【-SAVE SYSTEM-救済ノ夏祭】
実家は電車に乗って歩いて合計して1時間くらいの郊外。
時間が止まったように木も電柱の数も変わらなくて、変わったといえば敷き直したアスファルトの車道くらい。
旦那が少しでも通勤で無駄な苦労をしたくないと言って決まった都会の新居から帰ってくると、不思議とほっとする。
……いつも、そのはずなのに。
今年もお母さんと久しぶりにお馴染みのケーキ屋さんで同じケーキを買って、お父さんの万歩計チャレンジの成果を面白おかしく労って、旦那の惚気話をして、それで、お母さんは必ず言う。
「カンナギ様の夏祭は良縁が約束された場所だもの。ちゃんと一緒に行くのよ。宗家の人をお見かけしたら、きちんとご挨拶するのよ」
――キライな結び文句を、目一杯作った笑顔で頷く。
カンナギ様伝説。この緋室町に根付く神社の御伽噺。お年寄りは江戸時代にあった実話だって怒るけど、要するに恋愛パワースポット映えする御伽噺。神社の血縁とか、町の「偉いひと」の名前はその御伽噺に縁あるものばかりだ、って。ご挨拶って言われても、一度も会ったことがない。
キライなの。そういうの。昔は……昔は……、
『僕は、会ってみたいけどね。カンナギ様』
『えー?信じてるのー?』
『だって、会ったことあるよ。宗家の人。すごい綺麗だった。着てる服がもう布から違うし、オーラっていうのかな、とにかくアレは絶対すぐ分かる』
『ふーん……』
『あれで末席ですなんて言われるから、カンナギ様にあたる人がどんな人なのか、見たいしアイタイ』
『……じゃあ、私も一緒に探すよ!』
昔は……そうやって自分も御伽噺に染まっていくことが嬉しい当たり前になっていた。
町の外に生まれ育った旦那と一緒になって、外に出て、やっとわかった。ほんとただのパワースポット。町おこしのためにお祭りだけはきっちりやりたいだけの、近代化の流れに取り残された視野の狭い町。
「じゃあ、いってきまーす!」
でも、LED電球じゃなくて提灯で照らされたオレンジ色の視界と、祭囃子の音はどこで聞いても好き。花火も大好き。
急に異世界に飛び込んでびっくりした心臓は大きく鳴りっぱなしで、ふわふわした足元が小石で躓かないように手を引いてもらえたあの一回の感覚が、大好きで。
「急に鍵アカ宣言しちゃうときは、病んで疲れてるときだもんね。分かってるよ。ちゃんと、探しに行くからね」
いつのまにか変わっていた住所。転送されてくれなかった暑中見舞い。
住所を教えてくれなかったことに、元会社の誰も心当たりがない。でも、ミコシーはカンナギ様伝説が大好きだから、カンナギ様のために開かれるこの夏祭には絶対参加する。それだけは、確信がある。具合が悪くても祭の空気に一度触れちゃえば元気になるって自分で言ってたくらいだもん。
待っててね、ミコシー。カンナギ様伝説マニアなら、絶対行く場所、あるんだよね?
川の浮船を明るく照らす、大きな大きな花火。
緋室神社は遠方から厄払いに来るくらいご利益だけはすごいのか、とにかくとても広い。そしてロープとかは張ってないけど、「入っちゃいけない場所」もある。
ええっと、なんだっけ……川辺の花火は皆が行きたい名物スポットだけど……川の、どこだっけ……「ダメ」な場所。
ミコシーが、大好きな場所は……たしか花火、じゃなかったような……。
まいっか!行けばなんとかなる。最初に御子柴悠クンに声をかけたあの日と同じように、勇気を出して、まっすぐに。
勝負服は、向日葵の浴衣じゃなくて、皆の力で買えた白いドレス。
浮いちゃうって分かってても、だからこそ着るの。こみ上げるドロドロを水筒の麦茶で押しこんで、踏み固められた土と石段で出来た祭り会場へ……
いざ☆彡
――
――――
「うわ、何なんですか今年。凝ってるし混んでる」
「今年は『舞人』の藤宮兄妹が来るのと、カンナギ様の襲名が決まったからっていうんで倍近く予算使ってるんだとさ。高かったぞー今年の町内会費」
「え、マジですかそれ。藤宮さんってアメリカにいるんですよね」
「それが一家揃って一時帰国して参加するっていうんだから、よっぽどだ。カンナギ様の襲名ってつまり、空席だった宮司が正式に決まったってことだからな。宗家勢ぞろいだから正月はこの倍の混雑予想だとさ」
「……サイン帳、持ってくればよかったな」
「お前どんだけファンなんだよ」
「いや、現代版カンナギ様に会えるならロリでもババでもいいから会いたいなって」
