川内倫子 「いまここ」展 恵比寿POST
はじめに
恵比寿にPOSTという小さな本屋さんがあります。こじんまりとした、一歩踏み入れれば本と木の優しい香りに包まれるかわいい本屋さんです。
そこで川内倫子さんの作品が展示されています。
店内の奥にやさしい光が広がるほぼましかくの小部屋があって、川内さんの写真もましかくで、それは、ぽつぽつ、と心地よい距離を保って白いかべに並べられています。
はじめて訪れた時の「ほっこり」とした感じ。角がないひらがなのように丸くて優しい肌触り。展示にすっかり魅力され何度も足を運んでいます。
冬らしい寒さの真昼、仕事帰りの夕暮れ時、2月とは思えない暖かな日。
違う時に違う自分や空気を連れて、足を運べば運ぶほど、写真の奥にあるなにか大きいものに見つめられているような、そんな気持ちになります。
この素敵な気持ちを忘れないように、わたしが感じたことや考えたことを書き残しておこうと思います。
展示について
展示は11枚の6×6フォーマットの写真群と1つの映像作品で構成されています。
川内さんといえばローライフレックスで撮られた正方形の写真ですよね。
ⅰ)「わたしは ここ」
まずはじめに目につくのは、レンズに写り込んだ強い光がまるで太陽と日暈のように撮られている抽象的な写真です。
今回の展示「いまここ」は谷川俊太郎さんの詩に川内さんが写真を合わせた絵本から写真を数点ピックアップしたものになっています。
絵本の中でこの写真の見開きには「わたしは ここ」という言葉が添えられています。
また、この写真は絵本の表紙にも使われています。
「わたしは ここ」という太陽のような眩しい一つの点から、この展示は広がってゆきます。
ⅱ)切り取られた指
2つ目の展示は横並びの2枚の写真で構成されています。
左には虹色に写ったシャワーのような光線を浴びるたんぽぽの綿毛。右に背の高い雑草の間から見上げた空の写真です。
たんぽぽの綿毛が天から降り注ぐ光に導かれて青い空の彼方に消えてゆく。そんなイメージを連想させます。
綿毛の写真は写真集「as it is」、ゴーストが重なる構図の写真は「M/E 球体の上 無限の連なり」にも登場しています。
川内さんが好きなモチーフなのかもしれません。
後から気がついたのですが、実はこの2枚の写真は絵本「いまここ」から単に抜粋したものではないようです。
右の雑草の写真は絵本のものから時計回りに90°回転させられています。
これはおそらく左の綿毛の写真と光が差し込んでくる方向をそろえたかったからだと思います。
気になるのは綿毛の写真です。
この写真は展示を見ると誰かが手で摘んで持っているのがわかりますが、絵本にプリントされているものは、この手の部分が丸ごとトリミングされています。
勝手なイメージですが、出来上がった写真そのものに手を加えるのは川内さんぽくない気がします。これは明らかに何か意図があって行われている行為だと思うのですが、むむむ、わかりません。
ⅲ)ギュッと、テラテラと
3つ目の展示は今度は上下に2枚です。
葉の上で寄り添う3匹のカメムシの写真。その下に滝を眺めるレインコートを着た人々の写真。
小さな家族みたいに寄り添う3匹のカメムシはなんだか可愛い。ほんとうに家族かもしれないけれど。いつ撮られた写真かはわかりませんが、そこにレンズを向けさせたのは川内さんも3人家族だからでしょうか。そんな気がします。
滝の写真はどこか遠くの地で撮られた写真でしょうか。谷川俊太郎さんと旅したアラスカの写真を絵本に入れたとインタビューで言っていたから、アラスカかも。
2枚は全く違う時と場所で撮られた写真ですが、不思議と違和感なく並べられています。それは、カメムシたちとレインコートの人々の「ツヤツヤ感」と「ギュウギュウ感」が共通しているから。
カメムシ家族のほっこり写真。旅行の記念写真的な滝とレインコートの写真。それぞれ一枚だけでは意味が決まってしまうような写真でも、2枚並ぶと「質感」や「カタチ」で異なる世界観の垣根を超えてふれあい、意味がほどけてより自由になって見えてきます。
