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【幕間~セカイが終わったり終わらなかったり~】

「くぅーっっ!やっぱり名曲だ!」

 とあるマンションの一室。休日の夕飯時のテレビ前。缶ビールのプルタブがプシュッと音立てて、オレンジ灯の下で開かれる細やかな団欒に加わる。

「自分がそれ言うと世代ずれてるってツッコまれるんですよね」
「そうか?俺はバリバリ見てたぜ?婆ちゃんのとこのGコード録画で」
「古い」
「お前だって世話になったろ」
「Gコードがよく分からなかったまま消えた組です」
「……なんだこの微妙な壁」
「3つだか4つ違いでいちいち傷つかないでください」
「誰が傷ついてるか!」

 少し焦げたお好み焼きの大皿を直箸が二膳、つつきあって領土争い。テレビの中では、懐かしいだのあの頃だのとテロップが踊るアニメソングのランキングがいよいよトップ3を発表しようというところ。

「……っていうか、先輩こういう曲好きなんですか」
「ん?そりゃあ魂燃えるし、歌えば盛り上がるし、サビとか最高に心臓にこう、グッとな」
「語彙力」
「うるせぇ」

 豚肉がちょっと偏っている箇所をさりげなく箸でさらう要領の良い方は、ビールを流し込む片手間にスマホで軽く歌詞検索をかける。名曲ほど意外と詩の全容を知らないから。

「…………」
「御子柴?」
「コレ、そういう歌詞だったんだなって」
「そうなんだよ。それを力強く歌い上げるところがグッとな。ほら、一歩踏みしめて前へってなるだろ?」
「…………そんなに失恋してたんですか」
「ん?」
「都会のど真ん中に棄てられた空き缶のようなボロボロの心で何度も世界が終わるような片想い爆散しまくってたんですか」

 紅ショウガが偏ったほうをうっかり噛んでしまった不器用な方は、軽く噎せた。そして呻いた。呻きをビールで流し込んで、二本目を開ける顔はすでに赤い。

「ああそうだよ悪かったな。医務室で講義サボリまくる後輩が寝惚けた声でこっち見上げてくるたんびに片想いが爆散して、世界おわっちまえって思ってた」
「――――、」

 カラ。細い指から箸が滑り落ちて大皿の端で鳴った音。突かれた虚の埋め方を分からないままの面差しを、CM明けのランキング番組が「さあいよいよ第2位は!」と声を掛けながら見つめている。

「……それは、悩ませてすみませんでした」
「バーカ。そこは喜ぶんだよ」

 迷子を強引に引き戻すのは500ml缶ビールの冷たい汗。不意打ちに対する不機嫌を眉だけで表現しつつ、目敏く見つけた豚コマの塊を抱えた領土に箸を突っ込んだ。2位発表の楽曲が自分の予想1位のタイトルだったことに納得がいかないのかもしれない。

「……いい曲ですね」
「だろ?CDいるか?」
「いや、普通にダウンロードしてきます」
「あ、そ」

 手早くスマホでダウンロード購入手続きを終えて、滑り込んでくるメッセージ通知をスワイプでどける。そうして蘭の花の待受画面だけになった小さな液晶に向けて、小さな声でサビを口ずさむ。
 不器用な方はテレビへ顔を向けた。どうせテレビと酒に夢中で聞いていない――って思ってるんだろうが、残念だったな。お気に入りを見つけるとその場で買って、その場でちっさく歌う癖、全然変わらない。カラオケで唐突に披露される美声よりも、そのちょっとたどたどしい歌い方のほうが、ずっと耳に心地よく残る。――というのは心のテロップ。

「その曲なら夏祭のお立ち台で歌えるかもな?」
「晒し台の間違いでしょう。嫌ですよ。普通に屋台巡りしたいです」
「――お?言ったな」
「デートじゃないですよ」
「そこじゃない」
 
 ひょいとスマホを取り上げて、要領の良い愛しい人の虚にはほろ酔いの笑みが降った。懐かしいだのあの頃だのとテレビがやかましく盛り上げるランキング1位の曲は、まだCMが10秒を使って焦らしている。

「スマホ見れて、肉食えて、夏祭に来れるくらい元気になってよかったってことだよ、悠」

 逃げる視線を追って、塞いで――などという使い古された手口を使いこなす不器用は、今宵の名曲が名曲たる由縁をこう語る。
 長い長い世界が終わるまで一緒にいられるのなら、いられたらなどという儚い願いではないんだ。どれだけ心が擦り減ろうが世界が本当に終わってしまおうが、一緒にいる決意だ。今日の弱い自分セカイを一つ終わらせて、明日を少しでもひとつでも多く笑うための鼓舞の歌なのだ、と。

「………………ばかですね」
「素直に『いい曲ですね』って言っとけ」

 お茶の間を喜ばせた1位楽曲は、この一室に限っては不要だったのかもしれない。これはそういう噺。旧くて小さな町が夏祭を間近に控えた静かな熱にちょっとだけ浮かされた二人が、少し焦げたお好み焼きとビールでスキを語る噺。

*参考楽曲:WANDS/『世界が終るまでは…』*

これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。