「俺は絶世の高校生美少女だと信じている」
「エロゲーのやりすぎです」
「お前にだけは言われたくない」
棒に通された三連イチゴ飴を口に含みながら、水風船と射的のどっちを先に並ぶか相談していた呑気な二人組は、着馴れた深緑の着流しと、真新しい青紫の浴衣。住み慣れた土地に根付いた噺をごく自然に口にしている。あの著名な夢の王国のキャストに会いたがる人と大体同じ心理状態だ。
「あっ、あそこ、『簪屋』さん!」
「あ、ちょっと待て今飴がボロッといっ――っだぁもう、早いっつの!」
表情があまり移ろわない代わりに行動で心を表す浴衣姿の連れに、着流し姿の男は小さく呆れながらも癖毛頭をぽりぽりと掻いて笑みながら、草履の歩を進めた。青紫の中で白い輪郭に咲く菖蒲の花と銀糸まざりの兵児帯の蝶が楽しそうに揺れるから、ゆっくりと追いかける。
射的屋台と焼きそばとクレープ屋台のさらに向こうの、眩い提灯の影を半分担ぎながらひっそりと営業されているそこは、連れのような人間ほど見つけやすいという。地べたに風呂敷を広げ、作務衣姿で胡坐をかいて静かに客を待つ痩せた若い男は、着流し姿の男からして『簪屋』を継いで間もない再従兄弟。
「おや、悠さんじゃないか。随分と、綺麗になったもので」
「こんにちは、簪……、伊織さん」
「よっ、元気か」
「お陰様で、一等儲けさせてもらっているよ。今年は気合が先走って作りすぎてしまってね。隆幸、可愛い御人に簪を買ってさしあげる度胸はついたかな?噺にあやかった揃い鈴も、友情割引で請けよう」
「買ってさしあげるもなにも――」
「この鼈甲と、あとこの金色の蝶と、もう一個買っていいなら今作っているその菖蒲のイヤリングも。布じゃないんですよねどうやってその色出しているんですか、あとその手前の―――」
「おーい、御子柴。値札ないやつはクレジットで払うような額だから気を付けろ」
「おや、隆幸は緋室町を近代化のワスレモノと思い込んでいるのかな?ほら、ここに取り出すは今話題の『スマホgaペイ』端末」
「え゛っ……」
「先輩、来月死ぬほど残業するから買います」
「せめて値段交渉してからにしろ!あと残業はするな!」
『簪屋』という肩書を背負う作務衣姿の痩せた男は、終始穏やかに笑いながら、ふと視線を上げてあるものを追った。
影だ。白い影。まるで椿のように膨らんで咲いて揺れる洋服の裾。好奇の視線を引き連れて小走りする様子は、遠目にも迷い子のよう。そのまま木の根に躓いて不思議な国まで真っ逆さましてしまいそうな危うさ。
何かに怯えるようにしているのは、追われているのか、急いで探しているのか。試しに視線を送ってみれば、『簪屋』の読み通りに白い影の彼女はこちらを見た。でも、すぐに明後日の方へ駆けていってしまった。
カンナギ伝説に出てくる『簪屋』の役割は、縁結びの品をカンナギ様に託すという噺の要の一人。夏祭りで簪を交わせば恋が始まり、揃い鈴を鳴らせば恋が実るというくだりにあやかって買い求めに来る客は後を絶たない。
彼女は特別よく覚えている客だ。もう何年も会っていなかったが、小遣いを貯めて先代から簪を買って嬉しそうに帰り道を急いで行った。銀で鍍金した先で揺れる小さな桜。
「そういえば、悠さん。昔の金物簪が褪せているのなら、打ち直すけれど」
「すみません。母に全部もってかれたんで、買い直しです」
「嗚呼、それは悪いことを聞いてしまった。ごめんよ。それなら、たんと安くしてあげよう。ほら、隆幸も一緒に。淑女に一人で買い物させては男が廃るよ」
「お前絶対それ財布的な意味でしか言ってないだろ」
『簪屋』は知っている。覚えている。今目の前で瞳を輝かせながら作品の虜になってくれている菖蒲柄浴衣の綺麗な人は、結い上げた髪に毎年同じ簪を挿していた。
銀で鍍金した先で揺れる小さな桜。それを、いつから身に着けなくなったのだろうか。
「迷うなら、とっておきを受注しよう。ついさっき『舞人』が来てね。同じ花で打った、秘伝の色染鉄簪」
「おいそれ何万――」
「買います」
「っておい!」
「大丈夫だよ隆幸。お年玉10年分くらいの値段で打てるものだから」
「……子供の?」
「大人の」
嗚呼そうだ、と、『簪屋』は思い出した。
いつからあの娘が贈った簪を身に着けなくなったのか。夢中になってくれているこの綺麗な御客が、着付けを逆にしてからだ。
――
――――
いない。いない。どうして?
