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【〜戯れ交叉〜眠れぬ乙女たちの夢】

戯れ交叉はハイドラさん作『Swinging Chandelier』シリーズに呼応した噺。

『Swinging Chandelier』の登場人物に関する背景や描写等は、全てハイドラさんから了承をいただいていることを宣言して―――さあ、開演。

まずはこちらから Swinging Chandelier-9:まばたきの回路 

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 ふわふわと、森の中を歩いている
 陽が少し差し込んで朝靄を照らす、朝の森

 陽に手を伸ばすと金色の鎖が手に収まる
 これはなぁにと視線を下ろすと
 泥だらけの水溜りの中に青い口紅の女の子
 灰色の髪は水に濡れたところから黒くなる

 ああそうだ!わかったよ

 夢の中の誰かはそう思って
 女の子に鎖を振り下ろした

 二人とも泥だらけの水溜り
 両腕を頭の上で金の鎖に縛られた女の子
 口の青い汚れを拭ったら綺麗な赤い唇
 顔を真っ赤にして恥ずかしがった

 カワイイ

 馬乗りになって、ギシッ、ギシッ、スルッ……

ーー
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 カタンタタン、カタンタタン
 窓に手をついて見つめているのは、夕焼け空
 美しいのに、平和なのに、冷たい
 
 カタンタタン、カタンタタン
 トンネルに入ると落書きだらけのコンクリート
 醜いのに、危ういのに、あたたかい

 振り返ると、人混み
 フリルドレスを着た女の子が男の人にキスをする
 とても楽しそうなお喋り
 無邪気な女の子の周りに増えるのは
 キスが欲しい男の人

 振り返ると、人混み
 流行で身を飾りつけた極彩色の鳥たちが囀る
 大きな声の内緒話で飾りがどんどん増えていく
 華やかな鳥の輪の周りに増えるのは
 トモダチがほしい女の人
 
 ーーーー嗚呼、可哀想

 カタンタタン、カタンタタン
 私は一人、ここで窓の外を見つめている
 『早く先生に宿題を提出しないと』
 心に唱えてあたたかくなる胸元
 あたたかくなると、優しく撫でてもらえる
 
 カタンタタン、カタンタタン
 私は一人、ここで幸せに立っている

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こんな夢を見たい。こんな悪夢みたいな日常が続くのなら。

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「……あ……れ?」

 今日も失敗して半泣きで寝た。あれ、いつ寝たんだろう?台所でスマホいじってた気がするのに、いつの間にか寝室に戻っていて、布団に入っていて、隣で旦那が寝返りを打っている。
 布団を頭からひっかぶって、枕元にあったスマホをつける。今何時?……夜中の1時。早く寝ないと明日のお味噌汁を作るあいだにまた寝ぼけて火傷しちゃう。
 でも、変な夢を見たせいか、全然寝れない。

「ぃっーー!」

 お腹の一番下から突き上げるヒリヒリとした痛みに、身体が縮こまる。ああそうだ、これのせいで寝れないんだった。鎮痛剤ってこういうとき効くのかな……。塗り薬できる場所でもないし。
 ああ、いやだ。ってネガテイブにならないよ?
 ーーそういうイヤな夜を乗り越える秘密兵器を、ちゃーんと持ってるんだもん。用意するのはスマホとワイヤレスイヤホンだけ。家事のときにも動画を聞き流したり電話したいって言ったら買ってもらえた、我が家でパソコンの次に贅沢な便利グッズ。
 装備したらあとは簡単。動画サイトにお任せ。再生し始めたらスマホは伏せて、バックライト対策もばっちり。

 『あれ?また来たの?懲りないね君も』

 ピアノとバイオリンの静かなBGMから始まるのは、最近知った新人声優さんのシチュエーションボイス集『眠れない君が夢に堕ちるまで』。経歴を調べても検索可能な作品名が出てこないあたり、たぶん同人界隈の無名な人。

 『いいよ、怒ってなんかいない。こっちにおいで。ーーくすっ、ほら早く』

 少年のような、青年のような、ミステリアスな声質。子供っぽい言葉遣いなのに、言ってることはすごく大人。こんなに綺麗な声で良いキャラを演じているのに、録音とか編集とか全部自分でやるって大変だよね……。私も今日いっぱい頑張ったよ?
 肩の力が抜けていって、イヤホンの中から布団をかけられる音がする。それだけで布団の中がぽかぽかしてくる。バイなんとか技術で右から聞こえたり、左から聞こえたりする。
 まるで、そこにいるみたいに。

 『まったく……こんな時間まで眠らないなんて、悪い子だ。でもいいよ。毎日でも、君に寝物語を歌ってあげる。言わなくても分かるよ。頑張ったから此処に来てる、って。嬉しくてキスしたくなる』

 台詞はどれも優しくて、甘くて、ほんのちょっとエロい。いつも最後まで聞けないまま寝落ちちゃうんだ。お腹の痛みも和らぐ。あったかいフライパンの上に乗せたバターみたいに、ドロドロした記憶が溶けていくから。
 そうして見た二度目の夢の中。今度はちょっと変だけど良い夢だった。
 生温い水溜りの中で、青く塗った口紅をぐちゃぐちゃにされて泣いている女の子を、優しく抱きしめて、耳元でこう伝える夢だった。
 ――もうそんな無理をしなくていいんだよ。
 ――私と居るときだけは、もと の顔でいいんだよ。
 ――私がちゃんと、明るく照らしてあげるから。

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日常を悪夢に変換されたくないから、少しでも善く生きたい。

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「ん……う……、夢…………?」

 ホワイトローズのアロマに満たされた寝室。サイドテーブルに置かれた時計が指し示すのは深夜2時。今日は仕事がとても忙しかったから、自分を十分労ってから寝室に入ったつもりだのに。
 きっと、普段と違うアロマを焚いて寝てしまったから無意識に緊張したのかもしれない。香りはとても甘くて素敵。
 寝直すか起きるかを迷う間も、ついさっき見た夢の中で響いていた音が鼓膜に残り続けている。最近の電車はもうほとんどが静音走行だというのに、懐かしい音がずっとどこかで聞こえ続けている。
 あの音が聞こえる空間は、夢でも現実でも、自由な証だから。両親が設計した人生から少しだけ寄り道できるから。
 苦いコーヒー以外の飲み物を、初めて喫茶店で頼んだときのように。
 
 カタンタタン、カタンタタン……

 目に良くないと分かっていても、気がついたらスマホを見てしまっている。なぜか読み返してしまう、とある日のダイレクトメッセージ。両親から求められた清楚からかけ離れた内容は、本来なら受信を拒絶して消去するべきもの。
 それでも、このやりとりがあった日は、全員に切実な理由と、ドラマのように不幸な偶然が重なった非日常だったから。

 カタンタタン、カタンタタン……

 胸元を温めてもらえる、音。
 罪深い欲にまみれたメッセージ文は、怖かったはずなのにいつのまにか可笑しくて愛おしくすら思えてしまったきっかけは、きっと実際にお会いした日。
 背が高くて整った顔立ちの愛したがりさんは、ネットの世界では寂しがり屋の甘えん坊さん。
 それを思い出しながら読み返すと、心がふわりと軽くなる。夢の中で見た無機質な喧騒が遠くなる。

「……っ……っ…………、……っ……」

 真っ暗な部屋。月のように青白い光に照らされて、たくさん、たくさん読み返す間、大切な思い出をしまってあるクローゼットは開いている。一番古いボタンと一番新しいネクタイを胸元に抱きながら、私は一人、幸せな眠りにつく。

ーーああ、ここに星空もあればいいのに……。


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これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。