見出し画像

雨の道

 いつも雨が降っている道がある。正確には私が通る時はいつも、だ。帰りには止んでいることもあるけれど、行きは必ず、雨。

 前に勤めていた会社は、家から自転車で30分くらいの距離にあった。そこそこ遠い距離なのだけれど、会社の立地が悪く、電車15分に加えて駅から20分ほど歩かなければならなかったから、毎日自転車で通っていた。 

 会社は東京の臨海部にある。まず家を出て多摩川沿いの堤防を海に向かって自転車を漕いだら、大きな橋を渡って首都高の下を行く。高架下沿いにある"まいばすけっと"で朝食を買って、住宅街をうねうね漕ぐと、細長い緑地に出る。小さな町工場を何度も通り過ぎ緑地沿いを進むと、急に空がひらけてその先に会社の建物が見えるのだ。


 雨の日にこの道を30分漕ぐのは大変。小雨ならいいのだけれど、そこそこの雨ならまあ大変。カッパを被っても足元はびしゃびしゃだし、橋を渡る時は強風でフードが顔に張り付いて前が見えない。あぶない。


 だからそんな時は通る、雨の道。

 少し早く家を出て電車15分。乗り継ぎ2回。雨粒はねる屋根のないホームに降りる。改札をくぐると右手にコンビニ。買い物を済ませて焼肉屋の角を曲がる。ドラッグストアと、牛丼チェーンを両脇に見ながら、駅前商店街を過ぎる。人はそこそこいて、他人の傘で肩が濡れる。足元の色褪せたレンガの溝に、雨が、溜まっている。

 商店街を抜けると、環八に出る。背の高いビジネスホテルや、巨大な物流倉庫が視界に入る。どんよりとした空も、広がって見える。環八を渡る。雨が、降って、いる。

 傘に雨を受けながら、ひたすらに歩く。ここからは、とにかく真っ直ぐ進む。トラックばかりが通り過ぎる、幅の広い道路の、狭い歩道を、身を、縮めながら。まだ、人も多い。スーツ姿の男女。少し先にある、航空会社に、向かうのだろう。みな足早に、革靴を、濡らしながら、先へ、先へ、と流れてゆく。植え込みの、育ち過ぎた緑樹が、邪魔だ。

 ここが、雨の、道、
 バラ、バラ、と、傘を打つ、雨粒たちの、音が、転がり落ちて、つま先で、はねて、ボロボロの、靴は、水たまりを、踏んで、靴下が、冷たく、濡れて、空は、広くて、コンクリートが、続いて、白線の、かすれた、歩道の、割れ目の、雑草の、緑の、先にある、ガードレール、縁石の、上で、水たまりを、避けて、トラックの、水飛沫、赤信号、立ち止まるのは、わたし、ひとり、だけ、


 青信号。右折すると見慣れた町工場と緑地が目に入る。その向こうに職場が見える。
 
振り返れば、雨の道。どこにでもある道。ただの通勤路。でも、
 晴れた日のこの道を、私は知らない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?