見出し画像

其ハ、○トΧノ恋歌

銀天の煌めきを画用紙いっぱいにクレヨンで塗る。
ぐちゃぐちゃに、たくさんの夜の色を塗りたくった。 

それが最初の一枚。破いて捨ててしまった。

夜空の色は何色?
問うても問うても、お星さまはなにも答えてくれない。学校の先生も、答えてくれない。

それがとても悲しくて、寂しくて、ゴミ箱に捨てたくしゃくしゃのクレヨンまみれの紙を拾い上げた。

「感受性が豊かな子ですから」
「きっと心のなかでお友達とたくさん話しているだけです」
「物静かですが、教室ではきちんと生活していますから」

誰かが決めた◯と□の中の埋め方をなぞる。
誰かが決めた文字の順番を忠実になぞる。
それが正しい。

でも、時々、この子は、ルイはわからなくなる。

「なんで、みんな、きづいてくれないの?」

絵本の中でだけ許された、物知り妖精さんとの共存。

「おそらのいろは、わたしのめのいろだよ」

鏡の中に映る世界しか、大人たちは信じてくれない。
難しいパズルに組み換えてしまう。
夜はどこから来たのかとか、どうして夜を夜と知っているのかとか、人々の価値観はなぜ根源に近づくほど等しいのかとか。

「ルイ。帰っておいで」
「カイ。いやだまだおそらをかけてない」

明日先生に提出する、夜空の絵が未完成なまま、ルイはくしゃくしゃのクレヨンまみれの紙を両手でギュッと握りこんだ。ベランダから部屋に戻ったら、カイが子守唄を歌って全部忘れさせてくれる。

夜空は黒や青や紫、そして銀色の点をたくさん打てば、先生は拍手をしながら褒めてくれる明日を教えてくれる。二枚目の画用紙でそれをなぞればいい。

誰かがトウケイテキに決めた、夜空の色。

「ルイ。教えて。夜空は誰が教えてくれたんだい?」
「カイ。ちがうちがうちがうの。しってるの」
「ルイ。何を知っているんだい?」
「カイ。しんぞうに、いっぱいきこえるの」

あなたが生まれたときはゼロじゃないの。
いつも、誰かの記憶を持って来ているの。
それを思い出すかどうか、毎日決めているだけで。

だから、よぞらのいろは、きみのめがきめていい

言語化不可能に陥ったルイは、ぽろぽろと涙をこぼして、雨のように落ちるそれはクレヨンの塗れのぐしゃぐしゃに丸まり始めた紙をぽたぽたと濡らした。

「あ……できた!」

クレヨンまみれの、どこか滲んでトけ合った紙。
嗚呼嗚呼、強く握りすぎて手までクレヨンまみれ。
黒や青や紫や黒になるまで塗り重ねたたくさんの色をぎゅっと丸めて、お月さまとお星さまに向けて高く高く掲げた。

「これ、ルイのよる!」

泣いたり笑ったり忙しないルイは、カイが読み終えた本の山につまづきながら、満足気にお部屋のベッドに戻ったのだとか。

――
――――

これは何の噺か、と?
ルイのどんなシンドロームを描こうとしたのか、と?

只の喩え噺。その断片。

秩序をもたらすためあるいは維持するため、先人は思考と論考を繰り返した。

当時の彼らの五感情報を正確に抽出する方法は、残念ながらまだ見つかっていない。限られた遺品から、彼らをなぞるしかない。

如何なる角度や始点から行うにも精密と正確が最優先され、そろそろAIが追い抜きかねない速度で生成される方程式という形で継承されていく。

でも、機械より速く求める解に到達できるのは、思考と試行を重ねられるのは、ワタシたちの心臓。

何故、と?
そうね……ルイのような子を見かけたとき、カイのように静かに耳を傾けてみたら、きっと分かるわ。

遺品の頁から半歩だけ横に身体をズラす感覚。
そこで受けた情報は、紛れもなくアナタのもの。

そんなふうにうたいたくなった、夜があった。
これはそういう……ハッシュタグに困る内緒噺。


この記事が参加している募集

これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。