄りながら、笑い続けるさゆりさんにわたしは話した。
「仲良かったの?」
「まあ、割と。可愛かったんですよ。先輩、先輩、ってわたしのことちょっと心配そうにしてて、自分の恋愛相談とかもわたしにどんどん話しちゃう方で。なんていうか、素直でいいやつですよ」
「ああ」
と、さゆりさんはにやにやしたまま、軽めの赤ワインが入ったグラスをくるくるした。
「大貫くんとは寝てないんだ」
「そういうのセクハラって言うんですよさゆりさん」
ああいうやつは、本当に好きな人とだけ寝るのが一番いい。
「大事にしてたんだねえ」
「さゆりさんそういう、人を見透かす目やめてもらえますか。ムカつく」
言いながら、にんにくのきいたトマトパスタをフォークで巻いて、一口に放り込んだ。
「あら、あんたいつもこういう顔して仕事してるわよ」
仕事の話だってうまくまとまったんだし、とさゆりさんは料理の方に取り掛かる。
 確かに仕事の話は上々だった。
 気鋭のアパレルブランド「アトリエ」と、うちの自社ブランドで服を作ってくれている服飾作家とのコラボレーション企画。営業の担当が大貫で、一緒に来た綺麗な、御子柴さんというその人の名刺を見て驚いた。本社からのお目付け役だ。
 指定されたデザイナーの資料画像を、御子柴さんはソファからかがんで見ていた。
「この人が作っている、スカート、これが気に入ったんです。」
「うしろに鳥籠のバッスルがついているやつですか」
資料に目を落としたまま、御子柴さんはこくりとうなずいた。
「それ、かっこいいですよね。ゴシックロリータな感じで『見せる』ためのバッスルとかクリノリンってあるにはあるんですけれど、この作家さんのデザインは機能的にも作られていて、別売りのオーバースカートと合わせると本当にきれいなラインで広がるんですよ。こっちの写真もよかったら、」
わたしが差し出した写真を、御子柴さんは食い入るように見つめる。
「あ、本当だ。生地は別珍、ですか。重い生地なのにギャザーがきちんと広がって、フリルの形が揃いますね」
服を慈しんでいる目だと思った。
「あと、」
資料をめくった御子柴さんが、二人目のデザイナーのところで止まる。
「この人のカット、すごく考えられていますよね。肩、胸、腰、脚、いちばんきれいに見える布の使い方をすごく考えているというか。サイズ展開もセミオーダーで細かく受けつけいて。シンプルな服で細やかな配慮をしているところ、自分としてはとても好印象でした」
印刷された写真の中の服を、指がなぞる。御子柴さんの表情は少し硬いのだが、資料写真を見るときに心持ち開く口唇に熱心さがあらわれて、服の話をするときには、伏せた睫毛が柔らかくなっていた。
「三人目は、」
さゆりさんが涼やかに聞く。
「このコルセットの人は、自分の個人的な趣味、ですかね。コルセットって特殊なアイテムになりがちですけど、この人は生地の選び方にも幅があるし、カジュアルな服に合わせることにも挑戦しています。いずれにしろこの三名の方たちの服は、自分で着てみたい、と思ったので」
アトリエが指定してきた作家は、わたしがどうしてもうちで仕事をしてほしくてお願いした人たちだ。時代衣装のようにデコラティヴな服を作る人、古典的でシンプルだけど躯のラインを美しく見せるカットを追及している人、一八世紀から二〇世紀までのコルセットを、性別を問わず現代人の体形に合わせ、アレンジしながら作り続けている人。単に個性的なだけではなく、服飾史からたくさん勉強していることも魅力だった。そして全員、わたし自身が「着てみたい」と思った人たちだった。
 この人なら。とわたしは考えた。作品をしっかり自分の目で選んで、次の形につなげようとしてくれている。それならば、作品と作家、そしてそれを発掘して先に販売したわたしたちに充分なメリットのある話だ。わたしもさゆりさんもそう判断した。
 大貫とは今後の流れや次の日程を確認した。交渉役に手堅い営業、熱量を伝えるために連れてきた本社の人間。そのバランスも良かった。
 
「御子柴さんだっけ、あの子がコルセットつけてるとこ、あんた想像したでしょ」
ラグーソースのショートパスタを食べ終え、デザートどうしようかな、とメニューを広げるさゆりさんの軽い意地悪が続く。
「しましたよ」
「アトリエのモデルもやってるって言ってたもんね、」
「ティラミス」
トマトソースのついた口唇をナプキンで拭って答える。
「わたしメリンガータにしようかな。モノにしたい?」
「あれは上等の猫ですよ。そう簡単になびくとは思いません」
ピンポン、とボタンを押す。
「猫ねえ、確かにそんな感じ。よかったじゃない、大事な弟分が立派になって帰ってきて。しかもあんなに綺麗な子まで連れて」
「もう今日はさゆりさんが奢ってくださいね」
意地悪をするお姉ちゃんなので、わたしはわがままな妹を引っ張り出してくる。さゆりさんの目は鷹揚で、お仕事頑張ったもんね、と笑う。そしてわたしは、それに対してどうしていいのかわからないまま、少し甘える。


次回「交叉点」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?