好きな屋台は、全部見てまわった。でも、いない。毎年同じ浴衣を着ているって何年か前の投稿で読んだから、きっと変わらないんだ。
「実家ではちゃんと男だよ」ってメールのどこかに書いてあった。
でも、どうして誰もあの浴衣を見てないの?
まだ、来ていないだけ?
そうだ!簪屋さん!
ねえ、きっとそこだよね。綺麗なもの大好きだもんね。
ねえ、覚えてる?頑張ってプレゼントした桜の簪。
そうだそうだ、簪も取っておいてくれてるってメールで言ってた!
ねえ、誰か、見かけなかった?
紺色の幾何学模様に、銀糸が煌めく綺麗な兵児帯のお兄さん。
お姉さんと間違われそうな、すっごく綺麗でどきどきするお兄さんを、
ねえ、誰か、見かけなかった?
「――!ミコ、――」
違う。簪屋さんの前にいるのは知らないカップル。紺色に似ているけど、違う、あれは青紫だ。白で花の柄を染めた、普通の人の後ろ姿……。
どこ……?
走っても、聞いてまわっても、誰も教えてくれない。
似た人を見かけても浴衣が違って、似た浴衣を見つけると顔が違う。
どうしよう、もうすぐ花火の時間なのに。
そうなっちゃったら人でごったがえして身動きがとれなくなっちゃう。
探せなくなっちゃう!!
「ねえ、お願い……返事、してよぉ……」
待ち受け画面を見ても、邪魔な通知で埋まっているだけ、全部スワイプして画面外に追い出しても、「蘭」も、「ミコシー」も、「御子柴悠」も通知一覧に出てこない。
イナイ。居ない。イナイ。
事実が痛い。履き慣れないヒールの踵がすごく痛い。
慣れない走りや聞き回りをして心臓がすごく痛い。
「今日だけは、危ない目を顧みずにリアルタイム投稿してるんだよ?」
―― 楽しみにしていたお祭りにいってきます☆
夜空を覆う大輪の花火に願いを乗せてくるね♪ ――
「ねえ……お願い……」
祭囃子が耳にうるさくて、頭がガンガンして、とにかく離れたい。
静かな場所がいい。こみ上げてくるドロドロしたものが爆発しそう。
苦しい。苦しいよ。どこか人目につかないところで、座りたい。
休みたい……。
そうして身体が求めるほうに流されて流されて、やっと身体が祭独特の熱気と季節の蒸し暑さから解放されて、やっと顔を上げられた。川のせせらぎ、頬に当たる涼しい風。靴の裏からなんとなくひんやりと伝う丸石の道。そのずっとずっと向こうは、目に優しい真っ暗な松林。
「あれ……?」
ナニ、コレ。
「ヒガン、バナ……?」
ぞっとした。頭の中で「ゾッ」という音が聞こえるくらい、背中が一気に冷えた。
ああ、だめだ。ここは、「ダメ」だ。伝説なんておじいちゃんおばあちゃんが盲信してるだけの作り噺なのに、小さいときからずっと聞いちゃってるから、理性より先に身体が反応しちゃう。
赤、赤、赤。ひどい赤。ずっと奥まで続いているひどい赤。
「カンナギ、さまの…………おはか…………」
小学校の図書室の片隅に置かれていた絵本に描かれていたカンナギ様のお庭。中学の教室でミコシーがずっと読んでいた本。
鬼から守るために奥の離れに閉じ込められていたカンナギ様。
お庭に出たカンナギ様がたくさんの鬼や妖怪と出会って、
鈴のお侍さんに連れられて外の世界に出て、
花火の下で結ばれて、
そのあとお侍さんにずっと会えないまま、
町を燃やそうとする影踏み鬼に見つかっちゃって、
独りで全部倒して、
血を流して死んでしまって、
川も木も蝶も悲しんで、カンナギ様の血を綺麗な花に変えて守っている、
お庭で、お墓。
誰も入っちゃいけないところ。綺麗な赤は血の赤。
「あ……でも、大丈夫、まだ、ここ、入口だよね?」
ミコシーが言っていた。カンナギ様には祭囃子が聞こえない。聞こえないくらい奥に閉じ込められていたから、お祭りが楽しくて楽しくて花火が大好きになったんだ、って。
大丈夫。まだ、聞こえる。でも、この先は、イッチャダメなんだ。
でも…………。
『ねえ、行ったら、だめ、なのかな?』
『ヒガンノハナに近づくと黒い月が降って食べられるって言うじゃん』
『迷信だよ。……ダメって言われると余計行きたく、ならない?』
『黒い月が何の暗喩なのか気にはなるけど、やめとく』
ねえ、ひとりぼっちのまま死んじゃった視野の狭いカンナギ様。
あなたなら、ミコシーの居場所、知らない?町の守り神なんでしょ?
