見出し画像

注文の多い料理店?

 二人の若い紳士が、すっかりニッポンの若者のかたちをして、とても便利なスマアトホンを持って環状線の寺田町駅の近くの、木の葉の一つも落ちていない道を、こんなことを云いながら、あるいて帰っておりました。
「ぜんたい、ここらの町はけしからんね。客引きの一人も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、飯を喰いたいもんだなあ。」
「焼きたての鶏肉と冷えたビールなんぞを、ごくごくと喉に流しもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。さらに生演奏の音楽なんぞがあれば、くるくるまわって、家に帰って、それからどたっと倒れ込むだろうねえ。」
その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの建物がありました。
そして玄関には  LIVE HOUSE   寺田町 Fireloop  という札がでていました。
「君、ちょうどいい。入ろうじゃないか」
「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく音楽が聴けて、酒の一杯は呑めるだろう」
二人は立派な玄関に立ちました。そこに開き戸があって、黒板にはこう書いてありました。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。
「こりゃ一本取られた。きょう一日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちはライヴハウスだけれどもコロナだからかただでご馳走するんだぜ。」

→ゆうわくの帰路

二人の紳士は、まだ今夜がひどく忙しい長丁場になることに気づいていませんでした。
さて、二人は戸を押して、なかへ入り、ずんずん廊下を進んで行きますと、ペンキ塗りの扉がありました。
そしてその扉をあけようとしますと、上の方にこう書いてありました。
『当軒は注文の多いライブハウスですからどうかそこはご承知ください』
「なるほど、なかなか流行ってるんだ。こんな下町で。」
「そりゃそうだ。見たまえ、大はやりのZEPP OSAKAだって大通りにはないだろう」
二人は云いながら、その扉をあけました。するとその先に
『注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい。』
「これはぜんたいどういうんだ。」ひとりの紳士は顔をしかめました。
「うん、これはきっと注文があまり多くて支度が手間取るけれどもごめん下さいとこういうことだ。」
そして暗い明かりの先に、また扉が一つ見えました。
「また扉だ。どうなってるんだこの店は」
「きっと防音のつもりなんだろう。いい音楽と美味い物はきっとこの先さ。
はやく受付スタッフを探しに行こうじゃないか。」

→回帰船

受付を探しながら先に進みますと、また文字の書いた扉があります。
『リュックサックをここへ置いてください。』
見るとすぐ横に黒い台がありました。
「なるほど、荷物を持って中に入るという法はない。」
「大きなライヴハウスほどクロークがあるものだし、モッシュピットでのリュックサックは周囲の人の迷惑にあたる。いや、よほど有名な音楽家が始終来ているんだ。」
二人は台に荷物を置くと、互いによりそって扉を開けました。
そのまた次の扉には、
『ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、時計、その他外気に触れたすべては、みんなここに置いてください。そして、必ずマスクをつけてください。』
と書いてありました。
「ははあ、出るのは電飾の多い音楽家だと見たね。金気のものは感電してあぶない。こう云うんだろう。」
「マスクはコロナの感染対策だろうか。それか、マスクをしなければ、余程汗の飛んでくるような激しい音楽家なんだろうね。」
二人はめがねをはずしたり、カフスボタンをとったり。最後にはきちんとマスクをしました。
なんだか作法の厳しい店だなぁと思いましたが、ライブハウスの言う事を聞いていれば『それが本当』だと思い込み、さらに足を進めました。

→君がいうなら

すこし行きますとまた扉があって、その前に硝子の壺が一つありました。
『壺のなかのアルコールを手足にすっかり塗ってください。』
みるとたしかに壺のなかのものはアルコールの液体でした。
「アルコールをぬれというのはどういうんだ。」
「これはね、へやのなかがあんまり防音だと菌が充満するから、その予防なんだ。どうも奥には、よほどえらいひとがきているのか。もしや、ボブ・ディランかも知れないよ。」
くすくす笑いながら、二人は壺のアルコールを、手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。
待ちきれずに大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、
「わぁ!」
誰かにぶつかったようです。暗闇の中で目を凝らしますと、髪の長い女の子が立っています。
「いらっしゃい。今きたのね、これを読んでらして。」
二人が印刷の紙切れを1枚ずつ貰うと、女の子は闇の中へと消えてゆきました。どこに行ったのかと先を見ます。闇の奥で、深く帽子をかぶった怪しい男がこちらを見ていました。
異様な雰囲気に息をのんで、二人は小声で話します。
「変に扉が多いとは思ったが、ここはなんだかおかしな人が多いな…」
「まさかと思うが、危ないところだったりしないよね?」

→夕暮れ町殺人事件

緊張で酸素が薄くなった気がしました。
やっとの思いでたどり着いた次の扉は、どうやら最後の一枚の様です。
『いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。
もうこれだけです。どうか受付でお金を払ってください。』
なるほど立派なカウンターの受付が右手に設置してありましたが、こんどというこんどは二人ともぎょっとしてお互いにマスクで覆われた顔を見合せました。
「どうもおかしいぜ。」
「ぼくもおかしいとおもう。」
「だからさ、このライヴハウスは、ぼくの考えるところでは、コロナだからって無料で聴かせるのではなくて、ふ、ふ、ふ、普通に営業している、る、る、」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。
「無料じゃないなら、にげ……」がたがたしながら一人の紳士はうしろの戸を押しましたが、戸はもう一分も動きませんでした。
「あかないぞ!」がたがたがたがた。
「もう出られないのか!」がたがたがたがた。
すると最後の扉が開いて、ステージの照らされた人が見えます。
どうです!それはボブ・ディランではなくて、さっきの紙切れを配っていた女の子と、深い帽子の男じゃありませんか。女の子は泣き顔の二人に話しかけます。
「こわがないで。意地悪してるわけじゃないわよ。今はね価値のあるものを無料配信ライブだけで楽しもうとする、コロナの火事場泥棒が増えてるの。このライブはそれ成敗するための解決策よ!わたしたちはね、なにわのボニーアンドクライド『よあけのばん』っていうの!」

→ボニー&クライド

「ねぇ、入ってこないの?(もしかしてタダで音楽を楽しむのが当たり前って思ってるのかしら?)
ここにいるみなさんは分かってるわよね。楽しむんならね、本物には本物の対価よ。お金は払ってもらわなくちゃ。
、、、来ないわね。呼んでみましょうか、呼んでみましょう。お客さん方、早くいらっしゃい。ロデオホドリゴのライブは終わってしまったけれど、この後は赤い目のクラウンが控えているわ。
はやくいらっしゃい。
(手で望遠鏡のようにして覗く)
あらまあ、そんなに泣いて、くしゃくしゃの紙屑みたいな顔になってしまっているわ。
そんなに泣いては折角のライヴが台無しじゃありませんか。
おやまあ、パタパタ走って逃げ帰るだなんて!ここまで注文を聞いておいてもったいないわよ!
…あーあ、帰っちゃったわね。
疫病疫病ったってライブは慈善事業なんかじゃあないわ。すてきな舞台にはそれ相応の対価を払うべきよ。
ここに居る現場主義のみなさんには、お分かりよね。
さ、あなたたちには流行り病の毎日のようになぜだか終わらない皮肉な歌を歌って、
この舞台をおひらきにしましょうね。

→徒競走は終わらない

2020.6.28(sun) at 寺田町Fireloop
ブッキングライブ「おはようサブカルチャー」
演目【 注文の多い料理店? 】
共演:
ロデオホドリゴ
赤い目のクラウン

画像1

画像2

画像3

画像4


よあけのばんは、大阪で世にも小さな音楽劇団として活動しています。どこかで公演を見ていただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします。