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【~戯れ~アプリコットの■■】

おや?おやおやおや、これはまた足の速いお客様。
いや、気の早いお客様。
初めまして。それとも……ついさっき茶会で遭ったかな?

 アナタの前にいるのは背高の男。
 光沢を欠いた茶色の革燕尾服と、同じ色の革帽子と、そこから覗く猫毛の長い赤髪。襟足で一つ結びに結われて上着の尾と揃いで風に踊る。

セーブシステムを踏み越えてこの分岐を見たい、と。
ああ分かる分かりますとも。その目を見ればよぉーく分かる。
俺の目は塞がっているのにと?好奇心旺盛なお客様は大の好物だ。 

 上機嫌な声音。
 顔はうかがい知れない。両目と鼻を覆う、装飾控え目な白いオペラマスクが作り物の目表情を形取るだけ。
 目の部分がくりぬかれていない、完全に目という表情を隠したそれ。

口説きたいところだが今回は案内役と目付役だ。
仕切り直し。――お客様の目の数を、ずぅーっと数えていた。
同業者なら心当たりがある、至ってシンプルな手法でな。
おお怖い怖い。そんな熱い視線を贈られると恥ずかしがり屋は少し困る。
上から一つずついこうか。

 一つずつ、ということで帽子から手を離して人差し指で「1」を作る。

まず、この先はNoData――虚数、じゃ分からないよな。
俺も分かっていない。分かる?なら僥倖。まだ踏み込まないでくれよ?
つまり、俺はいまお前さん、おっと、お客様を足止めしている。
次。

 次は中指も加わって、「2」。ピースサインではない。

NoDataはじきに埋まる。その間に退屈させねぇよう寄り道のお誘いだ。
乗るか乗らないかは任せるが、乗ったほうがいいぜ?
茶会で前兆を感じていたのなら尚更だ。
吹けば消えそうな危うさと美しさが鼓動に合わせて揺れる多灯式照明。

読み終わったか?うちの『オフベージュ』から読むと奥深さ三倍だから
名前の紐づけに失敗したならもう一回読んできな。
全部紐づいて退屈した賢いお前s、お客様には、一緒に聞きトりへの誘い。

 薬指が加わって、「3」。

 『そう。あなたがセーブシステムを起動したのね』
 『彼女が願っているのなら、邪魔しません。一応、友達ですから』
 『望み通り呪われてあげる、という自己犠牲?』
 『自分はそういう属性じゃないです。
  呪った後の景色を、最後に置手紙したいだけです』
 『そう。でも、あなたこの後どう深く切っても、最後にならないわよ?』
 『そうですか。……それなら、―――、少し報われるかな』
 『ええ、――――――約束するわ』

"前回の客人"が飲んだ紅茶は、ニルギリだったか。
セーブって言葉には色んな意味がある。
――っていうのは、気まぐれな『帽子屋』の戯言だ。

……さあ、そろそろ頃合い。逢瀬の終い。

 帽子の鍔をつまんで深々と、それこそ芝居舞台か古い映画でしか見ないような恭しい仕草で頭を下げた。

ツミ上げたコインの記憶。
セーブに行った目の数。
どちらが上回ったかでno dataが埋まる。

その結果が心に沿うものだったかどうか、
あるいは全く予想だにしなかったと目を見開くか。
全ては自由だ。

さようなら愛しいお客様。
欠けた分岐を拾った先の景色、どうぞご堪能あれ。
感想を抱いたその刹那の顔を、トらせておくれ?

順路は、来た道を一つ戻ったところの一番最後、だ。


おっと慣れない役でついつい言い忘れた。
この先、テンポが上がって眩暈を起こすかもしれない。
断片を繋ぎ合わせた純粋無垢な情報の洪水に混乱するかもしれない。
お客様を混乱させるだなんて、恥ずかしがり屋にはとてもとても……
愉しくてハメを外しそうだから言えやしない。

これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。