ねえ、ねえ……これじゃあ……ねえ、これじゃだめなの―――
「私がひとりぼっちになっちゃうよぉおお!!!」
たすけて。たすけて、たすけてたすけて、おねがい。
ここからでたいの。ここから、でたいの。
せまいせかいから、だして、ほしいの。
ねえ、ねえ、ねえ、おねがい。
なんでも、すっごくいっぱいがんばるから。
なんでも、みんなのためにがんばるから。
だから…………
「見つけた、お姫様」
「え……?」
――
―――――
ああ、そうか。全ての選択肢を得るって、そういうことなのか。
醜悪、だな。これが自分が望んだ光景。杏子の欲望を叶えた光景。
互いにかけた呪いの循環を終わらせるために悪魔に心を売ったんだ。
■助けない(無関心)
▲助けない(過保護)
◇助ける
●杏子を(否定しない)
●自分を(否定しない)
ごめん、は、一度しか言わない。お互いを否定しないでいられる君との時間が、純粋に好きだっただけなんだ。楽しくてずっと変わらず続いてほしかっただけなんだ。君に救われていた高校生活だったんだ。その恩返しに、隠れやすい君の願望に手を差し伸べたいだけだったんだ。
それだけは、隆幸にも曲げさせない。
だから、隆幸に恋をし始めた悠を憎んで、隆幸を選んだ蘭を踏みつけたまま、結果として永遠の少女が叶うのなら、それでいいよ。
記憶という鏡像で君が満足しないことを知った上で、僕は求められた選択を覆して背を向ける。君が覚えていないたくさんのメールを、削除することにする。
それで、終わりにしよう?――可愛かったお姫様。
「悠、どうした?川に何か見えたのか?」
「いえ、もう少し人混みから離れられる道を探していただけです」
「そうか。でもそっちはもう本殿敷地だ。戻ろう」
「そうですね。暗いとちょっと寒いですし」
――
――――
「見つけた、お姫様」
「え……?」
振り返ったら、ほんの一瞬だけ、視界が真っ暗になった。
次に分かったのは温もりと、ぎゅっときついハグ。
強い腕。高い背。優しい声。守ってくれるひとが持つ三拍子。
ああ……ああっ…………!
「どこにもレスがつかないから心配で見に来たんだ」
……あ…………
「オフベージュちゃんも旦那さんと一緒に手分けして探してくれているんだ。だめじゃないか。この日に大きな花火があがる町祭りは緋室町だって詮索コメントがついてたから、それとなくログ流ししてから来たけど……」
ああ…………そっか………………
「……ごめ、ん、なさい……」
ひとりぼっちのまま家にいる感覚が、かぶるから、カンナギ様の噺が嫌いになったんだ。でも赤が、あの口紅の色が、カンナギ様の色に、すごく似てたから……だから……嫌いな噺の、一番好きなところだけを夢見て……。同じ色を使ったほかの人を褒めているところを見た日から、ドロドロが止まらなくて、感覚が全部、遠くなって。帰りたく、て。迎えに、きてほしく、て。
でも、そのイベントをクリアするためには、あれを装備していることが、きっと必須条件だったんだ……。
なんで、ミコシーに電話しなかったんだろ……。
なんで、空瓶さんは危ないやめとけっていわれたあの夜……。
なんで、途切れた電話を自分から繋がなかったんだろ……。
ああ、コインに埋もれて見えなくなっちゃっていたんだ。
なんだ……。普通に、変な意地張らずに、口紅買って、ミコシーに自慢すればよかった……。ミコシーより可愛い日だってあるもんって、誤解されてもいいから言えばよかった……。
中途半端に日常と非日常を行き来して遊びすぎたから、バチがあたったんだ……。普通に、普通に、普通を選び続ければよかった……。
ヒュールルルル、――ドーン
ミコシーでもない、旦那ですらない、ツゴウノイイヒトのハグの中で、幸せな花火の幕開けをぼんやりと見上げる。
ミコシーでもない、旦那ですらない、ツゴウノイイヒトのハグの中で、幸せな花火の下で降ってくる■■を、バカみたいに見上げる。
バカみたいに見上げた、最悪なタイミングで、見えちゃった。
肩越しに、ほんの少しだけ、見えちゃった。
青紫色の浴衣姿が、こっちをまっすぐに見て、踵を返していった。
ああ、ごめんなさい、ミコシー。本当に、ココは来ちゃダメだった。
■■黒い月■■が降って来て、私…………食べられちゃった。
