見出し画像

南川東 

美術家のK氏がとある公園で待っているというので徒歩で向かう。
30分ほどで着くよと連絡した。

これは2024年6月29日の話。

商店街の外れを歩いていると、白いタンクトップを着た男性が畳に水を吹きかけていた。
気になる・・・通り過ぎたつもりでいたが、いつの間にか体が男性の方へ向かってしまった。引力。

「何で畳に水を吹きかけてるんですか」

唐突な質問にちょっと沈黙の後、「よく見てるね」とニヤッと呟いて「これ」と言う。すぐさま細長い鋭利な棒でぐさっと上から畳を刺した。目玉みたいな楕円形の穴ができた。この細長い棒は時代劇で女性が髪を結う道具に似ている。

「こうして穴が開くだろう。この穴が開かないように水を吹き付けてるの。植物でしょ。だから膨らむの。ほらね」
と言って水がついた部分の畳から細い棒を抜くと、穴がほとんど目立っていなかった。
「まち針」みたいなもんだよ、と続ける。

膝より低い年季の入った木製の台の上に、畳が平置きにされている。
その畳の上とコンクリートの地面には見慣れない道具がいくつも置いてある。
迷惑そうなそぶりをしないので、図々しく男性の所作や道具について気になることをたくさん聞いてしまった。

ナタ包丁の小さいバージョンみたいな道具で畳の端にある布を剥がす。
そこからフック船長の手みたいな、?マークの上みたいな形の金具で針金を1個ずつ外しては、塵取りの上に乗せていく。
我が家は畳なので見慣れているが、断面は意外と分厚いと初めて実感する。
聞くと、藁をギュッと固めたものらしい。

長辺側の針金を取った後、男性は無造作に黒いマジックペンを握りしめ、畳の上に「南川東」と書いた。

「みなみかわひがし?」

私の恐る恐る読み上げる声に反応して、またにやりと笑う。
「教えてやろうか。」
そう言って足元のコンクリートにチョークで四角い枠を書いた。
「こっちが南。そしたらこっちは?」
「東」
「そう。だから南川東。この部屋のこの場所」
「なるほど!じゃあ川って何ですか?」
「知らない」と無邪気に笑う。

どこから来たのかと尋ねられた経緯で一人暮らしの話をしていたので、その文脈からアパートの例え話が始まった。

「今住んでいるの4階の何号室?」
「402」
「図面からすればさ、302でも同じ図面でしょ?だけど、畳は入らない。
402号室の畳を302号室に持ってきたとするじゃん?でも入らない。だから私ら個人が商売やってられるのは、結局、ほら、大量生産できないわけ。部屋によって違うから。だから今言った逆さまでも入らないっていうんじゃん。」
「その部屋のためだけに作るんですね」
「だからほら、大工さんがみんな作るから。みんな違っちゃうわけ。図面は一緒だけど、そうやって作るけど。人間が作るもんだから微妙に違う。」

「言われてみれば襖もそうかもしれないって思いました」
「襖屋さんはいいよね。その場で鉋で削れるから。畳はそういう訳にはいかない」

話しながら男性は糸をカッターで切っていく。
これは20年ほど使用した畳の張り替え作業らしい。
畳床の上にシールが貼ってあり、日付が書いてあれば制作年が分かることもある。(今回は書いてなかった)
今は南川東を意識して丁寧に寸法を測る業者は少なくなったらしく、1番、2番とかの数字がメモされていることもあるらしい。畳を剥がすとどういった業者が作業したのかが分かるという。

・・・・・もっと色々話した。そしてまた来ていいですかと聞くと、良いよと言ってくれた。書き起こしはまたの機会に。

そんなこんなで話をしていたら30分以上話し込んでしまって、K氏からはその間、公園の池から滝へ移動したという連絡があった。
本当ごめんなさい。

その後合流した公園の池で少年たちが何やら真剣に共同作業している。
よくみると垂らされた白い糸と、ホイホイ無防備にやってくるザリガニ。
何を餌にしているのか聞くと「カルパス」と答えた。

都会のザリガニはジャンキーだ。


※一部動画記録あり。文字起こし


この記事が参加している募集