おもしろいのは、この2枚の写真は絵本の中では隣り合った写真ではない、ということです。
間のページには別の写真が挟み込まれています。
川内さんは過去のインタビューで、
「その写真が自分から離れて行くほど良い写真になる。」
というようなことを言っています。
絵本の「いまここ」は自分が手をつけたものとしてすでに在るから、それを再構成することで
ふたたび自分の手から遠くへやりたかったのかもしれません。
川内さん自身も、自分の写真の鑑賞者になりたいのかもしれませんね。
ⅳ)彼岸から星空
4つ目の展示は逆L字型に配置された3枚の写真たち。
彼岸花、馬の瞳、そして暗闇に舞う無数の羽のような写真。
彼岸花の細く逆立っためしべとおしべのカタチは、馬のまつげに変化してその黒い瞳のそのまた奥に吸い込まれ、深海の微生物のような星空のようなミクロでマクロな世界に広がってゆきます。
絵本で添えられた言葉は「ほしに よばれて」。
ⅴ)いのちのライン
そして5つ目の展示。
大人の人差し指を握る小さな手の写真と、強い日が差し込むススキ?の草原を切り取った写真。
小さな手はもちろん川内さんのお子さんのもので、大人の手はきっと旦那さんでしょう。
画面中央の人差し指のかたちと、差し込む光のラインがリンクします。
また、「赤ちゃん」と「生い茂る植物」という生命を感じさせる観念的な部分でもリンクしています。
ちなみにこの2枚の写真も、絵本の中では隣り合っていない写真です。
ⅵ)「とおくに いくよ」
最後の写真は今までの写真よりずっと大きい空の写真。
青から白を通過してピンクに染まるグラデーション。夕暮れなのかな朝焼けなのかな。なんとなくだけれど朝焼けだといいな、と思いました。
中央より下に小さな鳥のシルエット。進行方向はきっと写真の向こうがわでしょう。
絵本に添えられた言葉は「とおくに いくよ」。
朝と夜のはざま。川内さんらしいチョイスだと思いました。はっきりとした境界があるものではなく、相反するものの間にあるグラデーション。川内さんはずっとそういうものを撮ろうとしてきたのではないでしょうか。最初の写真集のタイトルは「うたたね」。覚醒と眠りのはざまです。
映像作品「いまここ」
動画は原田郁子さんの楽曲「いまここ」に添えられた11分にもなる大作です。川内さんが日頃から撮り溜めたであろう日常の断片で構成されています。
どうやらお子さんが生まれてから撮影した動画が多そうです。線香花火や蜘蛛の巣、糸の先の芋虫など写真集「as it is」で切り取られたシーンと同一の場面もありました。他にも川内さんの自宅の裏の木々やきらめく水面に流れる桜、暗闇に舞う雪。魚の群れやイルカ、ヤドカリ、アキアカネに一羽の鳥、子供の影。自然や四季の移ろい、時の流れを感じさせる映像、そして生命力を強く感じるような映像になっています。
まとめ
素朴で一見ありふれた日常的な写真。それらが連なることで新たな意味を得たり逆に失って自由になったりする川内さんの写真たちを観ていると、私たちの生活の断片を優しく包む大きな流れ、地球の息吹のようなものを感じずにはいられません。
全部で11枚の写真の中で、最後の大きな空の写真だけプリントの前にアクリルかガラスの板が貼られています。
なのでこれを鑑賞するときは必ず自分の姿が作品に写り込むことになります。
ただの自分がうたたねの空の色彩に写り込んだ時、現実がフッと軽くなってそんなことを思いました。
「わたしは ここ」から「とおくに いくよ」。
作品は3月3日(日)まで恵比寿のPOSTで展示されています。
これを読んで興味を持ってくれた方はぜひ一度足を運んでみてください。
とってもやわらかい気持ちになれますよ!
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