でも、もう、いいか……。
「あっ、ご、ごめん!ほっとしたらつい感極まって――」
「ううん!へ、平気!ちょっとびっくりしたけど、そうだよね、ごめんねバカなことして」
「戻ろうか。オフベージュちゃんたちとも合流しないと」
「うん……」
「アンズちゃん?」
花火の音に、全部掻き消えて、もうよく分からない。
分かるのは、何度見上げても、花火に照らされる王子様の顔は、ミコシーじゃない。
ミコシーは、ここにいない。
ミコシーに、きっともう会えない。
なんでかな、すごくそんな気がするの。
なんでかな、そう思うと、ふっと大事な糸が切れてしまいそうで、急に身体がすごく軽くなって―――
「―――――!!!」
花火に掻き消えて自分でもよく分からない声と言葉で叫びながら、ツゴウノイイヒトの腕の中で泣いていた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて泣いて泣いて泣いて。
「ねえ、私、ミコシーのこと、待ってても、いい?」
「ああ、もちろん」
「えへへ……よかったぁ……また頑張るからね。すっごく、頑張るからね」
「ああ、もう立派にチームの一員なんだから、サポートは任せてくれ。俺も蘭ちゃんのこと、一緒に待つよ」
――待っててね、ミコシー。
そう唱えるだけで、私はいくらでも頑張れる。
いくらでも悪い子になれる。
たとえミコシーがもう私のことを見てくれなくても、
あの青紫の浴衣が最後に見た女装姿だと分かってても、
あの青紫の浴衣が最後であってほしい女装姿だと分かっているから。
――待ってるね、ミコシー。
ミコシーが言ってくれた「可愛い」は正義。
ミコシーが言ってくれた「可愛い」が正義。
ミコシーが私に向けてくれた「かっこいい」は正義。
ミコシーが私に向けてくれた「かっこいい」が正義。
止まれ私の時間。止めるためなら、何でも頑張れるの。
―――
―――――
「それでね、今回はまた新しいモチーフに挑戦してみようかなって♪
じゃじゃーん☆ずばり、いま流行りの男のムスメって書くほうの
男の娘!ボーイッシュじゃないってばー!」
「実はね、苦手だったの。すごく。どう描いていいか分からなくて。
ぐちゃぐちゃに考えすぎて、混乱するからやめてよぉー!ってなっちゃった時期もあってプチトラウマになっちゃってさ。最近ニュースとかSNSでもそのへんデリケートだから、話題にしないほうがいいのかなぁって……」
「でもね、とりあえず難しいこと考えないで、杏子がありのまま思ったように描いてみればいいかなって。とりあえずいつもみたいに女の子を描いて、目とか首筋の筋肉をびみょーに変えていく、みたいなほぼ自己満足な範囲の調整をやっていってみようと思うんだ♪」
「あはは……うーんやっぱり人数少ない!チーム配信のほうに時間割きすぎたかな?ごめんねぇ皆待っててくれたのに。でも、今日からこっちもバリバリ頑張るぞー☆彡」
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from: 御子柴 悠 Title: No title Sub:
ごめん、は、一度しか言わない。お互いを否定しないでいられる君との時間が、純粋に好きだっただけな 一件ノメールヲ削除シマシタ
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「あ、アイコン変わったから気づかなかったの?うっかりー!ごめんね告知すっぽぬけちゃった!えへへ、これ可愛いでしょー。ちょっとイメチェン」
「今日から新しいフレーズを付けて再出発というか仕切り直し?しようと思って。ちょっと深呼吸するから待っててね。……すぅー……はぁー……」
「――今日も届けこの絵!ハートを抱っこしたミニ杏子が、待ってるよ♪」
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ゲーム・イラスト生声実況チューバー「アンズ」
Moeコインをあげて活動を応援しませんか?
これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。